3ー44 いざ温泉へ
ロロ温泉は、トウカ島ソウヅ温泉、キキ島ユマ温泉と共に、皇八島三大名泉に数えられる名湯である。
タオ山系の山あい、トダ川の両岸に温泉宿や土産物屋が並ぶ、温泉地らしい長閑な雰囲気が旅情を掻き立てた。
ロロ大橋から見下ろせる河川敷には開放感抜群の露天風呂まであり、ロワメールは当初温泉行きを渋っていたとは思えぬはしゃぎっぷりだった。
「見て! すごい! あんな所に温泉がある!」
「足湯だそうです。無料で、いつでも入れるそうです。……ダメですよ、ロワ様。誰でもいいとは言っても、御身の肌を容易く人目に晒さないでください。ダメですってば! あんな見晴らしのいい場所、護衛もへったくれもないでしょう! ちょっとご自分のお立場と容姿を忘れすぎですよ!」
カイに怒涛の勢いで反対されるが、ロワメールは「ちょっと入っ」と言っただけである。
一言も言っていないのに十以上で返され、ロワメールはむくれた。
「まあ、いいじゃないか、足湯くらい」
そこで、主従に割って入ったのはセツである。
「ロワメールもずっと馬車で座りっぱなしだったし、カイも騎馬での護衛で疲れたろう。少し足湯で一休みしよう」
「……セツ様がそう仰るなら」
カイもセツには強く言えないらしく、あっさりと折れた。
ロワメールにひたすら甘い名付け親だが、どうやら自分も足湯に入りたかったらしい。
セツはいそいそと河原に降りた。
整備された河川敷に楕円形に穴が掘られ、そこに石が引き詰められている。足湯はそこそこの広さがあり、二十人くらいは並んで座れるだろうか。すぐ横にはトダ川が流れ、開放感抜群のロケーションだった。
一行は早速ズボンの裾をたくし上げ、履物を脱いで足を湯につける。一日中履いていたサンダルや靴を脱ぐだけでも解放感があるのに、更に湯につけるのだ。最高である。
「はあ〜」
誰からともなく、声が漏れた。
「ぼく、足湯なんて初めて入ったよ」
「ボクもです」
「気持ちいいねー」
「ですね〜」
ロワメールの隣で、ジュールも気持ちよさそうに足湯を堪能している。セツのおかげで馬車の中は快適な温度が保たれており、温かい湯が心地良い。
「ロロ温泉の効能は、疲労回復、健康増進だそうです。健康の湯、または肌に良いことから美人の湯とも呼ばれています」
カイはもちろん事前調査済みだった。
気持ちのいい足湯に、目の前をゆったりと流れるトダ川、そして川沿いには温泉宿が立ち並び、更に奥にはロロを見下ろす山々が間近に迫る。
空は暮れゆき、川を渡る夕風が暑い空気を払って心地良い。
現在、他の客は足湯を利用しておらず、ロワメールたちの貸し切りだった。ミエルはロワメールのそばをウロチョロと、草の匂いや川から吹く風を感じている。
「なんかもう、これだけで満足ー」
旅情を味わいロワメールが零せば、焦った人がいた。
「なに言ってる!? まだちゃんと温泉に浸かってないだろ!」
セツである。
ロワメールは一言も帰るなんて言っていないのだが、セツは慌てたように足湯から上がり、一行を促した。
「ほら、行くぞ!」
よほど温泉が楽しみらしいセツに、ロワメールとジュールは顔を見合わせて笑った。
「ロワサマ、あれ見てください! 面白そうですよ! 行ってみましょう!」
ジュールが遊技場を指差す。川沿いの商店のひとつだ。
「どうです、遊んでいかれませんか?」
玩具の弓矢で的を狙い、当たれば景品として貰える、いわゆる射的である。
「ボクしたい!」
早速ジュールが名乗り出た。矢は三本。菓子の箱に狙いを定め、いざ射るが。
へやぁ〜、と情けない感じで矢が落ちる。
「あれ?」
気を取り直し、もう一本。
再びへにゃ〜と放物線を描き、矢は的に届かず失速する。
矢と同じく、ジュールの眉も情けなく下がった。
「もっと弦引いてみたら?」
「もう少し、上を狙った方がいいんじゃないですか?」
「もう一回!」
ロワメールやカイの助言にフンと気合を入れ直し、慎重に的を狙い、力一杯弦を引き放つ。
ひゅるるるる〜、と今度は勢いよく矢が飛んだ。が、惜しくも的には当たらない。
「あああああぁぁぁ」
ガックリと項垂れるジュールに代わり、今度はロワメールが弓を持った。
玩具の弓は小さいが、弦の張りを確かめ、スッと構える。
狙いは特賞、黒猫のぬいぐるみだ。
ヒュン、とジュールとは違う音を立てて矢が飛び、ぬいぐるみの横を通り過ぎる。
「ロワサマ、スゴい! 弓もできるんですね!」
「ぼくは専ら剣だよ。弓は触ったことがある程度」
うーん、と首を傾げながら、狙いを微調整し、次の矢を放つも今度は反対側にズレてしまった。
「難しいな」
美しい王子様は、なにをしててもサマになる。真剣な表情で弓を構える姿に、見物客が集まりだした。
「やった!」
追加の矢でぬいぐるみを射抜けば、やんやの拍手喝采が沸き起こる。
美形な王子様は集客効果抜群だった。
にわかに活気づいた遊技場を後にし、ロワメールたちはぶらぶらとロロの街を散策する。
通りの店先で、串に刺さったイワナの塩焼きやこんにゃく、キュウリやらが買い食いを誘う。どうして旅先の食べ物は、こうも美味しそうなのか。
宿で待つ豪華な食事を思って小腹の空きと戦う王子様に、ジュールが小さな箱を差し出した。中には個包装の飴が入っている。
「一緒に食べましょう」
残りの矢で、ジュールが狙っていたお菓子をロワメールが射止めたものだ。
飴玉で空腹を紛らわし、土産物屋を覗き込めば、色んな種類の手ぬぐいや風呂敷に目がとまった。
ロワメールが、ジュールと笑いながらユニークなデザインの手ぬぐいを買い求める。
「俺も買おうかな」
すると、セツがシンプルな手ぬぐいを買い。
「おや、セツ様も買われるんですか? なら私も」
と、カイが小洒落たデザインのものを手に取り。
「ほら、兄さんも」
ジュールに強制されたジスランが、さらりとセンスの良いものを選ぶ。
ロロの温泉街を満喫しながら山手に向かえば、今晩の宿『冬椿』に辿り着いた。
重厚な門構えの奥に、歴史を感じる木造平屋が見える。説明されなくとも、ロロで一番の高級宿である。
ロワメールがカイを見上げた。
「こういうとこって、ペット大丈夫なの?」
ミエルはロワメールの手の中で、うとうと夢見心地である。
見るからに高級そうな旅館は、動物を連れての宿泊は敬遠されそうだった。
「事前にミエルのことは連絡を入れています。便宜を図ってくれるそうです」
急遽飼うことになった子ネコなのに、いつもながら、この側近の優秀さには舌を巻く。
「良い子でいるんだよ」
ロワメールは寝ぼけ眼の子ネコに言い聞かせた。
ミエルは寝ながら、器用にしっぽを振って返事をした。
❖ お知らせ ❖
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4ー45 ようこそ『冬椿』へ は12/6(金)の昼、12時台に投稿を予定しています。




