第4話 兄様
「父上、母上。おはようございます」
「嗚呼、おはようブラック」
「おはよう、ブラック」
兄様が僕の部屋を訪れると、両親へと挨拶をする。挨拶の所作にしても優雅でかっこいい。そんな兄様を僕はじっと見詰める。本当は声をかけたいが、両親との挨拶を邪魔するのはよくない。僕は待てる子である。
「シルバー。……おはよう」
「あぃ! にぃ!」
僕の順番になり、朝の挨拶を兄様と元気よく交わす。そして、そのまま兄様に両手を伸ばすと、兄様は慣れた手付きで僕を抱き上げる。今日も良い一日だ。
「……今日もご機嫌だな」
「あぃ!」
兄様が優しく笑う。憧れの兄弟と一緒に生活が出来るのだ。毎日楽しくて仕方ない。僕は兄様に元気に返事をすると抱きつく。
優しい兄だと分かってから、尊敬をこめてブラックのことは兄様と呼ぶことにした。嬉しいことに兄様を守ると決めた日から、毎朝兄様が僕に会いに来てくれるようになったのだ。まだ赤ちゃんで、ハイハイしか出来ない僕にとって移動手段がない為会いに来てくれるのは助かる。それに兄様が会いに来てくれるのが何よりも嬉しいのだ。
「本当に仲良しだな」
「ふふっ、本当にシルバーはブラックのことが好きなのね」
「うあい!」
父様と母様が僕たちを見て楽しそうに微笑む。僕は両親の言葉を肯定するために、手を挙げて返事をした。
「……シ、シルバー」
「うぅ? にぃ?」
兄様の戸惑った声が僕を呼ぶ。如何したのだろうと兄様の顔を見ると、若干顔が赤い気がする。もしかして風邪でも引いたのだろうか。体調が思わしくないならば、僕を抱えているのは負担になる。僕は兄様が心配にあり、兄様を呼ぶ。
「大丈夫だよ、シルバー。お兄ちゃんは、照れているだけだよ」
「うぁ? てぃ?」
父様が僕の心配を打ち消す。照れているということは如何いう事なのか、僕は思わず首を傾げた。
「っ! ち、父上!?」
兄様は焦ったように、父様へと声をかける。兄様が何故焦るかはわからない。だが顔が赤いのが、風邪を引いたのが理由でないならば安心だ。
「そうよ! ブラックはシルバーに『好き』と言われて嬉しくて照れちゃっているのよ!」
「すぅ? てぃ?」
父様に続き母様も、兄様が照れていると言う。しかもその理由が僕にあったとは驚きである。多分先程の、両親の言葉を肯定した時のことを言っているのだろう。
「なっ!? は、母上まで……」
両親の言葉に兄様の顔が更に赤くなる。兄様が照れる姿は新鮮だ。年相応の反応に僕は笑顔になる。
「良いじゃないか、ブラック。シルバーは目を覚ましてから、ずっと扉を見てブラックのことを待っていたからね?」
「あい!」
父様は僕が兄様と早く会いたがっていたことを告げる。僕はまだ自由に動き回ることが出来ないから、会いに来てくれる兄様と早く会いたいのは当然のことだ。それに第一皇太子である兄様は色々と忙しいのである。勉強に魔法や剣術など、他にも沢山やることがあるのだ。その忙しい中、時間を作って僕に会いに来てくれる兄様を待たせるなんて出来ない。一秒でも長く一緒に居たいのだ。僕は父様の言葉に同意する。
「ええ。それに夜泣きもしなくて、『明日になればブラックに会えるわよ?』って伝えると直ぐに寝ちゃうのよね?」
「うぁ!」
次に母様も、僕が兄様と会えることを楽しみに早く寝ることを話す。精神は前世の記憶により成人している為、夜泣きをすることはなかった。身体は赤ちゃんであるから、夜泣きにより母様やメイドさん達の手を煩わせる心配がなくて安心したものだ。それに次の日に兄様と会えると思えば、体調を万全にするために早く寝るのは当然のことである。毎日すっきり快眠だ。母様の言葉を肯定するように僕は声を上げた。
「……っ、うっ……」
「にい?」
僕を抱える腕に力が籠るのを感じ、顔を上げると兄様の顔が真っ赤になっている。照れているにしても大丈夫だろうか?僕は心配になり兄様の頬に触れる。
すると、じんわりと熱が伝わる。しかし少し温度が低いようにも感じられる。兄様の体温が低いのかと心配になるが、僕が赤ちゃんだから体温が高いということに気が付いた。
「……シルバー。大丈夫だ」
「むぅ?」
少し落ち着いたのか、兄様が僕の背中を優しく撫でた。優しい手つきに流されそうになるが、兄様の健康面が心配だ。本当に大丈夫なのか、僕は兄様の顔をじっと見上げる。
「本当だとも、私は……お前に噓はつかない」
「んぅ……あぃ」
兄様の言葉を信じていないわけではないが、優しい兄様に苦しい思いはしてほしくないのだ。兄様の真剣な表情から本当に大丈夫だと判断をして、頷いた。
「だが……その、心配をかけた……ありがとう」
「うぅ……にぃ!」
はにかんだ笑みを浮かべる兄様に、僕は大好きだという気持ちで胸がいっぱいになる。今の気持ちをこの身体では上手く表現することが出来ない為、代わりに兄様を精一杯抱きしめた。
「ふふっ、すっかりお兄ちゃんね」
「嗚呼、そうだね」
母様と父様の会話を聞きながら、朝の楽しい時間が過ぎて行った。