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3ー34 恋に落ちて

「リラックス効果のある薬草茶です」

「ほお、意外に飲みやすいな。もっと薬湯に近いかと思ったが、これはこれで美味い」

 ほのかな柑橘系の香りが鼻腔をくすぐる。ファイエットが淹れてくれたお茶は透き通った水色で、クセがなくて美味しかった。


 ファイエットと千草、茫然自失のランス、壁のオブジェと化しているカイ、部外者感が強く居心地悪そうなロワメールがミエルを膝に抱き、室内に残っている。泣き疲れた赤ん坊フロランスは、ベッドで眠っていた。ちなみにミエルもロワメールの膝の上でお昼寝中である。


「さて、本題に入ろうか」

 セツはファイエットたちとランスの間に座り、調停者の格好だ。


「ランス、落ち着いたか?」

「マスター……自分は、どうして……魔者は敵のはずなのに、なんで……」

 ノロノロの顔を上げたランスは、未だ混乱している。

「姉を助けたかっただけなのに……」


 両親を殺した魔獣。姉を騙し、攫った魔者。そのはずなのに。

 少女の涙に、姉の姿に、迷いに囚われる。

 自分は間違っていないはずなのに、どうして。


「そうだな、まず、姉さんの話をちゃんと聞いてやれ。判断するのはそれからだ」

 ランスは憔悴し、傷付いた顔をしていた。これまで信じていた正義が覆りそうで、自己が揺らぐ。


「まず、あの日になにがあったのか聞いてちょうだい」

 姉弟の両親が魔獣に殺された日――意識を失ったランスは、全てを目にしたわけではなかった。

 ランスの記憶は、母諸共魔獣に襲われ、それを目撃した姉の悲鳴を聞いたところで一旦途切れている。次に目覚めた時、姉は血を流し、そこの魔者に抱き抱えられていた。


「あの時、異常を察した千草さまが駆けつけて、わたしを助けてくれての。わたしは少し傷を負ったけど、千草さまのお陰で助かったわ」

 ファイエットは前髪を上げ、額に負った傷跡を見せた。


「千草さまがあの魔獣を倒してくれたの」

「そんなの、姉さんを手に入れるために助けたフリをしたに決まってるじゃないか。あの魔獣におれたちを襲わせて、助けたフリをしたんだ」

 自作自演にすぎないと、再びキツい言葉をぶつけるランスだが、当初の勢いはない。


「そんな必要はないわ」

「どうしてそんなことが言い切れるんだ。姉さんはお人好しすぎる!」

「あの時には、わたしは千草さまと結婚するつもりだったからよ」


 姉の言葉に、ランスは頭の中がぐちゃぐちゃになる。

 

「それは姉さんが騙されていたからだろ! おれは見たんだ。山で姉さんと、人間のフリをしたそいつが会っているのを! 姉さんは、そいつが人間だと思っていたから……!」

「千草さまが人間のフリをしていたのは、わたしのためよ。もし自分といるところを他人に見られたら困るだろうからって」


 姉の言っている意味が理解できず、ランスは泣きそうになる。

「なに言ってるんだよ……? 人間のフリをしていた魔者に騙されて、結婚して、子どもができて、優しい姉さんのことだから、それで情が湧いて別れられなくなったんだろ……?」

「わたしは初めから、千草さまが魔族なのを知っていたのよ」


 姉は、なにを言っているのだ?

 魔族なのを知っていた?

 知っていて、結婚しようとしていたと?

 ランスは思考が追いつかず、頭が真っ白になりそうだった。

 

「あれは、九年前の紫陽花月よ……」

 ファイエットはランスと同じ青灰色の瞳で、過去を思い出すように遠くを見つめた。



 



 数日降り続いた雨がようやく上がった翌日、ファイエットは薬草を摘みに山に入った。

 このところの雨で、最近は満足に薬草を摘めていない。

 たくさん摘まないと、そう思い、普段はあまり行かない、谷の近くに足を伸ばした。

 

 いつものように歌を歌いながら、ファイエットは薬草を摘んでいた。クマ除けの意味もあるが、純粋に、ファイエットは歌うことが好きだっだ。

 彼女の澄んだ歌声は木々の間を縫い、沢を渡る。

 その声が突然途切れたのは、ファイエットが足を滑らせたからだ。


 昨日までの雨で地面がぬかるみ、崖から足を踏み外したファイエットの体は大きく宙に投げ出された。

 崖下までは、十メトル以上。眼下には渓流が流れ、ゴツゴツした岩の河原が迫る。


 ――きゃああああああーっ!


 激突の恐怖に身が竦み、ファイエットはギュッと目を瞑った。しかし落ちる感覚は次の瞬間、ふわりとした浮遊感にかわる。


 柔らかな温もりが、ファイエットの全身を包み込んでいた。


「………?」


 なにが起こったのかわからず、恐る恐る目を開けると、緑の双眸がファイエットを見つめていた。


 ――お前の歌が聞けなくなってはつまらぬから、気を付けろ。

 ファイエットを横抱きに、男が宙に浮いている。


 ファイエットを助けてくれたのは、緑の髪の美しい魔者だった……。


「一目惚れだったわ」

 ファイエットはふふ、と笑う。


 ファイエットを崖上に降ろすと、男は用事は済んだとばかりにさっさと背を向ける。

 ファイエットは咄嗟に、男の服を掴んだ。着物とは違う服装も、男が人間ではないことも、ファイエットは気にならなかった。


 ――なんだ?

 不機嫌に男は振り返るが、怖くなかった。

 機嫌が悪そうなのは口調だけで、緑の目は戸惑いを隠せていなかったからだ。


 ――助けていただいて、ありがとうございました!

 ――おれは、お前の歌が聞けなくなったらつまらぬから、それを防いだだけだ。

 ふい、とそっぽを向く。けれど冷たい言葉とは裏腹に、彼は立ち去ろうとはしなかった。


 ――あの、あの、お名前を教えてください! わたしはファイエットと言います!

 ――ファイエット……。

 男はぽそりと呟く。まるで大切な宝物のように、舌の上でその名を転がす。


 ――あなたのお名前は……?

 ――千草。

 

 それがファイエットと千草の出会いだった。

 ファイエット、十六歳の初夏である。


❖ お知らせ ❖


 読んでくださり、ありがとうございます!


 3ー35 魔者の花嫁 は11/1(金)の夜、22時台に投稿を予定しています。


2024/11/21、加筆修正しました。

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