10 ダグラスと父の会話
酷くまじめな顔をした父が、ダグラスを見つめている。
「だいぶ前から、お前はディセントラ嬢……いや、ロベリア様の報告をしていたのに、私はお前を疑うばかりだった。婚約するように王命が下ってからも、信じ切ることができずこうして呼びつけた。ダグラス、今まですまなかったな」
父から謝罪を受けたことに驚きながら、ダグラスは首を振る。
「いえ、現状に一番驚いているのは私です。幸せ過ぎて、未だに夢でも見ているのではないかと思うときがあります」
それを言ってしまうとロベリアが悲しむので、ダグラスは絶対にロベリアの前では口に出さないようにしている。
父は「そうか、幸せなのだな」と呟くと、フッと笑った。
「見たところ、とても感じが良いお嬢さんだったな」
「はい。どうしてロベリアが、私を選んでくれたのか本当に不思議です。学園内で彼女はとても優秀なのです。学業もダンスも淑女教育も誰にも負けません。
皆が彼女こそカマル殿下に相応しいと思っていました。それに学園には彼女のファンクラブがあるんです! しかも大規模な!
それほどまでに多くの人に愛されるのには理由があって、彼女の素晴らしいところは内面の美しさです。もちろん、外見も美しいのですが。
それゆえに、私は『もしかすると彼女は人ではなく女神なのかもしれない』と真剣に思っていた時期がありました」
ポカンと口を開けた父に「お前がそんなに興奮しながら話す姿を見るのは、幼いころ以来だな」と言われ、ダグラスは顔を真っ赤にして口を閉じた。
「……愛しているのだな」
静かに問われて、「はい」と頷く。
「ダグラス。以前、私が『守りたい者ができたとき、強くなるか弱くなるかは、お前次第だ』と話したことを覚えているか?」
「はい。そのおかげでこれからは、ロベリアを守るために、カマル殿下の指示に従うだけではダメだと気がつきました。政治的局面を見る目が必要になってきます」
「その通りだ。だが、私が一番、懸念していることは、お前が暗殺されることだ」
「私が、ですか?」
驚くダグラスに、父は言葉を続ける。
「お前達の婚約は、カマル殿下の後押しもあり王家が支持してくださっている。このままいけば、結婚はできるだろう。しかし、この結婚をディセントラ侯爵を初めとして、良く思っていない貴族が多い。
一番危ない時期は、カマル殿下とそのお相手の間に、跡継ぎが生まれたときだ。ディセントラ侯爵からすれば、自分の娘が王子を生み地位を確立したあとなら、お前を始末しても娘が王妃になることが揺らがなくなるからな」
「なるほど……」
「あとは、お前とロベリア様の間に男児が生まれたときも危ない。ディセントラ侯爵からすれば、跡継ぎさえ生まれてしまえば、お前は邪魔者でしかないからだ」
「私とロベリアの間に……」
一瞬、幸せな想像をしてしまいそうになり、ダグラスは慌てて首を振った。父はまだ難しい顔をしている。
それまでのダグラスは、ロベリアをどう守るかばかり考えていた。しかし、結婚後は、ロベリアよりもむしろ自分のほうが危うい立場になるのだと理解できた。
「でしたら、私はロベリアを守りながら、決して命を奪われないようにします。なぜなら……私がケガをしたり死んだりしたら、きっとロベリアは泣いてしまうから」
ロベリアの美しい瞳から、涙が溢れるのを見たくない。
父はフッと笑うと、ダグラスの頭に大きな手を置いた。
「怖がられないようにと長く伸ばしていた前髪を切ったのもロベリア様のためか?」
「はい」
前髪を切ってくれたとき、ロベリアはダグラスに『とっても素敵です』と言ってくれた。
それまでは、カマルに近づくために、ダグラスのことを利用しようと近づいてくる女性しかいなかったがロベリアだけは違った。
いつも女性に怖がられていたのに、ロベリアは刺繍入りのハンカチをくれて『お優しいですね』と微笑んでくれた。そのハンカチがダグラスのお守り、兼、宝物になっていることを、ロベリアは知らない。
他にも、告白を受け取って『大好き! ダグラス様ほど素敵な方は他にいません!』と言ってくれた。
学園で会うたびに抱きついて『お疲れ様です』と微笑みかけてくれた。
ロベリアがくれる言葉は、どれもキラキラと輝き、いつもダグラスを照らしてくれる。
「……ロベリアは、こんな私と学生っぽい思い出を作りたいと言ってくれたんです。毎日、昼休みを一緒に過ごしています」
殿下の許可は得ているが、父に『カマル殿下の護衛はどうした⁉』と怒られる覚悟で、ダグラスは正直に話した。しかし、予想外に父は嬉しそうに目を細める。
「そうか。ロベリア様は、お前に愛を教え、心の底から信じさせてくれるような方なのだな」
胸がいっぱいになり、ダグラスの目頭は熱くなった。