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3 セシルの異能 




 それは4年前。セシルが13歳の時だった。


 その日。セシルと2つ下の妹アデールの二人は、何の用件か聞かされずに突然、母の私室に呼ばれた。おそらく何かしらの小言だろうと予想した二人は、やや緊張しながら母の部屋に向かったのだが……そこで母から二人の娘に語られたのは、想像もしていなかった【モリエール伯爵家の秘密】であった。


「異能者? 唯一魅了?(はいー?)」

 思わず素っ頓狂な声を上げてしまった13歳のセシル。

 母の話は俄かには信じられないものだった。「異能者」などという単語は物語の中でしか見聞きしたことが無い。セシルは大いに困惑した。彼女の隣で、妹アデールも不安そうな表情を浮かべている。

 あまりにも荒唐無稽な話に、母が冗談を言っているのかとも思ったセシル。だが、母は大真面目な顔をして続けた。

「貴女たちが戸惑うのも無理はないわ。でも、モリエール家に生まれた女性は、15歳の誕生日を迎えると、必ずこの異能を使えるようになるの。今、セシルは13歳、アデールは11歳でしょう? だからそろそろ話した方が良いと思ったのよ」

 セシルの母は、モリエール伯爵家の一人娘だった。現在の当主である父は婿養子だ。母自身も「モリエール家に生まれた女性」なのである。つまり、母も異能者ということか? とてもそんな風には見えないが。


「『女性だけ』ということは、お兄様は異能者ではないのですね?」

 セシルは母に尋ねた。セシルは3人兄妹の真ん中で、彼女には妹アデールの他に3つ上の兄がいるのだ。

「ええ。男性は違うの。異能を操ることは出来ないわ。だからこの秘密は、300年前からモリエール家に生まれた女性のみに口伝えで伝えられているの。書き物を残すと、何処からか異能の秘密が洩れるかも知れないでしょう? セシルもアデールも異能の事は〈モリエール伯爵家に生まれた女性〉以外には決して明かしてはダメよ。他家の人間には勿論だけれど、たとえ親族であっても男性には明かしてはならない決まりなの」

 理由は分かる。異能者――それも魅了異能の使い手だなどと知れれば、他人は勿論、身内にさえ怖がられ、嫌悪されるだろう。下手をすれば「魔女狩り」のような目に遭う恐れすらある。

 

 ここで、セシルはふと、ある事に気付いた。

「あの、お母様……結婚して何年経ってもお父様がお母様にベッタリなのは、もしやお母様がお父様に【唯一魅了】を?」

「うふふ。その通りよ。結婚式を無事に終えた後、その夜のうちに旦那様に【唯一魅了】を掛けたの」

 全く悪びれずに、そう返す母。

「ただの魅了とは違う、何せ【唯一魅了】でしょう? 生涯にたった一度、ただ一人の人間にしか掛けることが出来ない魅了なら、やはり結婚相手に掛けるのが一番平和な選択なのよ。私だけではなくて、異能者だったご先祖様たちの殆どが、そうしていたみたい」

「「なるほど……」」

 母の言葉にセシルもアデールも思わず頷く。確かに夫を魅了するのが一番問題がないし、夫婦ともに幸せになれそうだ。


 ここで妹のアデールが母に質問をした。

「お母様。お母様は結婚式後の初夜にお父様に【唯一魅了】を掛けたと仰いましたが、たとえば結婚前でも正式に婚約が決まったタイミングで、婚約者に【唯一魅了】を掛けても問題ありませんよね? そうすれば、婚約期間も仲睦まじく幸せに過ごせると思うのですが」

 確かにそれは良い考えだとセシルも思った。

 対して母の答えは明確だった。

「それは絶対にしてはいけないわ」

「「えっ??」」

 あまりにもキッパリとした否定に、驚くセシルとアデール。


「お母様、どうしてですか? 正式に婚約した相手なら問題無いのでは?」

 セシルが問うと、母はこう答えた。

「150年前に、それを実行したモリエール家の令嬢がいるのよ。クロエと言う名の令嬢よ。婚約者の態度がとても冷たくて、辛く感じたクロエ嬢は、婚約者の男性に【唯一魅了】を掛けたそうなの。もちろん直ぐに彼はクロエ嬢に夢中になって、仲睦まじく過ごせるようになったのだけれど、暫くして、双方の家の都合で婚約が解消となってしまったの。クロエ嬢の虜になっていた婚約者はもちろん抵抗したけれど、もともと当主が決めた政略の婚約だったから、聞き入れられる訳もなく……」

「「……」」

 何だかイヤな予感がしてきたセシル。アデールの顔色も悪い。

「……どうしてもクロエ嬢を手離したくなかった婚約者の男性は、結局、クロエ嬢を殺して自分も自害してしまったの。つまり”無理心中”ね。最悪の結末だわ」

「「ひぃっ!?」」

 衝撃の結末に震え上がるセシルとアデール。


 そんな娘たちに、母は言い聞かせるように語った。

「いくら『正式な婚約』と言っても絶対ではないということ。だから、無事に結婚式を挙げた後に、初夜の寝室で二人きりになったタイミングで【唯一魅了】を掛けるのが一番間違いが無いの。婚約中に少しくらい相手が冷たくても、そんな事は取るに足らない事だわ。婚約期間よりも、結婚後の幸せを大事に考えなさい。結婚生活は何十年にも及ぶのだから」


 セシルはこの時、胸に刻んだ。

【唯一魅了】は【生涯呪縛】と表裏一体なのだ。決して一時の感情で、安易にこの異能を使ってはならない――と。

 





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