09 ダグラスの両親
エドガーに向かって精一杯の笑みを浮かべているロベリアにダグラスが声をかけた。
「ロベリア、両親も紹介したい」
「あっ、はい。では、エドガー様、失礼します」
当たり前のことのようにエスコートしてくれるダグラスに、ロベリアは寄り添った。
嬉しくて、今度は精一杯作った笑顔ではなく、本当にニコニコしてしまう。
「バルト領は、王都とだいぶ違うだろう?」
「それが、馬車の中で眠ってしまって……」
ダグラスの言葉を聞いたロベリアは改めて周囲を見回す。
(そういえば、バルト領の景色も街も何も見ずにここまで来てしまったわ)
目の前にあるバルト伯爵の邸宅は、ダグラスの言う通り王都の建物と雰囲気が違った。
王都の貴族は、白い壁や彫刻された柱を好むけど、ここでは丈夫なレンガで立てられていて全体的に茶色い。
(貴族の邸宅というより、実用重視の騎士の砦って雰囲気ね。なんだかダグラス様っぽいわ!)
ここで幼少期のダグラスが過ごしていたと思うと、ロベリアの胸はときめいた。
どこからか、金属音と共に男性の掛け声が聞こえてくる。
キョロキョロするロベリアに、ダグラスは「近くに訓練場があるんだ」と教えてくれる。
「訓練場?」
「ああ、バルト領では騎士を育成していて、王宮騎士や高位貴族の騎士団に入る者が多いんだ。私もそこで子どものころから訓練をしていた」
「そうなのね!」
(子どものころのダグラス様、どんな感じだったのかしら?)
背の高いダグラスの小さいころをうまく想像できない。
(このダグラス様をちびっこにするイメージ……)
ロベリアがジッーとダグラスを見つめると、ダグラスは少し照れたように視線をそらす。
「よければ、明日にでも街を案内しようか? ロベリアが疲れていなければ、だが」
「疲れていないから大丈夫よ。ありがとう、楽しみだわ」
案内された先では、大柄な黒髪男性と真っ赤な髪の女性がロベリアを出迎えた。
ダグラスが「父と母だ」と紹介してくれる。
どこかダグラスと似た雰囲気の男性は、髭を生やしていていかにも歴戦の騎士といった風貌だった。
(これぞ、ダグラス様のお父様! って感じがするわ)
ダグラスは、ロベリアを両親に紹介した。
「彼女がロベリアです」
「ロベリア=ディセントラです」
ダグラスの両親に好印象を持ってほしいと思ったロベリアは、笑みを浮かべながら丁寧に挨拶をしたが返事はない。
ロベリアが戸惑いながら顔を上げると、ダグラスの両親は、二人そろってポカンと口を開けていた。
バルト伯爵が「……ほ、本当に存在していたのか」と呟くと、夫人が伯爵に肘鉄をくらわしながら「ホホホ」と笑う。
「ディセントラ侯爵令嬢、ようこそお越しくださいました」
「お招きくださりありがとうございます。私のことは、どうぞロベリアと」
「では、ロベリア様。客室に案内します。こちらへ」
夫人は、きびきびとした動きで歩き出した。
その動きは、ただの貴族には見えない。
(もしかして、ダグラス様のお母様は元騎士なのかしら?)
ロベリアをエスコートしようとしたダグラスを、バルト伯爵が呼び止めた。
「ダグラス、おまえに話がある」
「はい?」
ロベリアが『またあとでね』という意味を込めて、ダグラスに小さく手を振ると、ダグラスは静かに頷く。
客室に向かう途中の廊下には、大きな絵が飾られていた。バルト家の家族を描いたもので、椅子に座るバルト伯爵夫妻の後ろに三人の息子が立っている。
絵のダグラスは今より少し幼い感じがした。
(この絵は、もしかしたらダグラス様の入学記念に描いたものなのかもしれない。ダグラス様と、エドガー様の間に立っている方が、きっとご長男のギルバート様ね)
黒髪黒目のギルバートは、ダグラスとよく似た雰囲気だった。
(ギルバート様は髪が短いのね。大人になったダグラス様も、きっと素敵でしょうね)
フフッと笑ったロベリアは、視線を感じて我に返った。夫人が無言でこちらを見ている。
「堅苦しい絵でしょう?」
「いいえ、素敵な絵だったので、見惚れてしまいました」
「そうですか? 少しくらい笑えばいいのにと思うんですけど誰も笑わなくて」
言われてみれば、夫人以外笑みを浮かべていない。
表情豊かなエドガー様も、どこかつまらなさそうな顔をしている。
「もしかして、他の絵でも笑っていないのですか?」
「そうなんですよ。ほら」
そう言いながら、夫人が指さした先にはムスッとした黒髪の少年が描かれていた。ほっぺはプニプニしているし、『絵なんて興味ないのに、無理やり座らされています』感を隠そうともしていない。
でも、目元や鼻、唇の形にどことなく愛おしい人の面影がある。
「こ、これは、もしかして、子どものころの……?」
「ダグラスです」
(やっぱりそうなのね! 可愛い、ものすごく可愛いわ! この絵、ほしい! 私のお部屋に飾って毎日眺めたいわ)
「あっ、あの」
物欲しそうな目を夫人に向けてしまったあとでロベリアは我に返った。
(いえ、ダメよ! ご招待いただいた家の大切な思い出をほしがるだなんて、そんなことをしてはいけないわ!)
「なんでもありません」
「……そうですか」
夫人がクスッと笑ったような気がした。
「こちらが客室です」
案内された客室も、邸宅内同様で煌びやかと言うより実用的な雰囲気だった。
「ロベリア様の荷物は、あとからこの部屋に運ばせます」
「ありがとうございます」
夫人はロベリアの背後をチラッと見たあとに「そういえば、侯爵家のメイドはどちらに?」と尋ねた。
「メイドは連れて来ていません」
「えっ、あら、どうしましょう⁉ ここにはロベリア様のお世話ができるような洗練されたメイドはいませんよ」
驚く夫人にロベリアは慌てた。
「学園内では、自分のことは自分でするんです。だから、ご心配なく」
「そうですか……」
(なんだか妙な空気になってしまったわ。侯爵家からメイドを連れて来たほうが良かったのかしら?)
バルト伯爵家からしたら、侯爵家のお嬢さんをどう扱ったらいいのか分からないのかもしれない。
夫人は「では、夕食までゆっくりしてください。準備ができたら、ダグラスを迎えに寄こしますね」と告げて去っていく。
(ダグラス様のお母様には、それほど警戒されていないみたい?)
少なくとも次男エドガーから感じた敵意のようなものはなかった。
案内された客室内は綺麗に整えられている。
(一応、歓迎はしてもらえているみたい)
部屋の扉を開けると、風と共に訓練中の騎士たちの声が遠くに聞こえた。
「ダグラス様は、お父様と何を話しているのかしら?」