[短編]週末だけ犬になる俺を、ポーカーフェイスな妻が溺愛してくる
ウォーレンは困惑した。
――ど、どうしよう……。あのカレンが、こんな――、
ここは魔法で栄えたパパリッツィ帝国。
さんさんと午後の陽光が降り注ぎ、季節の花々が咲き乱れる王宮の中庭で、パパリッツィ帝国の皇帝ウォーレン三世ことウォーレン・ロイ・パパリッツィは、大いに困惑していた。
目の前にいるのは、さきほど中庭でたまたま出会ったカレン・ミディ・パパリッツィ。彼女はウォーレンの妻であり、目下彼の困惑の原因たる人物である。
――こんなに、デレるなんて……ッ!
カレンはポーカーフェイスで、人前ではめったに笑顔を見せたことはない。そのためついた異名は「氷の皇后」。しかし、今のカレンは満面の笑みを浮かべてウォーレンの頭を撫でている。
一方で、珍しいカレンの笑顔を目の当たりにしているウォーレンは、驚きを言葉にできない。驚きすぎて言葉がでないわけではない。物理的に不可能なのだ。
なんたったって、ウォーレンは現在、手違いで真っ白でモフモフな大型犬の姿。口を開けば「ばう!」「くーん」「キャン!」しか出てこない。
「かわいいでちゅねえ、ワンちゃん♡」
――かわいいでちゅねえ!? カレン、お前がそんな言葉遣いになるなんて!
白いモフモフの犬になったウォーレンは、目を白黒させる。
皇后としてウォーレンの隣に立つカレンは、いつも鉄壁の無表情。どんな瞬間でも、一ミリの隙も与えないほどのポーカーフェイスなのだ。――いや、ポーカーフェイスだったのだ。
――犬にはそんなに笑ってくれるのか、カレン!? 俺にはこの三年、まったく笑いかけてくれなかったというのに!
ウォーレンにとっては、カレンがこんなに無邪気に笑うこと自体が衝撃だった。無邪気な上にデレデレである。
「ああ、本当に可愛いわぁ。なんてフワフワでモフモフなの! それにこの肉球! プニプニだわ!」
唖然としたまま宙に浮いていた前脚を、カレンは包み込むように握り、ピンク色の肉球を触った。ウォーレンとカレンは夫婦だが、冷え切った関係のため、手をつないだのは三年前の結婚式以来である。
久しぶりの身体接触は喜ぶべきことだが、ウォーレンは焦っていた。
――ああっ! やめてくれ! 俺はさっき本能に従って、庭の土を掘ってしまったのだ! カレンの美しい手が汚れてしまう!
ウォーレンはバタバタしてカレンの手から逃れる。
「ああっ、逃げちゃったわ。そういえば、ワンちゃんは肉球を触られるのが好きじゃないって、昔誰かに聞いたことがあったわね。私ったら、ぜんぜん配慮ができていなかった。ごめんなさいね……」
カレンはシュンとした顔でウォーレンに謝った。本当に反省しているらしく、心なしか眼がウルウルしている。あまりに健気な姿に、ウォーレンの心臓がずくりと痛んだ。
――そんな顔をするでない! お前の手が汚れなければ、いくらでも触ってくれて良いのだ! ほら、頭! 頭であれば撫でてもいくらでも良いから!
ウォーレンは自らカレンの手の下に潜りこみ、濡れた鼻の先でカレンの手をつついた。カレンは目を見開く。
「ま、まあ! 頭なら撫でて良いってことかしら……? なんて賢いワンちゃんなの! えらいでちゅねぇ~」
カレンは嬉しそうにウォーレンの頭を撫でる。いつもはかしこまった口調の妻が、おもいっきり赤ちゃん言葉を使ってくるのは非常に違和感があるが、この際つっこんではいけないのだろう。人には誰しも、他人に知られたくない側面があるものだ。
ウォーレンを存分に撫でたところで、カレンはふと不思議そうな顔をした。
「あら? そういえば、こんな場所にどうしてワンちゃんがいるのかしら」
カレンは不思議そうに首をかしげる。その疑問はもっともだ。この中庭は特別な場所。皇帝とその妃、そしてその家族しか入ることを許されていない。
――こ、これには、深いわけがあるのだ! 別に、好き好んで犬になっているわけではない!
とっさにウォーレンは言い訳をしようとしたものの、もちろん犬に言い訳ができるわけがない。「ばうばう!」という情けない鳴き声をあげるだけで終わった。無力である。
「きっと迷いこんじゃったのね」
目の前のモフモフの犬が自分の夫だとつゆほども思ってもいないカレンは、勝手にひとりで納得した。なんだか純真なカレンを騙しているようで、ウォーレンの良心がキリキリと痛む。
ことの始まりは一月ほど前である。皇帝であるウォーレンは、うっかり屋の宮廷魔法使いによって、週末だけ犬になる魔法をかけられてしまったのだ。
この馬鹿げた魔法を解くためには、解除のための魔法が必要なのだという。宮廷魔法使いは過去の文献を読み、解除の魔法について研究している。
しかし、風の噂に寄れば、宰相たちが宮廷魔法使いの研究をことごとく妨害しているらしい。三日で終わるはずの研究は気づけば一ヵ月も経っている。
『陛下は働き過ぎです。たまには犬にでもなって、のんびりなさればよろしい』
宰相たちは口をそろえて言った。
仕方なく、犬になったウォーレンは、部屋でなにもせずに日がな一日寝そべって過ごしたり、王宮の広い庭を思いっきり駆け回ったり、童心に返って無心で穴を掘ったりと、週末犬ライフをエンジョイしていた。
特にこの中庭は、ウォーレンが犬になった際に必ず訪れるお気に入りの場所だ。なんせ、皇族のみしか出入りを許されておらず、普段は人が来ないので、好きなだけはしゃげるのだ。
しかし、偉大なるパパリッツィ帝国の皇帝が短期間とはいえ可愛らしい犬の姿になるなんて、皇帝の名折れ。万が一この噂が広まれば、帝国中の笑いものになるだろう。ウォーレンは宰相たちと身近な召使いたちにだけ犬になる魔法について伝え、箝口令をしいた。
なにより、ウォーレンはこんな情けない姿を妻のカレンにだけは見せたくなかった。
――完璧な皇后であるカレンに、こんな姿を見られたくはなかった……。
皇后のカレンは完璧な人物である。
策略家の伯爵の長女として生まれ、物心つく前からウォーレンの妻になることが決まっていたカレンは、幼い頃から皇后になるべく厳格に育てられてきた。
当時二十歳だったウォーレンに十五歳で嫁いだカレンは、不断の努力によって理想的な皇帝の配偶者となった。堂々とした隙のない氷の皇后カレンの立ち振る舞いは、どこからどう見ても理想的な皇后そのもの。現に、帝国内でのカレンの人気は非常に高い。
年下の完璧な皇后にふさわしい夫となるべく、ウォーレンも必死で努力した。寝る間を惜しんで公務に励み、勉学を怠らず、皇帝としてふさわしい態度を心がけた。
その結果、ウォーレンもまた若いながらに名君と呼び声が高い立派な皇帝になり、完璧なカレンの横に並ぶにふさわしい男になった――、まではよかった。
しかし、あまりに公務や勉学に力を入れた結果、カレンとはすっかり没交渉となってしまった。
パパリッツィ帝国の皇帝夫妻は、いわゆる仮面夫婦の関係である。優秀だが根が不器用なウォーレンは、「理想的な皇帝」と「理想的な夫」を両立できなかったのだ。
カレンは相変わらず、にこやかにウォーレンの頭を撫でている。
「もしアナタに飼い主が見つからなければ、この城で飼ってあげたいけれど……。陛下は、ワンちゃんはお嫌いかしら。あの方は、いつもしかめ面で動物すべてに興味がなさそうだけど……」
――そ、そんなことはないぞ! 犬は好きだ!
ウォーレンは反論しようと思ったが、やはり口から出るのは「くーん!」という可愛らしい鳴き声だけだ。どこまでも無力である。
「あらあら、なにかしら? なにか言いたいの?」
カレンはウォーレンに目線をあわせた。犬の姿になったウォーレンを見る美しい瞳は、どこまでも優しい。本当に犬が好きなのだろう。
カレンがこんなにも犬好きだと、ウォーレンは知らなかった。
結婚して三年も経つというのに、お互い知らないことが多すぎる。年上である自分が歩みよるべきだと分かっていたのに、忙しさを言い訳にして、ウォーレンはカレンから眼を背け続けた。
――こうやってふたりで時間を過ごすことすら、この二年まともにできなかった。改めて向き合うと、カレンはさらに美しく成長したな。いや、昔から抜きん出て美しい娘だったが……。
ウォーレンがじっとカレンを見つめると、カレンは「なにかしら」と、眼を細めて小首をかしげた。よく手入れされたプラチナブロンドの髪が、肩口からさらさらと落ちる。ウォーレンはソワソワと落ち着かない気分になった。
――美しいカレンを前にすると、いつもの俺はどうしても素直に話ができない。しかし、犬の姿であれば、それも若干マシ……。このウォーレン三世、せっかくのチャンスを無駄にはしないッ!
無駄にキリッとした顔をしたウォーレンは、ふいにもたらされたひとときをとりあえずは存分に楽しむことにした。たとえ偽りの姿であっても、カレンが自分に向けている笑顔は本物なのだから。
ウォーレンは意を決して地面にごろりと寝転がると、カレンに腹を見せた。皇帝としての尊厳はゼロである。人間の姿なら絶対にできないが、この際カレンの笑顔が優先だ。
ウォーレンの見込み通り、カレンは目を輝かせた。
「まあ! これは俗に言う、ヘソ天というやつですわよね? ワンちゃんがこの上ないリラックスモードのときに見せるという……っ!」
後光さえ見えるほどの極上の笑顔で、カレンはウォーレンの腹を撫ではじめる。
――よしよし、カレンは喜んでいるな? 騙しているようで良心は痛むが、こうやってカレンの色々な表情を見られるのは、好ましいことだ。
ウォーレンの複雑な胸中はいざ知らず、カレンは夢中で犬の姿のウォーレンを愛でつづける。
「白くてフワフワで、とってもかわいいワンちゃんでちゅね。いいこ、いいこ……」
カレンの長い指がピンとたった耳の根元をクシュクシュと撫でると、ウォーレンの身体になにやらえもいわれぬ快感が体中に広がる。眼がトロンとしてきたウォーレンはブルブルと頭を振った。
――ああっ、なんだなんだこの気持ちは……! 動けぬぅ……!
このままだとぐっすり寝てしまいそうだ。
「あら、ワンちゃんはおねむなのかしら? ほら、お膝の上においで」
そう言って、カレンは優しく白いモフモフたるウォーレンの頭を膝の上にのせると、首に手を回してぎゅっと抱きしめる。
――ウワーッ、カレンに抱きしめられた!
驚いたウォーレンは、すっかり可愛らしくなってしまった前脚をパタパタとうごかす。眠気は一気に吹き飛んだ。
カレンは首あたりのふわふわの毛に顔をうずめ、クスクスと笑う。
「なぜか、懐かしい匂いがするわ。すごく大好きで、とっても落ち着く匂い。アナタはイヤかもしれないけど、このまましばらく抱っこさせてちょうだいな」
うららかな日差しのもとで、カレンはウォーレンをより一層強く抱きしめる。
――カレン、カレンが近いぞ! そして、なにやらすごくいい匂いがする! な、なんなんだこの匂い! 同じ石鹸を使っているはずなのに!
ウォーレンの心臓が早鐘のように鳴った。またもや尻尾が高速回転しはじめている。
なにも事情を知らないカレンは、ふと小さくため息をついた。
「ああ、ずっとこうやってワンちゃんと遊んでいたい。皇后なんて、本当は嫌なの」
――なぬ!?
寝耳に水だった。ウォーレンははじかれたように顔をあげる。
カレンは悲しそうな顔をして、遠くを見ていた。
「……あのね、子供を早く作れとお父様からお手紙が来たの。お世継ぎを産むことが、皇后の仕事だから」
――あの権力にしか興味のない、ろくでなしの古狸め! 面と向かって私に進言できないからと、影でカレンにそんなことを命令していたなんて!
ウォーレンは舌打ちしたくなった。人間の姿であれば間違いなく舌打ちしていただろう。
カレンはぽつりぽつりと胸の内を明かしていく。
「お世継ぎなんて、どうしたらいいのかしら。だって、私はウォーレン様の寝室にすらいれてもらえないのよ? きっと、私なんかでは、陛下には物足りないのよ。だって、あの方は完璧なお方だもの」
――物足りない!? そんなこと、あるわけがない!
「私を愛してくださらないのも、きっとそのせい。完璧な陛下の妻として、もっと頑張らなきゃいけないのに、私ったら悲しいことがあると、すぐにこの中庭に逃げてきてしまう。自分でも、情けなく思うわ……。私なんて、皇后なんかになるべきじゃなかった」
カレンのアイスブルーの瞳から、ポロリと大きな涙が流れる。それはいつも堂々として理想的な皇后の姿とはほど遠い、弱々しい姿だった。
――カレンが、泣いている……。こんなにも、俺はカレンを傷つけていたのか……。
カレンがいつも頑張っているのは自明のことだし、まわりの宰相たちも、カレンを高く評価している。国民たちも、カレンを慕っている。
ウォーレンも、もちろんカレンを尊敬し、心の底から感謝していた。しかし、思い返せばその感謝の言葉を口下手なウォーレンが口にしたことは一度もない。態度に出したこともなかったはずだ。
そして、ウォーレンから褒めて貰ったことがないカレンは自分が至らぬからだと勘違いし、密かにひどく傷ついていた。
――すまなかった。君はまわりの人間に認められているし、強い君であれば、大丈夫だと思ったのだ! しかし、俺が間違っていた。君は、こんなにも傷ついていたというのに、俺は君に甘えてばかりで……っ!
ウォーレンは必死で謝った。しかし、口から漏れるのは、「ばうばう!」という鳴き声だけ。オロオロと走り回り、けたたましく吠えるウォーレンの真意を、カレンは理解できない。
「どうしたの、ワンちゃん? お家に帰りたいのかしら? それとも、なにか気になることでもあった?」
――違う! 違うのだ! クソ、俺が人間だったら君に思いが伝えられるのに!
ウォーレンが強くそう思った、その時だった。
「陛下! ついに解除魔法がありましたよぉ~!」
妙に気の抜けたふにゃふにゃの声が、中庭に響き渡る。
「な、なにごとですか!?」
急な闖入者に、カレンは慌てて涙を拭き、すっくと立ち上がって振り向いた。
「この中庭は、皇族しか入ってはいけない場所なのですよ」
中庭に入ってきたのは、風采の上がらない男だった。ウォーレンを犬にした宮廷魔法使い(張本人)である。赤毛に怪しげなとんがり帽子を被っているこの魔法使いは、べらぼうに優秀だがその分だけトラブルを起こす、たちの悪い男だ。
カレンは宮廷魔法使いを冷たく睨んだ。すっかりいつもの隙のない氷の皇后の顔に戻っている。
「あっ、カレン様も陛下と一緒だったんですね。すみません、僕は陛下に急ぎの用がありまして」
「陛下? ここに陛下はいらっしゃらないけれど……」
カレンは怪訝そうな顔をする。魔法使いは不思議そうな顔をした。
「えっ、その犬は皇帝陛下ですよね?」
――おい、何を言っているのだお前は! 私が犬になることは秘密にしろと、あれほどいっただろうが!
命令しようにも、ウォーレンの口から出てきたのは「くんくぅん」という情けない声だった。犬なので仕方ない。
事情がまったく分からないカレンは眉をひそめる。
「宮廷魔法使い様、貴方まさかこの迷い犬に『皇帝陛下』という名前を付けているのですか? それは、あまりに不敬だと思うのですが……」
「ええっ、誤解です! そういう訳じゃなくて、この犬は本当に陛下なんですよ! その証拠に、いまからちゃんと魔法を解きますから!」
そう言って、魔法使いはなにやら小難しい呪文を唱えはじめる。
――これはまずい!
先ほどまであれほど人間に戻りたいと思っていたが、絶対に今ではない。
反射的にその場から逃げようとしたウォーレンだったが、ウォーレンのフワフワの身体がふわりと宙に浮き上がるほうが早かった。
見えない力に抵抗しようとウォーレンは前脚をジタバタさせたが、時すでに遅し。情けなく空をかいていた四肢が伸び、カレンが撫でていたフワフワの毛は離散し、尻尾はあっという間に尻の付け根あたりに収納されてしまった。
――や、やめろぉ!
ウォーレンの必死の抵抗もむなしく、 辺り一面が光り輝き、その中心から慌てふためいた顔をした、背の高い精悍な男性が現れた。パパリッツィ帝国の若き名君、ウォーレン・ロイ・パパリッツィである。身体に異変はなく、完璧に人間に戻ったらしい。
ウォーレンが人間に戻ったのを確認した魔法使いは、大きなため息をついて胸をなで下ろした。
「はあ、よかったぁ。これでまた、僕は魔法の実験に専念できる。しかし、眠気を吹き飛ばす魔法をかけたら、陛下が犬になるなんて、やっぱり魔法は奥が深いなぁ……。今度は違う呪文を考えなきゃ……」
魔法使いは何かをブツブツいいながら、中庭を去っていく。実験のことしか考えていない彼は、時として相手が皇帝でも別れの挨拶を忘れて去っていくのが常だ。いまさら注意する気にもならない。
それより、問題はカレンだ。
「なんてこと……」
カレンはしばし唖然とした後、徐々に頬が赤くなっていった。もちろん、ウォーレンの顔も赤い。
彼女の脳裏には、自分が今までやってきたことが次から次へと浮かんでいるのだろう。同じく、ウォーレンの脳裏にも、犬になって思う存分甘えてしまったあれやこれやが浮かぶ。
なんとなく気まずい空気が流れた。
「へ、陛下が、ワンちゃんだったなんて……。 そ、そんな……」
「カレン、すまない……。その、君がそんなに犬が好きだと思わなかった……」
カレンの華奢な方がピクリと跳ねる。
先ほどまでの冷たい雰囲気が崩れ、カレンはおろおろと視線を彷徨わせていた。いまや顔は耳まで真っ赤で、今にも泣きそうな顔をしている。
「へ、陛下、申し訳ございません。私ったら、陛下がその、あんなに可愛らしい姿になっているとは知らず、とても無礼な態度をとってしまいました……」
「あ、いや、それは俺もだ……」
むしろ、自分が犬の姿だからと油断し、明らかに皇帝として、否、人間としてふさわしくないアレコレをしていたのは、間違いなくウォーレンである。
しかし、カレンはウォーレンのやらかした痴態より、自分の行いを気にかけていた。
「私が泣いているところを、陛下は見てしまいましたか? あんなに情けない姿を見られるなんて、皇后失格ですよね。ど、どうか、失望しないでくださいまし……」
よろよろと頭を下げるカレンに、いつもの完璧な皇后の影はどこにもない。やはり、生真面目なカレンは無理をして理想の皇后の仮面を被っていただけだったのだ。
改めて年下の妻の健気さに気づかされ、心を打たれたウォーレンはその場に膝をつく。そして、頭を下げるカレンの顔をのぞきこんだ。長らく見つめあうことを避けていたふたりの視線が、久しぶりに交わる。
「カレン、顔を上げてくれ。君はよくやっている。どんなときだって頑張ってきた君を、俺は高く評価しているんだ」
ウォーレンは必死でカレンに思いを伝えた。プライドや羞恥心を気にしている場合ではない。今こそ、向き合うべき時がきたのだ。
「君の父親が、カレンに世継ぎの話をしていることも知らなかった。君にばかり、心労をかけてしまったようだ」
「へ、陛下……?」
「カレンに手を出さなかったのは、その……嫌われていると思っていたからだ。それに、魅力的な君を前にすると、どうしてもうまくしゃべれなかった。結局のところ、俺が臆病者だったのだ」
「……っ!」
カレンはアイスブルーの瞳を見開いた。涙で潤んだ目が、キラキラと光る。
「すまなかった。カレンの強さに、俺は甘えるだけ甘えていたのだ。結局、君を傷つける結果になってしまい、本当に後悔している。これからは、君と向き合うと誓おう」
真面目に告白するウォーレンをじっと見ていたカレンは、ふと息をのんだ。
「……陛下、あの」
「どんなに謝っても、君を傷つけたことには変わらない。俺を恨んでくれても構わない。それでも、どうか俺を見捨てないでほしい」
「そうじゃなくて、あの……っ」
カレンは真っ赤になって、くるりと後ろを向き、ウォーレンから眼を背けた。ウォーレンは怪訝な顔をする。
その時、魔法使いが小走りで戻ってきた。手には緋色のマントを持っている。
「ああっ、陛下! 犬になる魔法が解けたら、陛下は真っ裸になるのをすっかり忘れてましたぁ!」
カレンは後ろを向いたまま、おずおずと頷く。
「服を着てくださいな、陛下。あのフワフワの毛がなくなってしまったいま、裸のままでは御身が冷えてしまいます」
ウォーレンは、ひどく赤面した。