逃げた男の部下達
「少佐っ!」
私たちの前を走っていた少佐が魔法で吹き飛ばされた。足を失い、空中でくるくる回っていた。そのまま地面に力なく打ち付けられた。
「少佐!大丈夫ですか!」
意識がないのか、鼓膜が破れているのか少佐は答えない。
「少佐っ!しっかりしてください!」
虚な目をしている少佐に叫ぶ。
「塹壕に引っ張れ!」
2mはあろう大男のオーガス一等兵が叫び。塹壕へと少佐を引きずった。
「止血します」
私は少佐にそう言うと。足を紐でぐるぐる巻きにした。幸い、炎で焼かれている為、出血は少ない。だが、怪我はそれだけではない、魔法の爆発に巻き込まれたのだ恐らく骨折も何箇所もしてるだろう。それに、傷口も洗わないと破傷風を起こす。
「衛生兵ー!衛生兵来てくれ!」
オーガスが大声で衛生兵を呼ぶ
「もういい・・・」
「えっ?」
じっとこちらを見て少佐が言う。少佐の茶色い瞳と目があった。何処か遠くを見つめるような達観した様な目だった。
「もう俺の事はいい・・・もうじき撤退の命令が来るだろう。そしたら俺の事は置いて行け」
「そんな・・・出来ません!少佐を置いて逃げるなんて!」
「これは命令だ!」
滅多に怒らない少佐が凄まじい怒号で叫んだ。ちょうどその時、待ちに待った撤退の命令が出た。私は少佐を塹壕に残して逃げた。恩師であり、命の恩人でもある人を置いて逃げた。
罪悪感に押しつぶされそうになりながら必死の思いで最終防衛圏の1つであるグレゴ砦に着いた。私たちの隊は最後に着いた隊であるみたいだった。逃げるまでに私たちの隊の内、10人が死んだ。最前線から逃げてきて10人で済んだなら運が良かったともいえる。私は少佐を置いて行ってしまった罪悪感と絶望に潰されそうだった。おそらくそれは私だけではないだろう、隊の全員が思っているであろう事だった。
「マイケル少佐の部隊だな?マイケル少佐はどうした?」
「マイケル少佐は魔法で足を負傷し、アディーの塹壕にて殿を摘めました」
私の代わりに同じ隊のタリス二等兵が答えた。学校を出て兵士になったばかりだというのに常に落ち着いている、優秀な青年だ。
「了解した。他に死者はいるか?」
無感情に死者や負傷者を確認する兵士に、冷静にタリスは答えていた。私には無理だった。こんな状況で冷静になんてなれなかった。報告はタリスに任せて私たちは泥の様に眠った。
「以上が本日の死者であります!」
「了解した。下がってよし」
「はっ!」
ツカツカと部屋から出て行く兵士を見ながら赤髪の男はため息を付いた。身長は2m近くあり、ガタイも良い。貫禄のあるこの男は、マイケルの上司に当たる、アレク中佐であった。
「マイケルが死んだか・・・」
死んだ部下の事を思い出す。仕事が出来る奴とは言えなかった。特に魔法が得意ということもなかった。平凡な男であったが、実家が多大な寄付を軍部にしていることから、少佐になったボンボンである。しかし、彼は部下からは慕われていた。優しい男であったからだ。そういう奴は戦場では長生きできない。アレクもマイケル少佐は終戦までは生きられないだろうと思っていた。しかし、それでも悲しくないわけでない。マイケル少佐はアレクとっても可愛い後輩であったのだから。
「惜しい男を失った」
そう呟くと、タバコに火をつけて深く吸い込み、窓の外に見える三日月に吹きかけた。