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3ー36 眷属

 人間と魔族の結婚――この事実を受け入れるのは、容易ではない。ましてそれが身内なら尚更だ。

 ランスは椅子に座り込んで項垂れたまま、身じろぎもしない。必死に現実と向き合おうとしているようだった。


「じゃあ先に、そこの魔獣をどうするか決めようか」

 ロワメールの膝の上で、子ネコは相変わらず腹丸出しでくーくー寝ている。


「ロワメール、なにがあったか説明してくれるか?」

「この子は……」

 ここまでの経緯を、ファイエットと千草も真剣な面持ちで聞いた。


「で、お前はその魔獣をどうしようと考えたんだ?」

「山の深い所に放すのがいいと思ったんだ」

 まさか両親に隠れて飼っているとも、父親が魔者とも思わなかったが、無害な子ネコが幸せになれる選択をしたい。


「どう思う、セツ?」

「そうだな。本来なら、そうするのが一番良いんだろうが……」

 セツは腕を組み、難しい顔をした。


「千草、さっき、その子ネコはロワメールを王様と言ったんだろ?」

「ああ。ぼくの王さまなんだと、はしゃいでおったわ」

 セツと同じく、千草も眉間にシワが寄っている。

 二人の反応に、ロワメールはいよいよ切羽詰まった。


「あの、さっきから、その王さまって……」

 さすがにここまでくれば、その王が皇八島王でないのは察しが付く。そうなると、残るは――。

 二人は口に出すのを憚るように、顔を見合わせた。


「ちょおおおっっっと待ってぇーーー!?」

 子ネコの言う王さまとは魔族の王、即ち魔主である。


「ちょっ、ホントにちょっと待って!? え、なんで!? どこをどう間違ったの!? ぼく人間だよ!? 悔しいけど、魔力なんてこれっぽっちもないよ!? セツ言ったよね!?」

「うむ。言った。お前に魔力がないのは俺が保証する」

 魔法使いになりたかった王子様は、自分で振っておいて、その言葉に再び傷付く。


「とっても美人さんだから、間違えたんじゃないかしら?」

「まち、間違えた……?」

 小首を傾げ、のほほんとしながらも核心を突いたのはファイエットだった。


「だって魔族の方って、強い方ほど美しいんでしょう? わたし、千草さまより綺麗な人って、初めて見たもの」

 手放しの賞賛は、純粋な賛美である。


 確かにロワメールは、皇八島一の美姫と謳われたシャルルに瓜二つだった。

 しかし、だ。そこは、声を大にして言いたい。しかしである。


「間違える、普通!?」


 道理でロワメールに懐きまくってるはずだった。

「大丈夫なの、この子?」

 生まれたばかりと言え、魔獣として甚だ心配である。


 忍び笑いにロワメールがジロリと睨めば、壁のオブジェはしれっと口をつぐんだ。


「問題なのは、そこじゃない」

 深刻なセツに、ロワメールも表情を引きしめた。


「その子ネコが、ロワメールに名前を付けてもらった、と思い込んでいることだ」

「名前呼んだの、そんなにマズかったの?」


「我らにとり、名はそれだけ意味のあるもの。特に名を持たぬ獣は、名を付けてもらったことにより、進化する」

 ロワメールに名前を呼ばれた瞬間起きた、あの反応――ミエルはギュッと目を瞑り、大きく一声鳴いた。あれが。


「進化?」

「一言で言えば、魔力量が跳ね上がった、ってことだ。知性も高くなるのか?」

「王に仕えるに相応しい知性も備える。赤子故、まだ難しい言葉はわからんだろうが」

 セツの簡単な説明に、千草が頷く。


「そして、そなたの眷属なったのだ、銀の子どもよ」 

「眷、属……」


「そなたを王と仰ぎ、忠誠を誓い、その身が尽きるまで付き従う。そなたの命令に絶対服従する、配下を得たと考えればいい」

 とんでもない大事になった。

 魔獣が、人の王族に忠誠を誓う……。


「いや、いやいやいや、ちょっとそれは困る。ぼく、魔獣のことなんにもわからないし。そもそも人間に仕えるなんて、この子のためになるの? ダメだよ。この子、色々わかってんの?」

「わかっておらぬな」

 にべもない。

 わかっていれば、そもそも魔獣が人を魔主とは間違わない。


「では、どうするのだ、銀の子どもよ。その子ネコを山に帰すか? それもよかろう。山に残れと命じればいい。だが、王に名前を付けてもらったと無邪気に喜んでいれば、いつかそれが我が同胞の耳に入り、嫉妬に狂った奴らに八つ裂きにされるぞ。生涯の主に捨てられ、失意のうちになぶり殺されようと、その命令を全うするだろう」


 悲惨な未来を予言され、ロワメールは身震いした。

「そんなことさせない!」

 抱きしめた腕の中で、ミエルは寝惚けながらも嬉しそうに目を細める。

 小さな命は温かく、ふにゃふにゃと頼りない。


「そなたのそばに置いてやれ、銀の子どもよ。それがそのネコの幸せだ」

 それは思いの外、優しい声音だった。


「どうして、ミエルの幸せを願ってくれるの?」

 魔族は、同族意識が薄い。縦の繋がりは強固だが、王の元に結束する以外にその繋がりが発揮されることはないのだと、花緑青が教えてくれた。


「娘のしでかした後始末は、親の責任だ」

 千草は父親らしく、しかつめらしい顔をする。


「フルールが手を出さなければ、そのネコはそなたという王に出会わなかったかもしれない。平凡な獣としての一生を送れたものを、王に仕える喜びを教えてしまった」

 真摯な声は罪悪感を帯び、切なさを含んでいた。


「人間にはわからぬか……。しかし我らにとり、王に仕えることは至上の喜び。この喜びを教えておきながら、取り上げるのはあまりに残酷だ」

 千草は己とミエルを重ね合わせているのか。自らに叶わなかった夢を、ミエルに託すかのようだった。


「我が王は、沈黙の王。お声がけいただいた者はおらず、我らは座してその時を待つのみだが、そやつは違う。自ら『王』を探し出した。獣にしては天晴だ」


 ロワメールとセツが目を合わせる。

〈沈黙の王って……花ちゃんだよね?〉

〈あのお喋りが沈黙のとか言われても、いまいちピンとこないが……〉


 彼らの知るこの島の王は、ずいぶんとお喋り好きだ。平気でいつまで喋っている。

 その花緑青が、沈黙の王とはこれ如何に。

 王子様と名付け親は、密かに首を傾げるのだった。



❖ お知らせ ❖


 読んでくださり、ありがとうございます!


 3ー37 大好き は11/8(金)の昼、12時台に投稿を予定しています。

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