3ー32 ぶち壊すにゃーん
憎しみに、ランスの目の前が真っ赤になる。
両親を殺された以上の怒りが、この世に存在するとは思わなかった。
ランスは七年前のあの日を忘れたことはない。父を、母を、殺した魔者の顔を一日たりとも忘れなかった。
あの魔者を見つけ、両親の仇を討つことを心の支えに生きてきた。だというのに。
(ようやく見つけたと思ったのに……!)
その仇はあろうことか、人間のフリをして姉と結婚していたのだ。
その事実に、体中の血が沸騰しそうだった。
「夫だと? よくもぬけぬけと……っ!」
ギリギリと歯噛みし、怨嗟の唸りを上げる。
まるで、ひどい悪夢を見ているようだ。
(全部、姉さんを手に入れるために!)
リュカの言った通りだった。
人間のフリをして姉に騙し、魔獣に家族を殺させ、失意の姉に取り入った。
そして魔者は、まんまと姉の夫に収まっている――。
青灰色の目にギラギラと復讐の炎を燃え上がらせ、ランスは男を睨みつけた。
「姉さん、そいつは魔者だ。こっちに来るんだ」
正体がバレたにも関わらず、魔者は顔色ひとつかえない。
平然とランスを見返すその太々しさが、ランスの怒りに油を注ぐ。
「姉さん、早くこっちに!」
ファイエットは、オロオロと弟と夫を見比べた。ランスが信じられないのか、姉は魔者のそばを離れようとしない。
「そいつは魔者だ! おれはあの時、この目で見たんだ!」
傷ついた姉を抱き、空間の狭間に消えるこの男を。
緑の髪の魔者を!
「ランス、千草さまは、あの時わたしを助けてくれたの!」
ファイエットは青ざめながらも夫を庇う。
「姉さんは騙されてるんだ!」
ランスの暴発が辛うじて抑えられているのは、姉がいるからだ。攻撃すれば、姉まで巻き込んでしまう。
「こいつは人間のフリをして姉さんに近付き、魔獣におれたちを襲わせ、一人っきりになった姉さんの弱みにつけ込んだんだ!」
「違うわ。千草さまは、そんなひとじゃない」
ファイエットは悲しそうに首を振った。
「千草さまは、とっても優しいひとなの。ランス、お願いだから、わたしの話を聞いてちょうだい」
「優しい? 優しいわけないだろ! そいつは魔者だぞ! 父さんと母さんを殺した奴だ! そいつが優しいとしたら、それは全部、姉さんを騙すための演技だ!」
どうして姉は、ランスの言う事を信じないのか。
どうして自分ではなく魔者を信じるのか。
(どんな嘘を吐いて、姉さんを誑かしたんだ!?)
もどかしく、歯痒く、腹立たしく、怒りが奔流のように溢れかえる。
「ランス、落ち着いてちょうだい」
「これが落ち着いていられるか! そいつは父さんと母さんの仇だぞ! その上姉さんを騙して結婚だと!? ふざけるな!」
激高したランスは、感情に歯止めが効かなかった。頭に血が上り、常の冷静さは完全に失われている。
「お前の魂胆はわかっていてるんだ! これ以上、好きにさせてたまるか!」
ランスが短く呪文を唱えると、水が集まり、刃を形作った。
姉がそばを離れないならそれでもいい。
魔者を狙い撃ちにすればいいだけだ。
「ランス、やめろ!」
セツが制止するも、ランスは止まらない。いや、セツの声すら聞こえず、魔者が抱く赤ん坊すら目に入っていなかった。
「姉さんは上手く騙せたようだが、オレの目は誤魔化せないぞ! くたばれ、魔者!」
しかし水の刃が放たれる直前。
「ダメッ!!!」
ファイエットが両腕を広げ、弟の前に立ち塞がった。
「姉さん! どけ! どくんだ!」
身を挺して魔者を守る姉に、ランスは声を荒げる。
けれど、ファイエットはキッと弟を睨みつけた。
「いいえ! どかないわ! 千草さまを殺すなら、わたしを殺してからにしなさい!」
「いい加減目を覚ませ! 姉さんはそいつに騙されてるんだ!」
標準は魔者に合わせたまま、ランスは一步も引かない。
「そいつは魔者だ! おれが殺す!」
「この方が殺されるなら、私も一緒に死ぬ。その覚悟がなければ、魔者のこの方と結婚なんてしないわ!」
「………!?」
その一言にランスが声を失った、その時――。
バン! と勢いよく玄関の扉が開き、一人の少女が飛び込んできた。
「やめて! パパを殺さないで!」
小さな体が、ランスにしがみつく。
「魔法使い! お願い! パパはなんにも悪いことしてない!とっても優しいフルールのパパなの!」
自身の身で魔法使いを引き留め、少女は父の無実を訴えた。
「お願い! パパを殺さないで!」
青灰色の瞳からボロボロと大粒の涙を流しながら、フルールは必死に父を庇う。
「フルール……!」
ファイエットが、少女を全身で抱きしめた。
七年前の母と、姉の姿が重なる。魔獣からランスを守ったように、ファイエットはランスから子どもを守った。
「な、んで……」
これではまるで、ランスが悪者ではないか。
「おれの家族を傷付けるならば、例えファイエットの弟だろうと容赦しない」
これまで微動だにしなかった千草が、赤子を抱いたままファイエットと少女を背に庇い、ランスを睨み据えた。緑の両眼は、殺気に満ちている。
空気が張り詰め、ピリピリと、まるで帯電しているかのようだった。
誰か一人でも動いたら空気が張り裂けそうな緊迫感の中――。
「にゃーん」
呑気で可愛い鳴き声が、一触即発の空気をぶち壊す。
「ああ、こら、しー!」
慌てた声がヒソヒソと子ネコを制するが、後の祭りだった。
家にいた全員が、一斉に玄関に顔を向ける。
「……ええと、お取り込み中のところ、ごめんなさい」
セツがギョッとした。
「ロワメール!? お前、なんでここに……その魔獣はなんだ!?」
あきらかな場違いさに居た堪れず、目を逸らすロワメールと、不穏な雰囲気に警戒態勢のカイ、そして魔力を感知し駆けつけたジスランとジュールが、そこに立ち尽くしていた。
❖ お知らせ ❖
読んでくださり、ありがとうございます!
3ー33 ぼくミエル! は10/25(金)の昼、12時台に投稿を予定しています。




