13 お詫びの品は?
エドガーの指が、ロベリアの金色の髪を少しだけすくった。
「俺にしときませんか?」
「それは、どういう――」
「これ以上、純情な弟をからかうのはやめてくださいってことですよ」
ロベリアの言葉を遮ったエドガーの声は、軽い冗談を言うようだった。
「カマル殿下とディセントラ侯爵の間でどんな密約が交わされたのか、一介の騎士である俺には分かりません。でも、ダグラスは侯爵家に婿入りできるほどの腹芸はできない。俺は、真面目だけが取り柄の弟が、政略に利用されて不幸になるのを見たくはありません」
ニコリと微笑んだエドガーに、ロベリアは首をかしげた。
「真面目だけが取り柄……。それは誰のことですか?」
「だから、俺の弟――」
今度はロベリアが、エドガーの言葉を遮る番だった。
「それって、まさかダグラス様のことじゃないですよね? 私はダグラス様ほど誠実で、優秀な方を見たことがありません」
大きく目を見開いたエドガーは、「貴女のような高貴な方が、まさか本気でダグラスを愛しているなんて言わないですよね?」と口元を引きつらせている。
「前からずっと思っていたのですが、どうして、ダグラス様の評価はそんなに低いんですか? お顔も、声も、体格も、性格もうっとりしてしまうくらい素敵で完璧なのに」
ロベリアが心の底からそう尋ねると、エドガーの口がポカンと開いた。その表情を悪いほうに受け取ってしまい、ロベリアはそっと目を瞳を伏せる。
「エドガー様のお気持ちは分かります。大切な弟が、こんな悪役顔で性格のきつそうな女を婚約者として連れて来たから心配なのですよね?」
「へ?」と気の抜けた声がエドガーの口から漏れた。
「私だって、できることならダグラス様にお似合いの可愛らしい顔で生まれたかったのです。妹のリリーは母似で、それはもう国宝級の愛らしさなのですが、私は父に似てしまったのでこればかりは、どうしようもなくて……」
ロベリアが自身の手をギュッと握り締めると、急にアハハッと明るい笑い声が辺りに響いた。
「これは想定外!」
エドガーが腹を抱えて笑っている。
「外見と中身が違いすぎるだろう!? こんなの、ダグラスじゃなくても落ちるって!」
事態が呑み込めず戸惑うロベリアに、ひとしきり笑った後でエドガーは片膝をついた。
「何を!?」
「大変申し訳ありません」と告げたエドガーの表情は真剣そのものだ。
「今まで、わざと無礼な態度を取ることにより、ロベリア様の裏の顔を引き出そうとしておりました」
「……気がついていました」
「ですよねー」
フゥとため息をついたエドガーは、ダグラスに紹介されたときのような気安い口調に戻っている。こちらがエドガーの素のようだ。
「それなのに俺には怒らず、ダグラスを褒めるんだから驚きましたよ。もし、先ほどの言動すら全て演技だとしたら俺では見抜けません」
そのとき、食堂からぞろぞろと人が出てきた。
ロベリアの護衛騎士が、スープをこぼしたメイドを拘束している。その後ろには、バルト伯爵夫妻と、ダグラスの姿もあった。
護衛騎士の声は重々しい。
「ロベリア様。この者の処罰、いかがなさいますか?」
バルト伯爵夫妻が何も言わないので、メイドに罰を与えることを許可したようだ。
(少しスープがかかっただけなのに、こんなに大事になるなんて……。今の私、誰がどう見ても悪役令嬢にしか見えないわね)
泣きたくなる気持ちをグッと堪えながら、ロベリアはニコリと微笑む。
「気にしなくていいですよ」
護衛騎士は淡々と言葉を続けた。
「しかし、この者はディセントラ侯爵令嬢であるロベリア様に危害を加えました。このままでは済まされません」
『こ、これ以上はやめて』と思ったものの、ロベリアはふと先ほどのダグラスの言葉を思い出した。
――護衛騎士の仕事は、ロベリアの身の安全を守ることはもちろんだが、王都とは違い、ここでは、貴女の身分を知る者が少ない。決して手を出してはいけない存在なのだと、周囲に知らしめるためにも、常に護衛は側に置くべきだ。
(そうだわ。彼は、護衛騎士の仕事をしているだけだわ)
そのことに気がついたおかげでロベリアは、落ち着くことができた。
「貴方の言っていることは侯爵邸内では正しいです。でも、ここはバルト伯爵領です。領内で起こった問題は、領内の規則で解決しましょう。先ほど聞いたのですが、もしスープがかかったのがダグラス様だったら、『気にしなくていい』と言うそうです。なので、私も気にしません。だって……」
ロベリアの頬が、ほんのりと赤く染まる。
「私は、ダグラス様の婚約者ですから。バルト領の規則に従います」
チラッとダグラスを見ると、呆然とロベリアを見つめていた。その頬はロベリアと同じように赤くなっている。
なんとも言いえない空気の中、エドガーが手をパンパンと叩いた。
「はいはーい。ロベリア様がいいって言ってるんだから、いいんでしょ!」
思わぬ味方が現れたことでロベリアの表情はパァと輝いたが、場違いなノリにバルト伯爵は眉をひそめた。
「しかし、何もしないわけには……」
「じゃあさー、ロベリア様は、俺達に何かしてほしいことってある? ほしいものとかでもいいけど。それを贈ることで許してもらうのはどう?」
エドガーの言葉に、ロベリアはハッとなった。
(してほしいことはないけど、譲ってほしいものならあるわ!)
ロベリアの頭には、ムスッとした黒髪の少年の顔が浮かんでいた。ほっぺはプニプニしているし、『絵なんて興味ないのに、無理やり座らされています』感を隠そうともしていない、あの可愛い絵。
「あの、ではエドガー様、その……」
「お詫びだから、遠慮しなくていいですよ。といっても、侯爵令嬢が喜ぶものなんて、うちにはないかー」
腕を組んでため息をつくエドガーに、ロベリアは真っ赤な顔で伝えた。
「あります! ダ、ダグラス様の子どもの頃の絵がほしいです……」
シンッと辺りが静まり返った。噴水に流れる水の音だけが聞こえてくる。しばらくしてから、アハハッとエドガーの大きな笑い声が響いた。
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