第11話 誕生日パーティー⑦
「はぁ……モロバ侯爵、何時もの貴殿らしくないぞ」
軽く溜息を吐くと、兄様は冷静にモロバ侯爵に対峙する。兄様が落ち着いてくれて良かった。僕は一息吐く。
如何やら『何時もの貴殿らしくないぞ』ということは、兄様は以前からこのモロバ侯爵のことを知っているようだ。面識がありこのような煽り行為をすることを加味すると、モロバ侯爵は矢張り兄様の悪役化に影響を及ぼす可能性がある。
「それは異なことを……何時もらしくないのは、ブラック殿下の方では?」
「……何が言いたい」
モロバ侯爵はしゃがれた声で笑い声を立て、不気味な笑みを浮かべる。そして薄気味悪く黒い瞳が一段と輝く。兄様は動じることなく、勿体ぶるモロバ侯爵に話しの先を促す。
「そんな赤子の世話など貴方様らしくないと申しておるのですよ! 大した魔力を持たない赤子など捨ておきなさい! 貴方様は将来この国を統べる、皇帝陛下へとなられるお方だ! 赤子などに構っている暇などありません!」
突然、僕の悪口大会が始まった。確かに赤ちゃんである僕の世話をしている暇など、忙しい兄様にはない。第一皇子として学ぶことが沢山あるからだ。だが兄様は時間を作って僕に会いに来てくれる。そして今日は一番兄様と一緒に居られている日だ。他の日など朝に挨拶をして、次の日の朝まで顔を見ることが出来ない日など沢山ある。何時もはメイドさん達が僕の世話を見てくれているのだ。偶に兄弟で過ごす時間があってもいいだろう。王族であり立場がある者でも、家族として過ごす時間も大切だと僕は考える。人間性が欠如して良い国を築けるはずがない。家族の大切さを知るからこそ、民を思いやる心が育まれるのだ。
加えて魔力量については僕自身も、どれ位保有しているのかは分からない。只、ゲーム内では魔力量は生まれ際に決まっているという設定だった。ゲーム内の設定がこの世界にそのまま活きているかは分からない。だが幾ら修行をしても、魔力量が増えることはないという知識があるだけだ。
因みに魔力量を測定するには教会の大水晶でしか測ることは出来ない。何故モロバ侯爵は僕のことを『大した魔力を持たない赤子』と呼ぶのだろう。魔力量を感知できるのだろうか。
それにしてもモロバ侯爵は何がそんなに許せないのだろう。僕が仮に魔力量が乏しくてもモロバ侯爵には関係のない話だ。臣下として王族に魔力量が乏しい者が居る事が心配なのかもしれないが、皇位継承権は兄様が上である。僕としても兄様が皇位を継ぎ、皇帝になってくれるのは大変嬉しいことだ。モロバ侯爵がそのことに執着をするのが不思議でしかない。
侯爵としての立場を忘れ、叫ぶ姿は奇怪である。僕は驚きと呆れ半分で何も言えない。しかし兄様は違ったようだ。
「……貴様が、私の弟であるシルバーを語るな!」
兄様は先程よりも声が低くなり、明らかに怒声を孕んだ声を上げた。兄様が僕のことを悪く言われて怒ってくれるのは大変嬉しいが、兄様の魔力が放出されればこの会場も無事では済まない。僕は再び冷や汗を掻く。
モロバ侯爵が何を言おうが僕は何も傷付いていない。大丈夫だと兄様に伝えたいが、赤ちゃんの僕では上手く伝えることが出来ない。そのことを歯痒いと思う。周囲の人々も異常な状態に騒ぎ始める。
「おお! 素晴らしい魔力量だ! そうです! ブラック殿下!!」
怒りの矛先が自身に向いているというのに、モロバ侯爵は恍惚な笑みを浮かべる。両手を広げまるで兄様が魔法を行使するのを誘っているかのようだ。周囲の人々は兄様の魔力に顔を蒼褪めているというのに、モロバ侯爵の行動は真逆である。異様な光景だ。
「嗚呼、ブラック殿下! 貴方のお力は戦場でこそ本領発揮をする! 他国を蹂躙し、我が国を豊かにするのです! それが貴方様の存在理由だ!!」
モロバ侯爵は兄様を戦争の道具だと言い放つ。それは僕の琴線に触れた。優しい兄様が他国を手に入れる為の道具であり、それが存在理由など断じて有り得ない。何を理由にそんな勝手なことを口にしているのだ。優しい兄様が傷付くようなことを発言しないでほしい。
「めっ!!」
優しい兄様は僕が絶対に守る。その気持ちを込めて両手を前に出すると、眩い光りが輝いた。