11 どこに行きたい?
使用人が運んでくれたカバンの中身を、ロベリアが出し終わった頃。部屋の扉がノックされた。
「ロベリア。少しいいだろうか?」
すぐに扉を開けたロベリアは、「もちろんよ」と愛しのダグラスに微笑みかける。
「ちょうど荷物を片づけ終わったところなの。中へどうぞ」
室内に招き入れようとしたが、ダグラスは首を左右に振った。
「いや、話はここで」
ダグラスの視線の先には、侯爵家から護衛のためについてきた騎士の姿がある。バルト領について来た護衛騎士は二人いたが、交代で休憩しているため、今は一人だけだった。
(ここでも、しっかり護衛をしてくれているのね)
学園内では王族以外、護衛をつけることが禁止されているため、ロベリアに護衛がつくことはなかった。しかし、学園を一歩出るとこれが侯爵令嬢の日常だ。
(ダグラス様は、護衛騎士がいるから部屋の中に入らないのかしら?)
「もし、護衛が気になるのなら、少し席を外してもらうわ」とロベリアが伝えると、ダグラスは「その必要はない」とキッパリ断った。
「護衛騎士の仕事は、ロベリアの身の安全を守ることはもちろんだが、王都とは違い、ここでは、貴女の身分を知る者が少ない。決して手を出してはいけない存在なのだと、周囲に知らしめるためにも、常に護衛は側に置くべきだ」
ダグラスの言葉に、護衛騎士が満足そうにウンウンと小さく頷いている。
(そういえば、ダグラス様は、護衛騎士側の人だったわね)
王子であるカマルの護衛をしているので、考え方が護衛騎士よりだ。
「なら、どうして部屋の中に入らないの?」
「そ、それは……」
視線をそらしたダグラスは「未婚の男女が同じ部屋に二人きりは、その、良くない」と頬を赤らめる。
(真面目! そういうところも素敵!)
しかし、婚約者なのにそこまで気を遣 って廊下で話すのもおかしいとロベリアは思った。
「でも、お部屋でお話しするだけよ? それもダメなの?」
よほど動揺しているのか、ダグラスの視線があちらこちらへと彷徨 っている。
「密室で、もし、また学園の多目的室でのようなことがあったら、今度はあなたに何をしてしまうか分からない」
その声は、護衛騎士に聞こえないようにするためか、とても小さい。
「多目的室……?」
ロベリアが首をかしげていると、ダグラスは「ほ、ほら、前に、ロベリアが私の服を」と言いながら何かを思い出したのか、右手で顔を覆うと黙り込んでしまう。
耳や首元まで赤くなっているダグラスを見て、ロベリアはようやく思い出した。
(そういえば、ダグラス様を他の女性に奪われないために、服をはだけさせたり、勝手に腹筋をさわったり、いろいろ好き勝手したことがあったわね)
あの頃のロベリアは、恋人らしいことがまったくできておらず、あせっていた。今思えば、とんでもないことをしてしまったと気がつく。
「あ、あのときは、ダグラスが他の女性に奪われるんじゃないかと不安だったの。だから、無理やり……ごめんなさい」
「どうして、そんなありもしないことを不安に?」
ダグラスの瞳は、驚きで大きく見開かれている。
「ありもしないことじゃないわ。アランが言っていたんだけど、例えば、薬を盛られて無理やり既成事実を作られたら、貴方の性格なら責任をとって、相手の女性と結婚するでしょう?」
「私が薬を盛られて、女性に既成事実を作られる? そんなこと、ありえない……。いや、待て。カマル殿下は、学園では常に自らお茶を淹れているし、食事も学園内で作られたものや、販売されているものしか絶対に口にしない。手作りお菓子等は、全て受け取り自体を拒否されている。殿下は、元々 ほとんどの媚薬や毒薬が効かないのに、それでも気をつけているということなのか」
呆然としながら、ダグラスは独り言のように続ける。
「……そうか、今までの私には絶対に起こらないようなことでも、ロベリアを妻に迎え、ディセントラ侯爵家に婿入りする予定の私には、今後、起こる可能性があるのだな。それこそ、私を排除してロベリアの隣に立ちたい男など数えきれないほどいるのだから……」
「ダグラス、大丈夫?」
心配そうなロベリアに、ダグラスは小さく微笑みかけた。
「ああ、先ほど父にも今後のことについて忠告を受けたんだ。私では思いつかないようなことばかりだった。本当に私は、まだまだだ」
落ち込んでしまったように見えたダグラスだが、すぐに勢いよく顔を上げると拳を固く握りしめた。
「だが、それが分かっただけ成長できたということだろう。いつかは、必ずロベリアに相応しい男になってみせる」
どこまでも前向きなダグラスにロベリアの頬が緩む。
「今のダグラスで十分素敵よ。私も、もう一人であせったり不安になったりしないように気をつけるわ」
そう言ったロベリアは、大きく扉を開け放った。
「これで密室じゃないでしょう? どうぞ、中へ」
ダグラスが確認するように護衛騎士を見ると、護衛騎士が小さく頷く。許可を得たことで、ダグラスはようやくギクシャクしながら部屋に入った。
「この客室にロベリアがいることが不思議だ」
誠実そうな黒い瞳が、まっすぐロベリアを見つめている。
「ロベリア、ここまで来てくれてありがとう。私の家族に貴女を紹介できてよかった」
「私もご家族にご挨拶できて嬉しかったわ」
視線を交わし微笑み合う。
「そういえば、話って?」
「先ほど父に呼び出された件だが、今まで、ロベリアが本当に存在するのか、私の妄想ではないかと、疑っていたことの謝罪を受けた」
「え?」
たとえ間違っていたとしても貴族の当主が、自分の子どもに謝罪するなんてありえない。少なくとも、ロベリアの父は一度たりとも娘達に謝罪したことがない。
「素敵なお父様ね」
「ああ」と答えたダグラスが誇らしそうな顔をする。
「父はロベリアのことを歓迎している。だから、安心してほしい」
「良かったわ……」
ロベリアは、ホッと胸を撫 で下ろした。そんなロベリアを見てダグラスは、嬉しそうに微笑む。
「明日、ロベリアはどこに行きたい?」
「街を案内してくれるのよね? どこでも嬉しいけど、ダグラスが好きな場所がいいわ」
「私の好きな場所?」
「そう、子どもの頃に遊んでいたところとか、お気に入りのお店とか」
ダグラスは腕を組んで黙ってしまった。その顔には『困った』と書かれている。
「無理ならいいのよ?」
「あ、いや、ロベリアが楽しめるか不安になってしまった」
「大丈夫よ。貴方のことがもっと知りたいだけだから」
顔を真っ赤にしたダグラスは「扉が開いてて良かった」と呟きながら立ち上がった。
「夕食の準備ができたから食堂に行こう。晩餐 ……とまではいかないが、ロベリアを歓迎させてほしい」
差し出されたダグラスの手に、ロベリアはそっと手を重ねる。
「もう充分歓迎してもらっているわ」
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