3ー47 本気スイッチ
パチン、パチンと乾いた音が響く。
小気味よい音が鳴る度、盤面では一進一退の攻防が繰り返されていた。
窓辺にあるローテーブルの上には、将棋盤が置かれている。対局しているのはカイとジスランだ。
すでに二勝二敗、そこからプライドを賭けた意地の張り合いである。
二人共一步も引かず、本気で相手を負かしにかかっていた。
パチ、パチ、パチン。
駒を打つ音がまるで剣撃のようである。
寝るにはまだ早く、セツはまた風呂に入っているし、宿から将棋を借りたのだ。
最初はロワメールとジュールで、他愛ないお喋りをしながら楽しんでいた。
「カイは強いんだ」
「兄も強いんですよ〜」
「カイが負けたの見たことない」
「そうなんですか? ボクも兄が負けたの見たことなくて」
ロワメールはカイの、ジュールはジスランの実力を熟知しており、果たしてどちらが強いのか、という話になった。
ジュールはわずかな好奇心と、仲良くなってもらいたい一心で、だから言ってみたのだ。
どっちが強いの、と。
そしたらまさかの闘志むき出しである。
殺気ダダ漏れの真剣勝負に、ジュールがいたく後悔したのは言うまでもなかった。
加えて実力が伯仲しており、なかなか勝敗がつかない。なら引き分けでいいものを、それでは気がすまないようだった。
妹にちょっかいを出すカイを叩きのめしたいジスランと。
勝って、自分を認めさせたいカイと。
ジュールが感情の消えた目で盤面を見ていると、横でロワメールが立ち上がる。
「見てるのも飽きた。ジュール、まだ見てる? もういいなら、カードに付き合って」
うーん、と伸びをして、さっさと部屋に戻っていった。
「すみません。ボクが余計なことを言ったばっかりに」
落ち込むジュールに、ロワメールは切ったカードを配る。
「なにが?」
「兄とカイサマです。まさか、あんな風になると思わなくて……」
「ジュールは、二人に仲良くなってもらいたかっただけでしょ?」
王子様は、なにもかもお見通しであった。
「ボク、二人は似た者同士だと思うんです」
「そうだね。能力を数値化したら、同等じゃないかな」
性格は相容れなくとも、その類稀な優秀さは似通っている。
よく同時代にあんな人間が二人もいたものだ。
「いいんじゃない? カイも、たぶんジスランも、全力で戦える相手なんて、ほとんどいないと思うよ」
王子様は綺麗な笑顔で笑った。
「あれはあれで、楽しそうだよ」
ジュールは目から鱗が落ちたような気がして、何度でも新鮮な気持ちで、その笑顔に見惚れるのだった。
「このところ、アナイスと密談しているな?」
「……密談だなんてとんでもない。今後の相談をしているだけですよ」
パチ、パチと、駒を打つ音の合間に、剣呑な会話が交じる。
勝敗がつかないので心理戦に入ったのか、それとも勝負を通して会話を交わす程度には警戒心が薄れたのか。
「殿下には秘密だったのか、すまないな」
ほんのわずかの沈黙からカイの動揺を読み取り、されたジスランの謝罪は白々しい。
「お気になさらず。私は殿下より、行動の自由を許されていますので」
敵もさる者引っ掻く者。将棋同様に手強かった。
すると今度は、カイがジスランを揺さぶりにかかる。
「レオール卿は、本当にジル殿と似ていますね」
「おれとジルを一緒にするな」
妹の名が出た途端、てきめんにジスランの眉間にシワが寄った。
「それはもちろん。ジル殿のように可愛い方を、私は他に知りませんので」
まさか直球で返されると思わなかったジスランは、盤面から顔を上げる。
カイはいつものニコニコとした顔のまま、世辞か本気か、感情を読み取らせない。
「近衛騎士にも双子がいまして」
「マルス兄弟か」
「おや、ご存知で?」
ジスランは、フンと小さく笑った。
「公爵家の子息だというのに、わざわざ近衛隊に入った双子。知らない方がおかしい」
「なるほど」
ジスランがどれほど中央の情勢に詳しいか。ひいてはレオール家が本当に、中央権力に無関心か。
カイが探りを入れているのを承知で、ジスランはいけしゃあしゃあと答えてのける。
パチ、パチと、互いに何手も先まで読み合いながら、不毛な会話を続けていく。
勝利は二転三転し、カイとジスランの間を行ったり来たり、まるで子ネコがじゃれつく毛糸玉のようにコロコロと転がった。
ようやく風呂から上がったセツは、ただならぬ雰囲気で将棋を指している二人に「うおっ!?」と小さく声を漏らし、ロワメールに囁いた。
「なんだアレは?」
「本気スイッチ入っちゃったみたい」
「ふーん」
君子危うきに近寄らず、とばかりにセツはカイたちから距離をとって、ロワメールの隣に腰を下ろした。
「あの二人はほっといていいから、セツも一緒にカードしようよ」
「あれだろ? 馬車でお前たちがしてた、数字の書いてある……」
セツが氷室で眠っている間に、外の世界は目まぐるしく変化している。
セツも進んで知識を得ているが、膨大すぎて網羅はできない。このカードもそのひとつで、外の国から皇八島に広まり、今では一般にも普及している。
「簡単なのにするから」
馬車では初めて見る遊びを傍観していたセツだったが、ルールがわかりづらかったのか、終始難しそうな顔をしていた。
「これは、子どもでもできるやつ。数字が二枚揃ったら場に捨てて、この道化のカードを最後まで持ってた人の負け」
いわゆるババ抜きである。
最初は見様見真似で、ロワメールやジュールに教えてもらいながら、「ほう」とか「ふむ」とか、楽しそうにしていたセツだったが、そのうち漏れる声がだんだん「うっ」とか「むっ」と怪しいものにかわり、終いには。
「なんでこいつは、俺のとこにばっかり来るんだ!?」
再び引いた道化のカードに憤慨する。
「あはは、ダメだよセツー」
「ロワサマには、道化を持っているのがマスターかボクかわからないんですから、言ったらマスターが持ってるってバレちゃいますよ」
意外に熱中しているセツに、ロワメールもジュールも笑った。
「むっ。そうか、わかったぞ。このゲームは心理戦か!」
ババ抜きの本質を悟ったと言わんばかりに、セツが勝ち誇る。
「いかにこちらの表情を読ませず、相手を道化のカードに導くか。なるほど。奥が深い。精神鍛錬になるな」
心理戦と言えば心理戦かもしれないが。
(ババ抜きって、そんな高度な駆け引きを駆使するもんだっけ?)
(遊びの中でさえ自分を鍛えるなんて、さすがマスター。ボクも見習わないと)
ロワメールもジュールも、それぞれ思うところはあったものの、結局。
(まあ、でも、楽しそうでよかった)
無邪気にカードに興じる最強の魔法使いに、二人の青年は満足するのだった。
❖ お知らせ ❖
読んでくださり、ありがとうございます!
4ー48 カイとジスラン は12/18(水)の夜、22時台に投稿を予定しています。




