品位
ルスヴン卿は館でハイドたち襲撃を待つ。
英国・ロンドン市郊外 南東48キロメートル
ヒーバー城 地下
2025年3月某日 午前9時頃
ルスヴン卿は地下要塞の巨大な居間に置いてあったお気に入りのソファに座っていた。
信長公がノートルダムと円卓同盟の脅威を暴露して以来、色々と考えていた。
同盟者である信長公に味方する予定だが、そのタイミングを見計らった。
その時、彼の一番有能な眷族が急いで居間に入って来た。
「我が主、申し訳ございません、大事なお知らせがあります。」
「どうした、ホームズ司令官?」
「ミスター・ハイドが密かに英国に入国したとの情報が入りました。」
「あの殺人鬼エドワード・ハイドか?」
「はい。おそらく円卓同盟の関係者と思われます。」
「なるほどね。そう来たか、ノートルダムめ。」
「どうすれば良いでしょうか、我が主?」
「君はどうする、ホームズ司令官?」
「おそらく攻撃してくると思うので警備を手薄にして、誘い込む。」
「なるほど、それで?」
「罠にかかったところ、最大の攻撃力で徹底的に叩く。」
「相手は死神族だぞ、ホームズ司令官、やれるのか?」
「死神族とはいえ、無敵ではないはず。それと我々には古の長寿者がたくさんいます。」
「流石ホームズ司令官。頼りにしている。」
シャーロック・ホームズ司令官は居間を出て、罠の準備にかかった。
ルスヴンは思い出した、19世紀末に麻薬に溺れていたホームズを救い、転化させ、
その才能を開花させた。
ホームズは元々有能で推理力、空間認知能力、洞察力に優れていた。
相棒だった医師は突然姿をくらまし、ホームズは自暴自棄になり、堕落した。
ルスヴンは彼をアヘン窟から救い、立ち直らせ、右腕にした。
「あなた、本当なの?先の話?」
突如、ルスヴンの妻で信長公の末裔である、和美・ルスヴンが入って来た。
彼女は上品さ溢れるオーラを持ち、身長が高く、豊満さ、繊細さとしなやかさが上手くマッチされた体形をしていた。美しい顔立ちと黒く、長い髪の毛、優雅な歩き方をしていた。
「和美、気にせずに休んでね。ホームズと突撃隊の隊長が対応してくれるので心配することはない。」
「ミスター・ハイドが来ているということは、私かマリアンが狙いだと思う。」
ルスヴンは思った、妻は流石信長公の末裔。
「はい、和美、君たち2人が狙われていると思う。」
「ならば部屋でなんか休んでられないじゃないの。」
「和美、僕は君のことが心配だ。護衛を付けるよ。」
「ジョージ・ウィリアム・ルスヴン、私はあなたの妻です。あなたを支えるために結婚した、守られるためじゃないよ。」
妻である和美にフルネームで呼ばれた時は彼女が相当怒っている証であった。
「わかった。ごめん、ついつい心配になった。」
「それはわかるわ、感謝しているけどこの国を激震させたあの殺人強姦魔を葬る必要があるでしょう。私やマリアンが狙いならば、餌になりましょう、ね、マリアン?」
長い赤い髪を後ろに束ねた、アサルトスーツを着た美しい女性が居間に入ってきた。
「はい、我が姫様。」
「和美でいいの、マリアン、あなたの方が長寿者で強いのに。」
「我が主とご結婚なさった和美姫は我が主同様、上位者です。」
ルスヴンはマリアン女史を見た。
「そうか。ならば決まり、ホームズに声で伝える。」
ルスヴンは2人を見て、言いだした。
強い妻に頭が上がらない英国の主にして、少々面目上は困ると思ったこともあったが、家庭は円満だったのでルスヴンには文句も不満もなかった。
ホームズ司令官、突撃隊の隊長と隊の面々が居間に入って来た。
「我が主、ハイドが付近で確認されました。」
ホームズ司令官は報告した。
「我が主、20分以内に攻撃してくると思われる。」
突撃隊の隊長、ロビン・フッドは更に付け加えた。
隊長はマリアン女史の夫で昔からルスヴンの眷族だった。
「ハイド1人じゃないはず、何人で攻撃してくる?」
ルスヴンはホームズ司令官とフッド隊長に質問した。
「後は3名です。1人は断絶系統のエドワード・C・バーク、数百年前に滅ぼされた弱小の主、モラ伯の系統の唯一の生き残り。」
ホームズ司令官は説明した。
「なるほど。他の2人は?」
「ルデニャ兄弟、兄のペドロ、弟のパブロ、牙小隊の隊員で隠密作戦を専門としている暗殺者です。」
フッド隊長は報告した。
「攻めに来る割に少ないな。」
ルスヴンはつぶやいた。
「我が主、恐れ入ります、ハイドは自分の力を過信している節があるのでそのために小人数で来た可能性が高い。若しくはノートルダムに捨て駒にされているか。」
ホームズ司令官は自分の見解をルスヴンに伝えた。
「(後者であろう。主としてして私はあの薄汚い殺人者で強姦魔を葬る。」
「我が主、おやめください。」
司令官も隊長は同時に話した。
「妻が狙われて、黙ってみているほどお人よしではない。」
ルスヴンの顔に怒りは滲んでいた。
「他に出る眷族は?」
強い声で聞いてきた。
「私はバークを相手にする。昔の因縁がある。我が友人で我が隊の隊員のリーのリチャードの仇です。」
隊長は答えた。
「私はルデニャ兄弟の兄、ペドロをつぶす。」
司令官は答えた。
「我が主、私にルデニャ兄弟の弟、パブロを葬らせてください。」
マリアン女史だった。
「わかった。好きにするがいい。敵が来たら、地下運動場へ通らせるようにして。」
ルスヴンは静かにつぶやいた。
「承知いたしました、我が主。」
司令官と隊長は同時に答えた。
隊長は司令官の提案で突撃隊は運動場を囲み、万が一にも敵を逃さないように配置した。
「リトル・ジョン大尉、これより突撃隊の指揮を任せる。」
「承知しました、ロビン隊長。」
後ろに立っていた、アサルトスーツを着た大男は返答した。
リトル・ジョン大尉は隊員を連れて、居間を後にした。
この突撃隊のほとんどフッド隊長の仲間で構成されていたが、数世紀の間に転化した長寿者、強い新人者も隊員だった。
女性隊員も多く、副官のリトル・ジョン大尉の妻で合衆国先住民のポカホンタス中尉も一目置かれる存在だった。
彼女は白人の入植者のジョン・ロルフに恋をし、結婚し、裏切られ、奴隷同然に誘拐され、英国に無理やり連れてこられた。見世物小屋のために彼女を連れてきた夫のジョン・ロルフが、結核を患い虫の息だった彼女を修道院に捨てようと思った矢先、たまたま吸血鬼の犯罪者の取り締まりでロンドン郊外をパトロールしていたフッド隊に助けられ、フッド隊長の手により転化人になった。
リトル・ジョン大尉は彼女の指導教官で元夫のロルフの首を刎ねた者だった。
交際期間200年を経て1820年に結婚した。
「臨時隊長おめでとう。」
ポカホンタス中尉は夫であるリトル・ジョン大尉を祝福した。
「隊長は副司令官へ昇進しそうだね。」
素朴な笑顔でリトル・ジョンは妻に微笑んだ。
「ならば愉快な突撃隊の隊長になれるように頑張らないとね、私のリトル・ジョン。」
「頑張るさ、僕のリトル・インディアン。」
隊員は位置について、敵が来るのを待っていた。
居間に残ったルスヴンはいつの間にかアサルトスーツに着替えた妻を見ていた。
「何見ている?ジョージ?」
和美は聞いた。
「アサルトスーツ似合うなと思って。」
少し照れくさそうにルスヴンは和美に伝えた。
「私も一緒に戦うからね。」
このおてんば娘は転化人になる前から相当強かった。
ルスヴンは死神族の力はわからなかったが、負ける気がしなかった。
「一緒に戦おう、和美。」
ルスヴンはこの強い日本人女性と結婚して良かったと改めて思った。
同時刻
タウレッド王国・トレード市
カーサ・デル・レイ宮殿
ホームズ司令官の読みは正しかった。
ノートルダムは脳が足りないハイドを捨て駒に選んでいた。
もう一つのハイドの人格、ジキル博士は異常なまでの怖がりで円卓同盟に入った後、
大した成果上げられなかった。
ハイドは用心棒の役割を補っていたが、正直、ノートルダム1人でも問題がなかった。
せめて最後に憎い闇の評議会への打撃を与えられればとノートルダムは思った。
死神族は桁外れの強さがほとんどだが、ハイドとジキルは例外だった。
強さが二分化され、本領発揮できないことはノートルダムは昔から知っていた。
カリオストロにしても、特別秀でているわけではなかった。
貪欲さは素晴らしかったが、それ以外は強さも能力が皆無だった。
おそらく一般戦闘員の転化人を食い、パワーアップを狙うだろうなと
ノートルダムは思ったが、オルロック伯爵には勝てない。経験と能力が劣っていたからだ。
円卓同盟でノートルダムと並んで強いと言える存在はワトソン博士、サンジェルマン伯爵とモラン大佐だけだった。あのマイクロフト・ホームズも弱かった。
「馬鹿は馬鹿なりの使い方があるね。」
グラスに入ったしぼりたての血を飲んで、ノートルダムは笑った。