12 晩餐にて
食堂につくと長いテーブルには色とりどりの花が飾られていた。燭台に立てられた蝋燭の明かりが周囲を優しく照らしている。
バルト伯爵夫妻と、エドガーはすでに席についていた。ダグラスは慣れた手つきで椅子を引き、ロベリアを座らせてくれる。
向かいの席に座っていたバルト伯爵夫人が優しい笑みを浮かべながら「ロベリア様のお口に合えばいいのですが」と運ばれてきた食事を勧めた。
ロベリアは、優雅な手つきで肉料理にナイフとフォークを刺した。こんがり焼かれた鶏皮部分がパリッといい音を出す。綺麗に切り分け口に運ぶと、香ばしさと共に、やわらかい鶏肉から肉汁があふれた。
(おいしい!)
王都で食べる料理のような華やかさはない。しかし、バルト領の料理は、素朴な味付けで素材の旨味が際立っている。
ロベリアが「とてもおいしいです」と伝えると、目に見えてバルト伯爵夫人が安堵した。
ふと見れば、ロベリアの給仕をしているメイドの手が震えている。
(気を遣わせてしまっているわね……)
申し訳なく思いながら食事をしていると、エドガーと視線が合った。その目は相変わらず冷たい。
(やっぱり、エドガー様にはよく思われていないようだわ。せめて、食事のマナーはきちんとしておきましょう)
そのとき、「あっ」という小さな声と共に、ロベリアの手の甲に熱いものがかかった。スープを配膳しようとしたメイドが、緊張のあまりこぼしてしまったようだ。
ロベリアが『気にしないで』という前に、ダグラスが「ロベリア!」と叫ぶ。スープをこぼしてしまったメイドは、ガクガクと震えながら床に座り込んだ。
「も、申し訳ありません!」
ロベリアが「大丈夫よ」と伝えても耳に入らないようで、メイドは涙を流しながら床に頭をつけた。
「い、命だけは!」
「え? あの、本当に大丈夫よ?」
戸惑うロベリアの手をダグラスが掴む。
「早く冷やしたほうがいい」
「そこまで熱くは……」
「いいから!」
ダグラスは、ロベリアを抱きかかえると食堂から飛び出した。急なお姫様抱っこに驚きすぎて、ロベリアは声すら出ない。
食堂を出てすぐのところに中庭があり、小さな噴水から水が湧き出ていた。ダグラスはロベリアの手をそっと浸す。赤くなっていたロベリアの手の甲が冷やされていく。
「このまま三十分ほど冷やそう」
「三十分も!?」
月明かりに照らされたダグラスの顔は強張っている。
「すまない」
「どうして、ダグラスが謝るの?」
「火傷のあとが残ったらどうすれば……」
「そんなに熱くなかったわ。それに、そのときはそのときよ」
ロベリアが明るく答えても、ダグラスの顔は怖いままだ。
(私が実家からメイドを連れてこなかったからだわ)
ロベリアの脳裏に、涙を流しながら謝罪するメイドがよぎる。侯爵家と伯爵家の身分差をロベリアは分かっているようで分かっていなかったことに気がついた。
(ダグラス様は、侯爵令嬢の私に『相応しい男』になるために頑張ってくれている。だったら、私も伯爵令息のダグラス様に『相応しい女』になるために頑張らないと! ただでさえ悪役令嬢顔で誤解を生みやすいのに、これ以上バルト領の人達にご迷惑をかけるわけにはいかないわ)
ロベリアは、俯いてしまっているダグラスをのぞきこんだ。驚きのけぞったダグラスに微笑みかける。
「もし、スープがかかったのがダグラスだったら、どうしてた?」
「それは……『気にしなくていい』とメイドに伝えるが……」
食堂のほうが騒がしい。
中庭にエドガーが姿を現した。
「ダグラス、父上が呼んでいる」
「ロベリアを置いてはいけない」
「俺が代わりに見ているから、行ってこい」
心配そうな視線を向けたダグラスに、ロベリアは『行ってらっしゃい』という意味を込めて小さく手を振った。
立ち上がったダグラスは「兄さん。ロベリアに変なことを言わないでくれよ」と牽制してから去って行く。その後ろ姿を見たエドガーは、ピュウと口笛を吹いた。
「驚いた。いったい何をどうしたら、うちのクソ真面目な末っ子がああなるんですかね?」
振り向いたエドガーの瞳は冷たい。そこには、ロベリアへの好意など微塵もなかった。怖くないといえば嘘になってしまうが、ロベリアはもっと怖いものを知っている。
(出会った頃の先生の……元暗殺者の目のほうが怖かったから、私は大丈夫)
落ち着いてエドガーの言葉を待っていると、予想外に優しい声をかけられた。
「痛みますか?」
「えっ? い、いえ」
近づいてきたエドガーは「火傷の具合を見ても?」と言いながらロベリアの手に触れようとした。
「冷やしているので、もう大丈夫です」
何かおかしな空気になっているような気がする。失礼にならないくらいに、ロベリアはエドガーと距離を取った。
(エドガー様は、私のことを警戒しているはずなのに、急に優しくするなんて……)
小さく微笑んだエドガーは、大人の余裕が色気になって溢れ出ているように見えた。
「お美しい。まるで月の女神のようだ」
甘く囁かれても、少しもときめかない。ロベリアは、内心でため息をついた。
(エドガー様は、嘘をつくのが苦手みたいね。そんな冷たい目で言われても信じられないわ。これがアランだったら、絶対に相手に嘘だと気づかせない)
息をするように嘘をつける幼馴染と比べると、エドガーの言動は分かりやすい。
(私は今、エドガー様に試されているんだわ。ダグラス様の婚約者が、別の男性に靡くような女がどうかを)
悲しくなりながらも、ロベリアは仕方がないと諦めた。
本来ならカマルと結婚して王妃になってもおかしくなかったロベリアに、急きょ伯爵家の三男が婿入りすることが決まったのだ。何か裏があると思われても仕方がない状況だった。
(それでも、ダグラス様のご家族とは仲良くなりたいわ。どうすれば……)
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上巻に書き下ろしはない代わりに、下巻にガッツリ書き下ろさせていただきました。
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