金色の夜祭
街の北部に位置する天樹広場は、中央に巨大樹が生えていることで有名な円形広場だ。
歩いて一周するだけで2時間はかかるほど大きな広場の中には、カルーセルなどの遊具、雑貨を扱う市場や食べ物の屋台のテントが設けられている。
それらは皆、黒やら灰色の配分が多く、人々も暗い恰好をしているせいで華美とは言えないが、どこもかしこも盛況して賑やかだ。
ヒューコは屋台で買った食べ物を抱え、ハンバーガー屋の列に並んでいるカルヴァーズのもとへ走ってきた。
「カルヴァさん、見てみて!積乱雲アメ。それと灰色蜂のパンケーキと、フレア牛のとんでもチーズ盛り合わせ!ウフフ、生首大感謝!センキュー!」
「おい、さっきと言ってることがずいぶん違うぞ。まったく・・・あ、すいません、そこの縞ウサギのハンバーガーひとつ」
はい、とお代を受け取りながら店員の女性がカルヴァーズの顔を何度も見る。ヒューコは雲アメを舐めながら、もしやとこの先の展開を察した。
「あれ、ハンバーガーひとつだけ頼んだんですが」
渡された紙袋にはハンバーガーに加えてポテトも入っていた。
「あの・・・サービスです。お代は結構ですので、よかったら・・・」
女性がもじもじと照れながら言った。
カルヴァーズは目をぱちくりしたあと笑顔を見せた。
「そうですか。ありがたくいただきます。それなら、これ・・・」
カルヴァーズは硬貨を何枚か出して、お姉さんに渡した。
「え、いや、お代は・・・」
「ジュースを奢らせて下さい。朝早くからお疲れ様です」
また、ニコッとするとお姉さんは、顔を赤らめ、屋台の奥に消えていった。ヒューコはその様子をジトーッとした目で見る。
「・・・相変わらずおモテになりますね」
雑踏の間を縫いながら、ヒューコは言う。
「ん、まあな」
「まあな!?言いますねえ。ひゅーひゅー」
「なんだよ。嫉妬してるのか」
「してませんよ!師匠が鼻の下伸ばしているのが面白くないだけです。大体私は年上に興味ないので」
「ヒューコより年下なんてお子さまじゃないか」
「いいんですよ。私は年下の美少年に甘えられたいのです。あ、カルヴァさんこのチーズ美味しい!食べて食べて!」
忙しいやつだな、とヒューコが持っているチーズをつまむ。
「ああ、確かに美味いなこのチーズ・・・お、あの辺にしようか。端っこだけど見晴らしは良さそうだ」
少し丘になった広場の端を指さした。
向かっている途中、ドミノマスクを着けた黒いドレスの女性が黒色の風船を配っていた。
「良かったら、どうぞ」
女性は二人に風船を一つずつ手渡した。
よく見ればあたりそこらじゅうで同じ格好をした女性や、あるいは燕尾服を着た男性が、同じように黒い風船を配っていることに二人は気付く。
「これ、フェスティバルが始まるまでしっかりと握っていてくださいね」
絶対ですよ、とお姉さんに念を押されたので、カルヴァーズとヒューコは不思議そうに眼を見合わせた。
広場の端に腰を下ろして、やがて時刻が10時を迎えたころには、列を成した黒い踊り子たちが全員、会場に集まっていた。
その数は100人を優に超えている。
真っ黒な姿で空中を縦横無尽に踊り回り、この世の終わりを告げているような畏敬の美しさを振りまいていた。
やがて踊り子たちの体がほつれていく。
体から紙が一枚ぺらりとめくれ、続いてぺらりぺらりと剝がれていく。しかし剥がれた紙は地上に降り注がず、宙を舞い、やがて上空で見えない壁に張り付くように止まった。
続いて何枚も、宙空に張り付き、やがて紙がドームのように広場を黒色で覆っていく。
「「「おおおおおおおーーーー!」」」
広場からは大勢の人の歓声と拍手が鳴った。
黒色が空を侵食していくにつれ歓声が大きくなる。
やがて紙は広場を覆いつくし、完全に闇の帳が降ろした。
あたりは真っ暗。
朝の光はどこからも入ってこない。
歓声を上げていた人々も今では固唾を飲んでいる。
ヒューコは無意識にカルヴァーズのシャツの裾を掴む。
カルヴァーズはというと、口についたソースを舐めながら楽しそうに暗闇に目を凝らす。
刹那の間、広場が完全に静寂に包まれた。
広場の人間がすべて消失してしまったかと錯覚するほどだ。
その瞬間を待っていたといわんばかりに、突如サックスの巨大な音が鳴り響き、金色の眩い光が広場中に勢いよく広がった。
カルヴァーズは目を細めながら観る。
天樹、屋台、遊具、市場のテントに金色の明かりが灯り。
そして天樹の下では、照らされたステージの上で楽器隊が演奏を始めた。
「ノクターーーーーン・フェスティバルッッ!今年も開催だ!夜を存分に楽しんでくれえええッ!」
万雷の喝采の中で、ステージ上の司会者の声が響いた。
黒いスーツを身にまとった小柄な男だ。
司会者が手を大きく横に振ると、蛍のような光の粒が飛び回り、広場のあちこちで瞬いた。
そして客の一人一人が持っている風船もぼんやりと光を帯び始めた。
ヒューコが驚いて声を漏らしたのも束の間、風船はパンと割れ、中から星の形の粒子が花火のように飛びだして、空に舞っていった。
忽ち暗がりの中にたくさんの光が舞い、広場中が黄金に染まった。
まるで都市の夜景が眼前に広がっているようだ。
「ななな、なにこれ!今年のノクターン・フェスティバルが、こんな祭だなんて聞いてないッ!」
「アッハッハッハ!すごいな!見ろ、ヒューコ。あんな魔法観たことあるか。全部今日のために創られた創出魔法だぞ」
癖でどんな魔法式を使っているのか読み解こうとするカルヴァーズ。その瞳には眼前の光がきらきらと反射していた。
「ベルゼットさんが言ってたのはこういうことだったんですね。確かに今年はひと味違う!」
「ああ、静かな音楽を流して魔法の歴史を朗読していたノクターン・フェスティバルとは思えないな」
「あ、カルヴァさん、今度はこれ見て下さい」
ヒューコが差しだしてきたのは、先ほど飛行船からばらまかれた紙だ。
会場名、時間などを表記した文字が暗闇の中、光っている。
やがてそれは静かに消え、代わりの青い文字が浮かび上がる。
「今日のプログラムが浮き出てきました。夜までぎっしり詰まってますよ」
ほら、とヒューコに見せられたプログラムを見て、カルヴァーズはあることに気づいた。
「なるほどな。この人が絡んでいるのか」
カルヴァーズが指さしたのは、プログラムが書かれた場所の、さらに下。スタッフ欄に記載された男の名前。
「・・・バジェット・ショーイ・・・って、あのバジェットですか?」
「ああ、間違いない。創出魔法登録件数50越えの天才クリエイターだ。なるほど、彼が協力しているなら、どんな祭も様変わりするな」
ステージの端で楽器隊に拍手するバジェットの姿が見えた。
赤い長髪に、赤い髭を蓄えた男だ。スラッと背が高く、灰色のスーツに赤いシャツを着ている。
「個人としては登録件数最多のベテランですね。光系魔法の創り手として超有名ですし、今回の演出を見たら納得です」
「俺は彼の『トパーズの河』が好きだ」
「私も好きです。新作マントのランウェイで見たときは、なんていうか美麗で、丁寧な魔法で感動しましたもん」
ヒューコはうっとりとした顔で言った。
『トパーズの河』は、行動の軌跡をトパーズのような金色の粒子で残す演出魔法の一つだ。
マントブランドのファッションショーで使われ、その美しさが話題となり、バジェットは一躍、演出魔法で有名なクリエイターとなった。
やがてバジェットがステージの中央にやってきて、中指の指輪に向けて何かを囁く素振りを見せる。
その直後、先ほど風船を配っていたドレスの女性たちや、燕尾服の男性たちの服に、輝く刺繍が走った。
たちまち彼らは導かれるようにステージに登壇し、金色の線を轢きながら一斉に踊り始めた。
広場中がより一層熱気と拍手喝采に包まれた。