08 ダグラスの兄
ロベリアとダグラスを乗せた馬車が、学園に戻ってきた。
(もう着いてしまったの? せっかくダグラス様と一緒にいられる時間だったのに)
人目がないのをいいことに、ロベリアはピッタリとダグラスにくっついている。
(ダグラス様から離れたくないわ。あっ、馬車内でならキスするような雰囲気になれたんじゃないかしら⁉)
今さら後悔しても遅い。
ダグラスはというと、途中から真顔で「一つ、騎士たるものは――」と、騎士の誓いみたいな言葉をブツブツと繰り返していたが、馬車が止まったことに気がつき胸をなでおろした。ロベリアの腕を優しくほどき、すばやく馬車から降りてしまう。
「では、領地で待っている」
「私も荷物を積んでから馬車で向かうわね」
「ああ、道中気をつけて。まぁ、問題はないと思うが」
そう言いながら、ダグラスは馬車の後ろのほうを見た。視線の先には、ディセントラ侯爵家の騎士が2名騎乗したまま控えている。
(お父様、『勝手にしろ』と言いつつ、しっかり護衛はつけてくれるのね。優しさというよりは、監視役だと思うけど……。
もし、あんな風に慌てて出てこなかったら、メイドも数人つけられていたかも)
学園に入る前は、メイドにお世話されることが当たり前だったが、前世の記憶を思い出した今となっては、着替えや入浴までお世話される生活に抵抗を感じてしまう。
「お嬢様。荷物をお運びします」と言ってくれた御者が、ロベリアの荷物の少なさに驚いた。
「え? このカバンひとつですか?」
「そうよ」
カバンひとつと言っても、海外旅行するときに使うくらいの大きさはある。
このカバンひとつに、ロベリアは1週間分の服や下着など、必要最低限のものはしっかりと詰めていた。
(足りないものは、向こうで買ったり、貸してもらったりすればいいわよね。旅行は身軽なほうがいいわ)
お気に入りのドレスや豪華な装飾品を持っていくということなど頭になかったロベリアは、足取り軽く再び馬車に乗り込む。
(普通なら手土産を持っていくところだけど、学生のうちはそういう気づかいは好まれないから、このままでいいわよね)
この国では、学園に在籍している間は、あくまで未成年として扱われる。
大人のような気づかいは、生意気だと思われかねない。
それから、馬車に揺られること半日。
ロベリアは、ダグラスの両親に挨拶をする練習をしたり、本を読んだりして過ごした。
馬車を止めて何度か休憩を挟んだのち、ウトウトして気がつけば、ダグラスの父であるバルト伯爵が治める領地に着いていた。
(ここが、ダグラス様の生まれ故郷!)
馬車の扉がノックされた。馬車から降りようとしたロベリアの手を、ダグラスが支える。
「えっ、ダグラス様⁉」
御者だと思っていたロベリアは、ダグラスの登場に驚いた。
「待っていた。無事に着いて良かった」
ニコリと微笑みかけられて、ロベリアの胸は高鳴る。
「さっそく私の家族を紹介したいのだが……その、想定外のことが起こってしまい……」
なぜか、ズーンと気落ちしているダグラス。
(ダグラス様が、こんなに言いよどむなんて、一体何があったのかしら? もしかしたら、ご両親がやっぱり私に会いたくない、と言っているとか?)
「おい、ダグラス! そんな顔するなって!」
ロベリアの不安を吹き飛ばすように、明るい声が辺りに響いた。
馴れ馴れしくダグラスの肩に腕を回した青年は、燃えるような真っ赤な髪をしている。
「ただでさえダグラスは陰気臭いんだからさー。ほら、笑えよ!」
赤髪の青年は、満面の笑みを浮かべながらダグラスの頬を拳でグリグリしている。
されるがままのダグラスは、驚きすぎて言葉を失っているロベリアに「私の兄だ」と淡々と告げた。
「お、お兄様?」
「そうでーす! 王宮騎士団所属、ダグラスの兄エドガーでーす!」
(ぜんぜん似ていないわ‼)
落ち着きのあるダグラスとは、比べ物にならないくらいエドガーは騒がしい。
(あっでも、瞳の色は黒で、ダグラス様と一緒!)
今のところ、それくらいしかダグラスとの類似点が見当たらない。
戸惑うロベリアに、ダグラスはどこか遠い目をしながら事情を教えてくれた。
「エドガー兄さんは、何年も領地に帰ってこなかったのに、なぜか急きょ帰って来ていたんだ」
ダグラスの言葉に、エドガーはアハハと笑う。
「なぜかって、お前のお嫁さんを見に来たに決まってんじゃん! ギル兄には『やめろ。余計なことをするな』って止められたけど、騎士団に休暇申請したら通ったから来ちゃった」
てへっと舌を出すエドガー。
ダグラスは「ギルバート兄さん……。もっとしっかりエドガー兄さんを止めてくれ……」と頭を抱えている。
(え、えっと……。とりあえず、ここはご挨拶よね、うん)
なんとも言えない空気の中、ロベリアはスカートの裾を少しつまみ会釈した。
「エドガー様、初めまして。ディセントラ侯爵家の長女ロベリアと申します」
そのとたんに、エドガーは姿勢を正して爽やかな笑みを浮かべる。
「改めまして、バルト伯爵家の次男エドガーです。ロベリア様にお会いできて光栄です」
礼儀正しい会釈のあと、エドガーの鋭い視線がロベリアに刺さった。
(あっ、これは……)
その好意的ではない目つきで、エドガーがわざわざここまで来た本当の理由を、ロベリアは察することができた。
(もしかして、私がダグラス様のお相手に相応しいか確認しに来た、ということなのかしら?
だとしたら、エドガー様になんとしてでも、私たちの関係を認めてもらわないと!)
ゴクリと生唾を飲み込んだあと、精一杯の笑顔でロベリアはエドガーに微笑みかける。
「滞在中、どうぞよろしくお願いします」




