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11 主が寝ている間に、いい仕事しておきました

 シノンからシズ港まで、途中の宿は街道沿いの旅籠ではなく、貴族の屋敷に世話になる。王族の逗留は名誉なため、下にも置かぬ歓待だった。



 一日目、二日目の晩とも、ロワメールは旅の疲れというより、喋り疲れてぐっすりと眠っている。

 王宮に引き取られてからのこと、国王や王太子の話に、男爵位と勲章を授与された養父母のこと、側近のカイとの出会いと、いくら時間があっても話は尽きなかった。



 主とは異なり、夜更かしを強いられているのはカイである。

 夜半、ようやく屋敷の主人から解放され、ヨロヨロとあてがわれた客室に向かう途中、談話室から明かりが漏れているのが目についた。

 覗くと、セツが一人、書物に目を落としている。



「まだ起きてらしたんですか?」 

 疲労を隠せぬまま、カイも談話室の椅子にグッタリと腰かけた。

 いつもニコニコと笑顔のカイだが、今夜は作り笑いを浮かべる気力もなさそうだった。



「気立ての良さそうな令嬢でよかったな、婿殿」

「冗談はよしてください」

 からかい半分のセツに、カイは力なく抗議する。



 カイは第二王子の側近筆頭であり、ニュアージュ侯爵家嫡男で次期当主。輝かしい未来が約束された中央貴族だ。

 屋敷の主人としては、ぜひ娘を嫁にと熱望したくもなるだろう。



 しかし、どれだけ薦められても、カイの結婚相手はロワメールとニュアージュ家にとって有益な令嬢でなければならない。角が立たないように断るのも骨が折れた。



「まあ、仕事の内だと思え」

 お疲れ、と労って、セツは酒の杯をカイの前に置く。透明な液体が、芳醇な香りを漂わせていた。



 セツは一口二口と杯に口をつけながら、ゆっくりと本のページをめくっている。



 昼間は暑かったが、開け放たれた窓から入ってくる夜風は涼しかった。

 白い髪が、風に揺れている。

 何気に、この魔法使いと二人きりになるのはこれが初めてだった。



「ロワメールに聞かれたくない話か?」

 カイの視線に気付いたセツに、水を向けられる。



「セツ様にお会いできたら、感謝申し上げたいとずっと思っておりました」

 セツが本をめくる手を止め、アイスブルーの目を上げる。



「ロワ様は王宮に来られた当初、やはり緊張しておられました。私はその緊張を解いて差し上げたくて、色々と話しかけたのですが、なかなか話は弾まず……」



 養父母が恋しいだろうと話を振っても、国王と兄王子を気にしてか、ロワメールの口は重い。まだ十三歳の少年の切ない配慮に、カイは胸が痛んだ。



「そんなロワ様でしたが、あなたのことだけは笑顔で話してくださいました」

 ロワメールが打ち解けてくれたきっかけは、間違いなくセツである。



 そしてセツがいたからこそ、今のロワメールとカイがあるのだ。セツには感謝しかない。



「あいつは昔から、魔法使いが好きだからなぁ」

「……はい?」

 思わず耳を疑う。

 


 マジマジとセツを見つめた。

(なにを言っているのだ、この男は?)



 素で聞き返してしまったカイに、セツはご丁寧に繰り返す。

「ロワメールは子どもの頃から魔法使いが好きで」

「馬鹿ですか?」

 我知らず本音が口をついて出る。



「ロワ様は、魔法使いではなく、セツ様が好きなんですよ!?」

「俺!?」



 何故驚く!?

 カイの細い目が、笑みの形のままピクピクと強張った。



 皇八島において、魔法使いは子どもたちの憧れの的だ。

 炎を生み出し、水を操り、時には大地を鳴動させ、風を使って空をも飛ぶ。



 そんな魔法使いが自分の命の恩人で、名付け親。しかも最強の魔法使いなのだ!

 小さなロワメールにとって、それはどれほど誇らしかったろう。



 おまけに養父母にとってもセツは恩人で、小さな頃からセツの武勇伝を聞いて育ったロワメールの、セツへの憧れと尊敬はいや増すばかり、天井知らずのウナギ登りである。



「あ、なるほど……それでか……」

 カイに説明され、ようやく理解したのか。

 ぽりぽりと頬を掻き、カイから目をそらすと、思い出したようにグラスに手を伸ばし、しかも咽ている。



「道理でやけに懐いていると……」

 ごにょごにょと口の中でなにか言っている。

 どうやら照れているらしい。



(ロワ様、私、いい仕事しておきました!)

 カイが心の中でガッツポーズを作ったことを、セツは無論知る由もない。



「ゴホン。あー、とにかく」

「なにがとにかくなんです?」

 セツは場を仕切り直したかったようだが、カイの容赦ない切り返しにあえなく失敗した。読んでいた本をパタンと閉じ、片付けに行く傍ら、何気なさを装って続ける。



「ロワメールは、王宮で本当に受け入れられているのか?」

 


 飾り棚の前に立ち、背を向けたセツの表情はカイには見えないけれど。

「心配ですか?」

「………」



「大丈夫ですよ。国王陛下も王太子殿下も、ロワ様を溺愛されてらっしゃいますから」

 カイは小さく笑う。側近であるカイは、セツが聞いた以上に色々知っているのだろう。



「最初こそ宮廷中大騒ぎでしたが、今では諸侯の方々もロワ様を受け入れておられます。ロワ様ご自身の魅力も大きいでしょう」

 美しく、明るく、聡明な王子――臣下の心を捉えるには充分だ。 

 セツは黙って、側近の話に耳を傾ける。



「王家に流れる血、というものが我々には計り知れませんが、それがロワ様の身分を保証しているのは確かです」

 カイは力強く請け負った。

 どうやらこの名付け親は、ずいぶんと心配性らしい。

 


「そうか」

 セツは本を元あった場所に戻すと、その手を離す。

 


「カイも早く寝ろ。明日は山道だ」

 この二日、山裾に沿って作られた街道を通ってきたが、明日はアカセ山脈最後の山を通り抜ける。シズはもう目と鼻の先だった。



「はい。おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」



 後ろ手に扉を閉めて出て行くセツの背中に、カイはふと気が付く。

「あれ、ひょっとして……」



 答えてくれる人は、すでに部屋を出た後だが。

「私のこと、待っていてくれた?」



 魔法使い殺しと恐れられる、最強の魔法使い。

 その白い髪に最初こそ驚いたが、すぐに慣れた。色素の薄い瞳は目つきこそ悪いが、彼が怖いとは、カイには思えなかったのである。

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