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朝焼けのリビングデッド


死体が横たわっている。


まだ若い青年だ。

無造作な銀髪、整った顔、黒い衣服に身を包み、痩せこけて青白くなった肌には夜露が付いている。死体は美しかった。何も損傷もなく、血を流すこともなく、彼はただ冷たくなって横たわっている。

街は、そんな青年を悼むかのように静かだった。

ドワーフたちが造り上げた巨大なマンション群も、沈黙の中で街を見下ろしていた。

未だ静寂が支配する空間。

やがて朝陽が街に差し始め、小鳥が囀り始めた。この屋上、ペントハウスにも多くの野鳥がやってきた。そしてマンションは長い影を街に伸ばし始め、屋上の死体にも光が差し始める。

濡れた青白い肌が陶器のような光沢を帯び、やがて、


―――死体は、ゆっくりと目を開いた。



「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

「ぎゃああああああああああああああああああなになになになに!」

少女は目覚めと同時にベッドから跳ね起きた。あたりを急いで見回すと、ベッド脇で生首が大声を上げていることに気づいた。

「ななななななんで絶叫してんのよ!止まれ!もう起きたから!止まってってば!」

生首の頬をぎりぎりとつねる。しかし一向に止まる気配はない。


「もおおおおお!とまれってばァあああ!!」


地面にたたきつけ、ようやく生首はすんと悲鳴をやめた。


「はァッ、ハァ・・・さいっあく・・・!何なの、この目覚まし時計は!」


少女は髪をガシガシと掻きむしる。床に転がった生首は、髭を蓄えた彫の深い顔を物悲し気にゆがめて少女をじっと見ていた。


「こっち見ないで!・・・・・・もおおぉ、カルヴァさん、なんてものを渡してくれたのよ!心臓止まるかと思ったじゃない!」


肩で息をする少女は、乱れた寝間着をなおしながら、昨夜「画期的な目覚ましを創ったよ」と言って生首を渡してきた家主を思い出す。


少女の名前は、ヒューコ。


15歳の見習い魔法使いだ。



ヒューコの騒がしい自室とは打って変わって、ペントハウスの中は深い静寂に包まれていた。ヒューコは大理石の廊下をずんずんと歩きながら、昨夜リビングで脱ぎっぱなしにしたルームスリッパを思い出す。


「むう、カルヴァさん起きてないっぽいなぁ。もう、変なもんくれるなら自分で使ってよね」


広いリビングのどこにも家主が起きている気配はなかった。スリッパをさっさと回収して、キッチンに向かう。棚の下から麻の袋を取り出し、唇の形をしたコーヒー豆『リップビーンズ』をすくった。


「うん、いい感じ」


豆をつついてプリプリとした質感を確かめ、ミルマシンに放り込んだ。魔法を施し、ミルマシンがひとりでに挽き始めるのを確認して、家主の寝室に向かう。


「ん?」


家主の部屋のドアをノックしようとして手を止める。

寝室のドアに『起こすときは、ぎゃあああああ!と叫んで起こしてください』とメッセージが貼られていたからだ。


「・・・閉まってる」


ドアノブをガチャガチャと回すが、鍵がかかっているらしい。


「メッセージ通りにしないと開かない類の呪い?めんどくさいことするなあ」


仕方ない、と軽い咳ばらいをして、少し頬を赤らめた。


「ぎゃ、ぎゃああああああああ~~・・・」


大声を出すのも気恥ずかしいので、少し小声で言ってみせた。

その瞬間、背後で何かがカチャと動く音がした。


(何の音?)


まるで止まっていた歯車が動き出したような音だ。振り向くとそこには小さな蓄音器がテーブルに置かれていた。普段はそんなものはないはずなのに。ヒューコが小首をかしげると、蓄音器はまた動いて、レコードに針を落とした。


『ぎゃ、ぎゃあああああああ~~・・・』


ヒューコの声が再生された。

ガチャ。ついでにドアの鍵も開いた。


「・・・ッッもおおおおおおおおおおお!!許さないから!!」


顔を真っ赤にしたヒューコはリピートして『ぎゃ、ぎゃあああああああ~・・・』という声を流す蓄音器を蹴り飛ばし、寝室のドアを勢いよく開けた。


「ちょっとカルヴァさん起きてください!言いたいことが色々と・・・・」


言いかけて、あれ?と首を捻る。朝陽も差し込まない暗い部屋のあちらこちらに、分厚い革の装丁の本がたくさん散らばっており、ベッドの上まで本だらけになっていた。だが肝心の家主の姿はそこにはない。


「あれれ、どこ行ったんだろ・・・」


ヒューコは呟き、シーツをめくったりカーテンの裏を覗いたりと、部屋中を探してみるが、やはりどこにもいない。うーんと首をかしげながら扉をゆっくりと閉めた。


『ぎゃ、ぎゃあああああああ~~・・・』


「しつこいッッ!」


蓄音器の針を魔法で吹き飛ばし、リビングに向かった。


リビングに戻る途中、トイレや研究部屋、書斎にも聞き耳を立てたが、全く気配を感じられなかった。


「全くどこに行ったのやら・・・」


リビングから漂うコーヒーの香ばしい匂いが漂ってくるにつれ、ヒューコの怒りは緩やかに冷めていった。ふうとため息をつきながらリビングの椅子に腰かけ、コーヒーを注いだマグカップにゆっくりと口をつけた。

うん、今日も美味しい。

唇をぺろと舐め、満足げに頬を緩める。


「よく考えたら探す義理もないのよね。私も学校休みだし、


うんうん、と頷き、コーヒーを飲み干して、また抽出する。抽出する間、洗面所で簡単に身支度を済ませ、出来上がったコーヒーをカップに注ぐ。湯気が立ち昇り、栗色の髪がふわふわと楽しそうに揺れる。

鼻歌を歌いながら、まだリビングのカーテンが閉まっていたことに気付く。カーテンの奥からはち切れそうな陽光が漏れている。


「今日もいいお天気だね~」


リビングの壁の一面はガラス張りの窓になっている。夜の光が入らないように、遮光カーテンが覆っているのだ。


「開け、カーテン」


ヒューコは手をたたいて腕を広げた。これも簡易的な魔法だ。シャアアアア、と開いていくカーテン。まばゆい光がヒューコの視界いっぱいに差し込む――――――が、ふと異変に気付いた。そのまばゆい陽光の真ん中に、光を遮る影がある。細めた目を凝らすとその姿がゆっくりと浮かび上がってきた。


「ぎ」


黒い冷気を纏った冷たい死体。それが窓に張り付いている。


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」


ヒューコは今日何度目かの悲鳴を上げた。


「ヒュ・・・コ」


窓に張り付いた死体が口を開いた。それはまるで今しがた死から蘇った人間のようだ。



・・・



きつね色に焼きあがったトースト。

カリカリに焼かれたベーコン。

甘ったるいチョコレートが塗りたくられたベーグル。

瑞々しいグリーンサラダ。

蜂蜜を数摘入れたヨーグルト。

太陽のようにまぶしいスクランブルエッグ。

はち切れそうに膨らんだウインナー。

人面のミニトマト。

リップビーンズのコーヒー。


それをすべて平らげんとする死体のような人間。


「んーうまい、死にそうになった夜の後の朝食は格別だな」


けらけらと笑いながら咀嚼する男の顔には、少しだけ生気が戻っていた。青白かった頬は紅潮し、目の下の深いクマは波が引くように薄れている。

ヒューコはそんな姿を呆れながら見ていた。


男の名前は、カルヴァーズ・リンド。


銀色の髪に、人形のように整った顔立ち。上背のある体躯に色褪せた黒い寝巻を身にまとっている。

骨ばった手でフォークを持ち、忙しそうに朝食を口に運んでいる彼こそが、このペントハウスの家主であり、ヒューコの魔法の師であった。


「全く・・・。本当に人騒がせですよね」


ヒューコは、ふんと鼻を鳴らす。カルヴァーズはその様子を灰色の眼を動かして眺めていた。


「何かあったのか?」


「それはもうありましたよ。朝から何回も叫ぶ羽目になったんですから」


「ハッピーな朝じゃないか」


「喜んで叫んだんじゃないんですよ!」


「あれと!」と言うと魔法で奥の部屋から生首が飛んでくる。

「これと!」同じくカルヴァーズの寝室の方から蓄音器が飛んできた。

「・・・あなたのせいです!」


カルヴァーズの鼻先に指を突き付ける。

カルヴァーズはヒューコが浮遊させているものを指さして、ああ、と頷く。


「ふたつともジョークグッズとしてはなかなか良かっただろう。特に蓄音機なんかは物に対する合言葉の呪詛も付与する特性も考慮して・・・」


「そういうことを言いたいんじゃないんですよ!中でも特にこの生首が最悪です!オペラ歌手のハミングで起こしてくれるっていうから試しに使ってみたのに!」


この髭も、付けヒゲだし!と生首のヒゲをバリッとめくると生首は、あう、と顔をゆがめた。


「悪い悪い。体調で変わるんだよ。今朝はのどの調子が悪かったみたいだな」


生首はそうそうと言わんばかりにウインクして、カルヴァーズも微笑み返した。その視線の間に、眉間にしわを寄せたヒューコが割り込む。


「・・・極めつけはカルヴァさんです。カーテン開けたら死人みたいな顔をした人間が窓に張り付いているんですから・・・」


「悪いな。家の中に入って何か食べないと死ぬと思ったんだけど窓に阻まれてた」


カルヴァーズはベーグルをちぎって、眼前で顔をゆがめるヒューコの口に押し込んだ。


「・・・むぐ、もぐもぐ・・・『創出魔法』は結構ですけど・・・もぐ、死にそうになるまで魔力を使わないでください」


ヒューコはもぐもぐと口を動かしながら、鼻でため息をつく。

まあそう怒るな、と言いながらカルヴァーズは立ち上がった。


「さて、それじゃ支度しようか」


「どこ行くんですか?」


「ほら、この通りだ」


カルヴァーズはテーブルの上を指さした。そこには綺麗に平らげられた皿が置かれていた。


「もう全部食べたんですか?・・・私の分もあったのに」


「まだ足りないんだ。朝食の続きに出かけよう」


カルヴァーズはにやりと笑う。


「我が愛する街、『ゴーステッドシティ』へ」





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