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開催の夜明け

琥珀色のエレベーターの中で、カルヴァーズは新聞に目を落とし、ヒューコは減っていく階数表示を眺めている。


カルヴァーズは先ほどのぼろぼろの黒装束を着替え、艶のある黒くゆったりとしたシャツに、黒いパンツに革靴、ローブを羽織っている。ヒューコも身だしなみを整え、深い紫色のワンピースの上にローブ、足には緑色のローファーを履いている。


二人ともエレベーターの壁に背を預けたまま、同時にあくびをした。あくび交じりにカルヴァーズが言う。


「この見出し見てみろよ、ヒューコ。『創出魔法』の登録数が10000を超えたみたいだぞ」


「へー、数年前は確か6000を超えたくらいでしたっけ。すごいスピードですね。そういえば魔法許可局の前も、毎日クリエイターたちが列を作ってますよ」


「日々、街全体が魔法の研究に励む、それで魔法文化の代謝がよくなる、その結果、自由な新しい魔法が生まれる・・・結構なことだ」


「といっても新しい魔法が正式に登録されるのは100件のうちの一つ以下ですよ。自由なのに、狭き門ですよ」


「何も登録されるだけが創出魔法じゃないさ。例えばさっきの目覚まし生首がいい例だ」


「いやいや、あれはサイッアクです。二度と創らないでください」


「残念、それはできない約束だな。なんせ里親が決まったんだ」


「え!あんな変な物の権利を買うお店があるんですか!?」


「ジョーク・グッズ・ショップだよ。契約書もサインして、レシピも先日送った。ほとんどタダ同然の金額だけどな」


「シンジラレナーイ。世の中どうかしてますー」


「世の中、面白い方向に向かおうとしているだけだ。それにヒューコ、今日の朝食は、あの生首のおかげで食べられていると言っても過言じゃないんだ。あいつに感謝しろよ?」


ヒューコは得意げにウインクする生首を想像して、うへえと顔をゆがめた。


それからわずかしてチーンと鐘を打つ音が鳴り、一階への到着を告げた。ゆっくり扉が開いた先にはロビーが広がり、さらにその先から差してくる朝陽が大理石の床に反射していた。


「おはようございます。お二方とも」


ロビーにいたのはマンションのフロントマンであるベルゼット氏だ。手に銅のじょうろを持っているので、どうやらロビーの観葉植物に水をやっていたらしい。


ベルゼット氏は、身長二メートルを優に超える大柄な老人で、白い眉毛と、豊かな白い髭を蓄えた物腰柔らかな男だ。


エルフとトロールの両方の血を引いているらしく、頑強な肉体がジャケットを下から押し上げている。


「おはようございまーす。あれ、ベルゼットさん、今日は綺麗な黒のネクタイですね」


ヒューコがいうと、ベルゼットは自分のネクタイに目を落とし、嬉しそうな表情を浮かべた。


「いやはや、今日はノクターン・フェスティバルですからね。ささやかながら、私も夜を想って衣装を整えた次第です。早速気づいていただけるとは、いやはや嬉し恥ずかし・・・照れくさいですな」


「そうか。もうノクターン・フェスティバルの時期か」


「もう当日ですよ。リンド様の格好も・・・いや失礼、あなたはいつも通りですな」


「カルヴァさんはいつも黒色ですからね」


ほっとけ、とカルヴァーズは口をとがらせる。


「しかし、リンド様、心なしか顔色が優れないように思いますが・・・」

ベルゼット氏が覗き込むようにカルヴァーズの顔を見る。


「夜通し魔力を放出していたせいだよ」


「創出魔法ですか。魔法創りに励むのは結構なことですが、あまり無茶なさらぬように。一度始めると熱中なさる性格ですから・・・今はお弟子様がいらっしゃるので安心ですが」


横で何度もうなずくヒューコを無視して、カルヴァーズはわかったよと礼を言う。入居の前から間柄の為、カルヴァーズもいまいち言い訳ができない相手だった。


「それで今からどちらへ?」


「場所は決めてないですけど、朝食を食べに行くんですよ。カルヴァさんの回復を兼ねて」


「それはそれは、お邪魔しましたな。そういえばノクターン・フェスティバルの会場には屋台が出ているはずです。良かったら候補にいかがですか?」


「屋台ですってカルヴァさん!素敵じゃないですか!ありがとうございますベルゼットさん!」


「ええ、今年のノクターン・フェスティバルはいつもと少し違うという噂もありますし、楽しんできてください」


ベルゼットはそう言って、微笑んだ。




ロビーを抜け、外に出たとき、強い風が吹き抜けた。

カルヴァーズは目を細め、ヒューコはなびくスカートを押さえた。

朝一番のビル風だ。眼前にある『ウルズ通り』という大通りを挟んで、巨大なマンションが幾つも乱立している。どれも優秀なドワーフが巨大な岩を積み上げて造った建物で、天を衝く摩天楼はこの街の象徴でもある。


「・・・相変わらず好い街だな」


カルヴァーズは摩天楼の街を眺めながらつぶやいた。

石造りのビルの谷間を飛び交う箒乗りの魔法使いたち、ビルの壁面に掲げられた巨大な広告には、新作の魔法帽をかぶった華やかなファッションモデルが楽しそうに舞う。


「こうやって改めてみると、新しい魔法の生まれる街って感じがしますねえ」


ヒューコも街を眺めながら吐息交じりに言う。


「ノクターン・フェスティバルの会場は?」


「毎年、天樹広場です。ウルズ通りを北へ直進、学院通りにぶつかったら東へ2キロ、ウルトラビンズストリートまで行ったらすぐ近くです」


「絶好調だな、ヒューコ」


「朝っぱらから三回も叫びましたからね」


さ、行きましょう、とヒューコは石畳の歩道を陽気に歩き始める。歩道には、蔦系の魔法植物が絡まった街灯が等間隔に並んでいる。中にはキャンディーの色をしたカラフルなキノコが生えているものもあり、つやつやと光沢のある笠を鏡代わりに使って、髪型を整える中年の魔女もいる。


「それで昨日もあの魔法を創ってたんですか?熱中してたってことは何か進展でも?」


街を闊歩しながらヒューコは訊ねる。

カルヴァーズは露店に並んでいる菓子を眺めながら「いいや、全然だめだった」と答える。


「魔法を創るってのはなかなか思い通りにいかないな。俺がどんなにアイデアと知力を持って追い求めても、理想には到底たどり着かない。まるで嫌われているようだよ」


「かっこよく言ってますけど、要約すると・・・」


「死にかけただけ」


アハハッとヒューコが笑う。カルヴァーズもそれにつられて噴き出した。

黄色のブリキのタクシーが近くに停まる。魔導書の新刊を抱えている男と、毒々しい色の魔法薬を飲んでいる若い魔女を乗せて、まっすぐに伸びたウルズ通りを走っていく。その光景がほかのブリキの車に混ざって見えなくなるまで、カルヴァーズは目で追った。


「水蒸気がすっかり晴れて、遠くまでよく見渡せますね」


カルヴァーズの視線を追ったヒューコが言う。


「もうすぐ8時半だからな。そのうち酔っ払いが地下から上がってくるぞ」


「アンサー・タウンの亡者たちの活動時間ですね」


『アンサー・タウン』は、街の地下にある巨大な地下空間だ。

昔、怪物ミノタウロスを討伐して開放された迷宮で、今では飲食や遊技場、風俗が立ち並ぶ眠らない街となっている。夜間、アンサー・タウンから発生した大量の水蒸気が、広い範囲で地上に霞をつくるのだ。おまけに水蒸気は油や臭いを含む。その水蒸気を避けて、人々は高層階に住む。この街に高い建物が多い理由の一つだ。

一階に店を構えた店主たちが開店準備のため、水蒸気で汚れた店先をモップで磨いている。いや、モップが磨いている、というべきか。モップたちは生き物のように勝手に動いて、汚れを見つけてはとびかかる。


「わわっ!濡れちゃう濡れちゃう」


ヒューコが楽しそうに水を振りまくモップとじゃれる。


「元気がいいな。ブラシ目もきれいだ」


店主が、すみませんな、と言葉でいう割にどこか嬉しそうな笑みを浮かべながらやってきた。


「閉店後はもっぱらこいつらの世話で大忙しさ。休む暇がないよ」


「とてもかわいいです。・・・頑張って働いてね」とヒューコはモップをいとおし気になでる。

モップたちに別れを告げ、しばらく歩いてまたヒューコが足を止めた。


「ここの店も前から気になっているんですよねー」


目移りするヒューコが、魔法薬専門のダイナーカフェの立て看板を眺めながら言う。

俺はどこでもいいぞ、というと、「ダメです、屋台屋台・・・」と顔を振ってまた歩き始める。


「・・・しかしノクターン・フェスティバルに屋台か、あんまりイメージがないな」


「そうですねえ。この街でも割とおとなしめの祭ですし。しずしずと楽しむ大人のイベントって感じです。そういう意味では私にぴったりですが」


この私、と自分を指さす手をゆっくりと下ろさせる。


「お前はまだ15のお子様だろ。ああ、そういえば思い出した。この前、市警のエドウィンがぼやいてたな。今年のノクターン・フェスティバルはいつもと違う、警備を多く配置しないといけないってな」


「有名人でも来るんですかね」


「さあな。その時は創出魔法で忙しかったからちゃんと聞いてなかったよ」


「カルヴァさんは魔法に熱中してると本当に並の人間以下になりますよね。すぐ死にかけるし」


「あいつはいつも話しかけるタイミングが悪いんだ」


「人間以下になっているところを否定してください私の師匠・・・って、ん?」


その時何かに気付いたかのように、空を見上げた。

カルヴァーズもそれにつられる。

巨大な飛行船が、頭上のはるか上、マンション群よりも高い上空を通り過ぎようとしていた。


「・・・あんな黒い飛行船見たことないですね」


ヒューコの言う通り飛行船は黒く塗りつくされていた。まるで巨大なクジラの影のようだ。飛行船はゆっくりと上空を通り過ぎながら、腹の位置から、大量の黒い何かをばらまき始めた。やがて穏やかな雨のように、黒い薄いものがパラパラと落ちてきた。カルヴァーズはそれを一つ掴む。正体は黒い紙だった。青いインクで書かれた文字を読み上げる。


「『ノクターン・フェスティバル。10時より開幕。天樹広場』・・・祭りの案内状だ。手が込んでるな」


見てみろ、と紙を渡して、ヒューコも「へえー」と感心した声を漏らす。

飛行船は、紙を撒きながら天樹広場の方角へ向かって飛んで行く。

その後、大量の紙が風に吹かれて舞い上がった。宙空で舞う紙は一塊に集まって、真っ黒な踊り子の姿を形づくった。続けて一人、また一人と。舞い上がった紙が集まって人の姿となる。踊り子は数を増やしながら、空中でひらひらと華麗に踊り、飛行船の向かう方向へ列を成していく。


気づけば野次馬が増えていた。地下帰りの人々もやってきたようだ。皆口を半分開けて、頭上で舞う踊り子に見入っている。


「すごーい!面白い魔法!なんだか始まる前から盛り上がってますね」


ヒューコはパチパチと拍手をする。


「どうやら今年は趣向を変えたみたいだな」


二人は踊り子の列に導かれながら、天樹広場に向かった。広場が近づくにつれ、人だかりも増え、会場にはまだ朝早くにも関わらず多くの市民が集まっていた。



ノクターン・フェスティバルーーー夜を想う祭の熱気は徐々に高まっていた。





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