大切な人を護る為、翔ける!P-2
翌日、まだ朝日が昇る前
エア砦の一室にはすでに公爵と将校達が集まっていた
「閣下の予想通り帝国軍は砦攻略の準備に入った模様です」
「やはりそうか」
部屋に集まる者達の表情はみな一様に暗い。ここにいる者たちは今日が最期の日になると理解しているからだ
「皆、済まない。このような事になってしまい」
「公爵様のせいではございません!閣下なくして今まで砦は持ち堪えることすら出来ませんでした」
「我ら最期までお供致します」
「ですが閣下、皇女様は如何されるのですか?」
「エーデルリア皇女とは昨夜話し合った、姫には………」
その時ドアが開かれ1人の身綺麗にした女性とその侍女が入ってくる
「皇女様!」「姫様!」
突然入って来たエーデルリア皇女に皆が驚く
「公爵様並びに皆様、大切な話し合いの場に立ち入る愚かな女をお許しください。ですがどうか聞いて頂きたい事があります」
その言葉にその場にいた者達が静まり皇女へと注目する
「どうされましたか?エーデルリア姫」
代表してリジット公爵が声を掛ける
「公爵様、いえ叔父様、私は自分の手をもって最期を迎えさせて頂きます。私の尊厳を護る為に皇族殺し、姪殺しの不名誉を叔父様に被せる様な事はさせません」
「……エリィ」
エーデルリア皇女の言葉に皆が動揺する。
「姫様には強固な護りの魔法具がございます!どうかそれでお逃げに」
会議に参列していたジュリアンが声荒らげる
「いいえ、例えこの魔法具があったとしても帝国軍の包囲網を抜け出す事は不可能です。それに帝国軍に魔法具の性能が知られれば近隣の村や人々を人質にして渡す様に強要して来るでしょう。そして私が帝国に捕まればこの身は汚され皇国への人質として使われます。その様なことは断じて許してはなりません!」
「しかし、生きていさえいればあの方なら!」
「えぇあの人ならどんな私でも優しく迎え入れてくれるでしょう」
「でしたら!」
「でもねジュリアン……」
エーデルリア姫は無理やり作った笑を浮かべる。その顔には化粧で隠しているが一晩中泣き明かしたであろう痕跡が目元に残っている
「私がその事に耐えられないの……」
「姫様………」
「私のこの心、この身はあの人に捧げると決めたもの。それを他の人に奪われるなどとても耐えられない。あの人に誇れる綺麗なまま行かせて下さい」
覚悟を決めているエーデルリア姫にジュリアンは
「わかりました。不肖このジュリアンも最期までお供します」
「それはなりません」
「!なぜです」
「貴女には私の最期のお願いを聞いて欲しいの。この手紙を大切な人たちに届けてちょうだい」
皇女は胸元のペンダント型のアイテム収納から複数の手紙入りの封筒を取り出す
「皇国に居らっしゃる御父様、御母様達に連邦と戦っていらっしゃるであろう皇太子の御兄様、王国の国王陛下に王妃様、王太子殿下にユディ姉様。そして、…」
さらに色違いの封筒を三つ取り出す
「これはクイナさん、こっちはミアちゃん、そしてこれ……が……」
最後の封筒を持った途端、手が震え瞳には涙が溜まり、こぼれ出した雫が封筒を濡らしていく
「……この手紙…を…必ずあの人に届けて」
「はい、姫様」
皇女の反応が手紙を渡す相手をどれ程、想っているかその場にいる全員が深く理解し悔しさを滲ませる者、涙を浮かべる者もいる。
「ジュリアン、こちらに来て手を出してくれる?」
言われるがままジュリアンは皇女の傍に行き片膝を立ててかがみ手を差し出す。エーデルリア皇女は自分が着けているブレスレットを外しジュリアンの手首に付け寂しそうにブレスレットをさすっている。
「このブレスレットと貴女の実力があれば帝国軍の目を盗み脱出することが出来るでしょう」
「命に代えましても必ず届けてみせます!」
「本当は私の侍女も連れて行って欲しかったのだけど」
「私はエーデルリア姫の専属侍女です!いついかなる時もお側にお仕えします。引き離すなら今ここで舌を噛み切らせて頂きます。そして、どこまでもお仕えさせていただきます」
「カリン、ジュリアン、貴女達には感謝しているわ。今までありがとう」
ジュリアンは泣きながら皇女から手紙を受け取り自身のアイテムポーチに大事にしまう。そして、悲しそうにエーデルリア姫の顔を見上げる
「私なら大丈夫、この御守りが私に最期の時まで勇気を与えてくれるわ」
そう言ってハンカチと髪紐に包まれた短剣を取り出し胸元に抱き強く握りしめる。そして、残酷にもその時は訪れる。兵士が部屋に報告に来て側近に報告をしている
「閣下、帝国軍が陣を整え砦前に前進して来たそうです」
「……わかった」
「リジット公爵、どうか私に皇族としての誇りを示す機会をお与え下さい」
帝国軍の報告を聞きエーデルリア皇女は進言する
「エーデルリア姫の御心のままに。なに、時を置かずして私も向かう少しだけ待っていてくれ」
優しい笑みを皇女へと向ける。
「はい」
エーデルリア皇女を先頭にしてその後ろをリジット公爵や側近がついて行く。皇女は帝国軍からも良く見える防壁の上へと向かう。戦場は昇って来た朝日により明るく照らされ始めている。
帝国軍からも見える位置に立つと攻める為に準備していた帝国軍もざわつき始める。皇女は1度深呼吸をすると
「皇国に侵入して来た帝国軍に告げます!」
エーデルリア皇女の凛とした声が静かな戦場にこだます
「私はグリーンウィンド皇国第2皇女エーデルリア・エメラルド・グリーンウィンドです!私達はあなた方の要求を断じて受けません!私は帝国に捕縛される事もいいように使われる事も断じて拒否します!皇族の誇りしかとその目に刻みなさい!」
エーデルリア皇女は御守りを取り出し結んである髪紐解いていく
「ミアちゃん…またお話しようって約束したのに破ってごめんね」
次に巻かれているハンカチを広げていく
「クイナさん…あなたとの誓い守れそうにないです。ごめんなさい」
そして、綺麗な短剣が朝日に照らされ輝く
「……エルさん……エルさん」
一晩泣き明かしたのに…覚悟を決めたのに、涙が出てくる
髪紐とハンカチを持ったまま短剣の柄を握り刃を喉元に向ける。切っ先が首に触れ赤い雫が首を伝っていく
「エルさん、あなたと一緒に生きていきたかった」
エーデルリア姫はゆっくりまぶたを閉じ柄に力を込める
「エルさん…愛しい人、大好きです、………さようなら」
お別れの言葉を口にし短剣を喉元へと…………
「エリィィィィィイーーーー!!!!!!」
「……………えっ?」
まさに刺し貫こうとした時、戦場に怒号のような声が響き渡る。エーデルリア皇女は声がした方を見ると朝日が当たる大森林からひとつの黒い塊がものすごい速さで向かって来ていた。それが人だと気づくとその人物は飛び上がり空中で漆黒の弓を取り出し帝国軍に向けて矢を放っている
「…………あの弓は………」
エーデルリア皇女はまだ信じられなかった。
その人物は進行方向の帝国軍指揮官を射抜くとそのまま敵陣に突貫していく。両手に短剣を複数持ち帝国兵に投げつけるだけでなくその短剣はまるで空中を舞うように帝国兵を切り刻んで行く。エーデルリア皇女はその光景をかつて見た事がある。恋に落ちたあの時あの人が戦っていた風景。そして、黒い衣の人物は帝国軍を抜けるとその勢いのまま防壁まで来て短剣を防壁の上の物見台に投げつけ絡ませ、繋いである魔力の糸を縮め一気に飛び跳ねる。
エーデルリア皇女は降り立ったその人物の方を見ている、そして黒い衣の人物も皇女の方に向き直ると
「このバカ!!自害なんて何考えてやがる!!」
持っていた短剣が音を立てて地面へと落ちる
その声は今1番聞きたかった声
「だって………だって!」
ゆっくりとその人物は近づいて来る
「俺がお前の窮地を黙って見ているわけないだろう!」
「ひぐっ………ごめ……んなさい」
エーデルリア皇女の目の前に立つと顔を隠しているフードと口布を外し
「とにかく無事で…間に合って良かったエリィ」
「エルさん!!」
エーデルリア姫はそのままエルフィンの胸へ飛び込んだ
「怖かった…とても怖かったです」
「よく頑張った、俺が来たからにはどこにも連れて行かせやしないし死なせもしない!」
「はい……はい……」
優しくエリィの身体を抱きしめその頭を撫でてやる。その光景をリジット公爵や将校達は驚きを持ってみていた。なぜならいつも皇族として弱さを見せまいとする皇女が目の前の男にはその弱さをさらけ出しているからだ。だがリジット公爵は得心がいった
(そうかこの者がエリィの想い人か………)
「貴殿は……」
そう聞こうとした時、
「帝国軍!前面に弓部隊を前進!矢が来ます!」
「まずい!大盾用意!姫様達を守れ!」
「俺達には必要ない」
「な、何?!」
エリィを片腕に抱くと
「エリィ、俺に掴まって傍に居ろ」
「はい!」
エルフィンは空いてるもう片方の手に持てるだけの短剣を持つと矢が飛んで来る方に投げ出し横薙ぎに振っていく、ただそれだけで短剣が自分の意思で動いている様に矢をたたき落としていく。
大盾で矢を防いでいるリジット公爵や将校達は驚愕の表情を持って見ている
「そういやエリィ、ブレスレットはどうしたんだ?」
「あっ!その、すみません…もうお会い出来ないと思い最期の手紙と共にジュリアンに預けました。」
「そうか、それで肝心のジュリアンさんは?」
どこか聞こうとすると矢を盾で防ぎながらこちらに向かってくる女性騎士に気づく
「姫様ーー!……一体何が!ってエルフィン殿!?」
「ジュリアンさん、あなたも無事でしたか」
「どうしてここに!って聞くのは野暮ですよね」
エルフィンに抱きつき安心した表情を浮かべるエーデルリア皇女を見てそう言葉をかける
「自分の大事な女が危ないのに黙って見ているなんて男じゃないですよ」
エーデルリア姫はエルフィンの言葉に嬉しさを感じ身体を寄せ甘えてくる
「姫様、こちらはお返し致します」
ジュリアン隊長は自分の手首に付けているものを外しエーデルリア皇女に付け直している
「ありがとう、ジュリアン」
戻ってきたブレスレットを愛おしそうに触れている。
その光景を更なる驚愕の表情で見ている者達がいる。今こうやって話している時も矢は飛んできているわけで、それを片手間で矢をたたき落としているからだ
「そう言えばジュリアンさん、俺宛の手紙を預かっているとか」
「あっはい!こちらが……」
「あっ!ジュリアンッ、ダメ!」
取り出した手紙をエリィが掴む前に奪い取る
「ちょっと、やだ!エルさん!返して!」
「俺宛なんだから別にいいだろ」
「よくないです!」
エリィは手紙を取り返そうとピョンピョン跳ねるが俺の方が背が高くその上、手紙を持った手を高く上げているので絶対届かない。そして、手紙を収納にヒョイッとしまう
「ああーーーーっ!!」
「これは色々落ち着いたらゆっくりじっくり読ませてもらう。それよりエリィ、首…」
「首?」
エーデルリア皇女は自分の首へと手を触れる。すると赤い血が手に付く
「あっ、先程刃が掠めてしまいまして」
「ちょっとジッとしてろ」
傷口に回復魔法をかけ痕が残らない様に綺麗に治し、周りに付いた血を綺麗なハンカチを出し魔法で出した水玉て湿らせて拭き取っていく
「これで良し!」
「ありがとうございます!」
しかし、エルフィンは血のついたハンカチを見ていると怒りが込み上げてきて周りにいる皇国軍の人達はその発せられる怒気にたじろぎ始める。エーデルリア皇女は自分の事で怒っているのがわかるので恐怖は無くちょっと困った顔をしている。同じように理解しているジュリアンも苦笑するしかなかった。
「ジュリアンさん、ちょっとエリィをお願いします。と言っても俺が離れたら障壁が発動するので矢は来ませんが。そろそろゆっくり話したいですし、矢が鬱陶しいから目の前の帝国軍にも退いて貰いましょう」
「承知しました、ですがどうされるのです?」
「まぁ見ていて下さい」
エリィをジュリアンに預け離れると直ぐに薄い膜がエリィを中心に現れる。飛んでくる矢は膜に当たると全て地面へと落ちていく。一方のエルフィンは短剣をしまうと向かってくる矢を最小限の動きで避けながら帝国軍が見える位置に歩いて行く。その場所に着くと
「えぇと弓隊を指揮してるのは…2…3……5人か」
弓隊の指揮をしているだろう帝国兵を見つけたエルフィンはとんでもないことをしだす。弓を取り出したと思ったらおもむろに飛んでくる矢を掴み取りそれを弓隊の指揮官に放って当てたのだ
「うわっ、この矢、質が悪い!ぶれっぶれだな」
と言いつつも残りの指揮官を一撃で狙撃していく光景を皇国軍は驚きを持って見ている。リジット公爵とその側近の反応に離れていたエーデルリア皇女とジュリアンは
「エルフィン殿は相変わらずの様ですね」
「さすがエルさんです!」
当たり前の光景のように言う二人に皇国軍の面々は『それで済ませていいのか?』と思うのだった。指揮官を潰した事で矢が止まるとエルフィンはエーデルリア皇女が先程立っていた位置に立ち
「このクソ帝国兵どもがぁ!よくも俺の女を傷つけ泣かせたな!いいか、エリィを鳴かせたりいじめていいのはこの俺だけだぁぁあ!!」
暴言とも取れる宣言に帝国軍のみならず皇国軍も呆気にとられている
「微妙に泣かせるの意味が違った様な……」
「もう!エルさんったら!」
ジュリアンの指摘に恥ずかしさで顔を真っ赤にしながらもまんざらでもない様子のエーデルリア姫、そして何故か笑いを堪えようと苦しんでいる公爵。
帝国軍も最初こそぼー然としていたが次第に嘲笑ったり馬鹿にした声が聞こえ出す。だがそれも数分後には阿鼻叫喚へと変わる。
「『星の女神』夜天形態」
その掛け声と共にエルフィンの持つ弓が黒い光りをだし形を大弓へと変えていく。そしてエルフィンの身体からは膨大な量の魔力が発せられる。魔力は大弓に吸収されたかと思うと今度は大弓から幾千もの夜空を現す様に無数の光の球が空へと上がって行く
“満天の星空よ 其の輝きを以て 我が敵に降り注げ!”
神句を唱え大弓の弦を引くと同時に空の星が矢の形に変わっていく
「【星屑 の流星群】」
弦を離すと光り輝く矢は帝国軍に向けて一斉に降り注ぐ。着弾点からは土煙と共に帝国兵の叫びが聞こえてくる。そして、土煙が晴れた後には帝国兵だったものと無数のクレーターが出現していた。
「うっ!うわああぁぁぁあ!!」
その一撃により攻めてきていた帝国軍のおよそ4割がこの世から消滅し生き残った帝国兵はパニック状態になり敗走を始めていた。その光景を見た皇国軍からは歓声が上がっている。だが攻撃を放ったエルフィンは警戒を解かずに帝国軍を注視している。それを見た公爵は
「全軍!帝国軍が完全に離れるまで警戒!」
帝国軍が完全に視界から居なくなったのを確認するとエルフィンは警戒を解いた。そして、漆黒の弓を腕輪に戻すとエリィの所に戻る、するとエリィが腕に飛びついて来て
「凄いです!今のなんですかエルさん!!」
「凄いで済ませていいのか疑問ですが」
一緒に来たジュリアンさんは驚きより呆れ顔をしている
「今のはじいちゃんから受け継いだこの弓の固有技で真の主と認められると使えるようになる」
腕輪をつつきながら教えてあげる。エリィはかなり興奮気味である。
そうこうしていると公爵とその側近達が近寄って来て
「この度のご助力感謝します。この砦を指揮しているセルビアン・リジットと申します」
「貴方がここの指揮官ですか…ひとつ宜しいですか?」
「はい、何でしょう?」
「あんたはなんで自国の姫が自害しようとしているのを止めなかった!」
エルフィンは怒りをあらわにして問いただす
「エ、エルさん?!」
「俺があと少し遅ければエリィは短剣を喉元に刺していた。あんたらはなんの為にいる?騎士であり貴族ならその仕える者を護らんでどうするんだ!それと勘違いするなよ、俺は自分の大切な女を助けに来ただけだ」
その言葉にリジット公爵もその側近も言葉を失ってしまう
「貴殿の言う事が正しい、全て私達の力不足による物だ」
「エルさん!どうか叔父様を責めないで下さい。私が帝国に汚されるのが耐えられなくて選んだ事なのです!」
「……はぁ、わかった。とにかくエリィは今後、自害なんて考えるな。森を抜けてみたらいきなりエリィの声が聞こえてその方向を見たら自分を短剣で刺そうとしているなんて心臓に悪すぎる」
「はい、ごめんなさい」
「いや、俺も悪かった。指揮官殿も済まない、来てそうそう守る女性の自害しそうな光景に感情的になってしまった」
「貴殿が謝る必要はない、それは当然の感情だろう」
「改めて名乗らせて頂きます。王国より来ました掃除屋のエルフィンです。」
ひとまず冷静になって挨拶する。その時あることに気づいた
「そういえばエリィ、さっき叔父様って」
「あ、はい。私の父である皇王の弟になりまして公爵の地位にいますリジット公爵様です」
これにはちょっとやらかしたかと思ってしまうが
「エルフィン殿、言葉使いについては気になさらないで結構です。私達は貴方に助けられた身です。そのような方にかしこまれたら我々の方が情けない」
「正直助かります。敬語は苦手なので」
「それでエルフィン殿今後について話したいのですが……」
「いいですよ、その前に王国から物資を持ってきているのでどこか広い場所ないですか?」
「でしたら砦の広場と練兵場がありますが」
「食糧や回復薬等ありますので使って下さい」
「わかりました、ですがどちらにお持ちで?」
エルフィンはアイテムポーチ以外、身に付けていないからだろう。不思議に見ている
「叔父様、それは広場に行けばわかりますよ」
案内された広場はそれなりの広さがあった
「ここなら大丈夫そうだな」
収納から物資を広場に出していく
「な!この様な量どこから!」
リジット公爵達がものすごく驚いている
「それについては内緒にさせて頂きます。とりあえず兵士の人達に食事を。ここ数日まともに食べてないでしょう」
「あ、あぁ助かる。食糧はほとんど底をついていたからな」
「それと……」
辺りを見渡して見るとかなりの兵士が負傷兵と化している
「負傷兵の治療も先にしましょう」
「ありがたいがかなりの数がいるぞ」
「問題ありません。……エリィ少しの間、手を離すぞ」
「えっ?」
エリィは自分の手元を見て気づいた
「ご、ごめんなさい!」
どうやらエリィは無意識に手を恋人繋ぎにしていたようだ。その事に気づいて顔を赤くしている
「私ったらいつから」
「防壁の上からここまでずっと」
エリィはジュリアンさんの方を見るとジュリアンさんは静かに頷いた
「〜〜〜〜〜!?」
エリィは恥ずかしさから顔を隠してしまった。
「ハハッ、さてと」
エルフィンは弓を取り出し特別製の矢(通称『魔矢』と命名)を開けた所の上空に5本放つ。5本の矢は間隔をあけて地面に刺さるとそれぞれが光だし地面に線が引かれていき五芒星の魔法陣を形成する。
「軽傷の者達をあの中に入れて下さい」
「あれは一体……?」
「持続回復魔法陣です」
「そ、そのような物が」
これは俺のオリジナルだからな知らなくて当たり前だ。だけどそれでちょっと警戒しているな
「叔父様、エルさんだから大丈夫ですよ」
「いや、それはわかるのだが」
まぁ躊躇するのは当然だな、どうしようかなと思っていると
「では我らが先に入らせて頂きます」
声のした方を見ると数人の皇国兵がいた。それは王城でも何度か顔を合わせたことのあるジュリアンさんの部下の護衛騎士達だった。彼等は俺に頭を下げて挨拶をした後、魔法陣に入っていった。すると彼等を光が包み傷を癒していく。
「これは凄い…」
「一先ず、これで治療をしましょう。今日1日は帝国軍も何も出来ないでしょうから重傷者は俺が直接見ますので案内して下さい」
そして重傷者がいる部屋に行き命の危機に瀕している者を治していく。その様子をリジット公爵は感心を持って見ていた
「彼は一体どこまで凄いのだ………」
「どこまでも強く、どこまでも優しい…それがエルさんです」
リジット公爵の横で一緒にその様子を見ていたエリィが笑顔で応えていた。それらの作業をしているとすでにお昼前になっていた
「公爵殿、時間がかかりすみません」
「いや、礼を言わなければならないのはこちらだ、皇国兵士を救って頂きありがとう」
「話し合いですが……」
きゅるるる〜〜〜
なんとも可愛らしい音が聞こえた。その音の方を見るとエリィが顔から耳まで真っ赤になっているのが見えた。
「先に昼食をとってもいいですか?できたらエリィと二人で食べれる所で」
「わかった。案内させよう」
リジット公爵から砦の高い所にあり展望台になっている所を教えてもらいエリィと二人で一緒に来た。そして約束の品を取り出す
「これは?」
「この鍋にはクイナの特製シチュー、そっちのサンドイッチはミアとユーフォルディア皇女が作った物だ」
「えっ!クイナさんやミアちゃんだけでなくユディ姉様もですか?」
「あぁ自分にはこれくらいしかしてあげられないからとな、そしてクイナとミアからは、ちゃんとエリィと一緒に食べてくださいっと言われた」
さらにサンドイッチのカゴを開けると中に紙が入っているのに気づき少し広げてすぐ閉じた。
「?、どうされました?」
「これはエリィ宛の物だ」
それはエリィにあてられたクイナとミア、ユーフォルディア皇女からの手紙だった。エリィはひとつずつ読んでいく
「ユディ姉様…それにクイナさんにミアちゃん、心配をかけてしまいました…」
「みんなの所に帰って元気な姿を見せてあげないとな、さぁ遠慮なく食べてくれエリィの為に作ってくれた物だ」
「はい!頂きます!」
目尻に涙を浮かべながらも笑顔を出して喜びながら食事を口に運んでいる。その顔を見ながら俺もサンドイッチを口に入れていく。会話を楽しみながらお腹を満たしていく
「こんなに落ち着いて食事をしたのは久しぶりな気がします」
そう言うエリィの手は少し震えていた
「ダメですね、安心したら急に……」
「……エリィ、口にソースがついてる」
「えっ!どこですか」
「取ってあげるからじっとして」
そう言ってエリィの顔に近づきそのまま唇を重ねる
「!!」
エリィは最初こそ驚いたがそのまま受け入れてくれる
「これで取れたよ」
「もう!いきなりなんですから」
エリィは頬を軽く膨らせながらテレている
「次はこっちでと約束したからな、少しは不安が取れた?」
「えっ?あっ……」
エリィは自分の手の震えが止まっているのに気づいた。だが……
「えっと、まだ少し不安なのでもう一回いいですか?」
「エリィが望むなら何回でも」
再び唇を合わせる。その後、数回交わしたのち二人で笑いあった。
談笑をしているとジュリアンさんが呼びに来たので3人で向かうことにした。部屋の中に入るとすでに公爵と他の将校達が立って出迎えてくれた。
「お待ちしておりましたエルフィン殿、どうぞお座り下さい」
俺が座りその横にエリィが座ると他の人達も席についた
「エルフィン殿、改めて御礼を言わせて頂きます、たとえ貴方はエーデルリア皇女の為と言いましてもその結果我等は救われたのです。ありがとうございました」
「ああーその件につきましては俺も言い過ぎたと思っているので流して頂けるとありがたいです」
「エルフィン殿が望まれるならそのように。早速なのですがエルフィン殿は帝国軍がこのまま引き下がると思いますか?」
「まず、ないでしょうね。体勢を整えて必ずまた来るでしょう」
俺は即答で応える
「砦の方は現在の情勢どこまで情報が伝わっていますか?」
「正直に言うと連邦が侵攻して来たとの情報ののち通信妨害を受けその後帝国軍が急襲して来たのでほとんど情報がない状態です」
「そうですか、今回の侵攻はおそらくかなり前から計画されていたものと思います」
俺は現在の状況とその経緯を説明してから
「連邦の侵攻はおそらく囮、この砦の攻略もしくは公爵の捕縛か殺害が目的だったのではないかと思っています」
「私をか?ならなぜエーデルリア皇女の身柄引渡しの要求など……」
「公爵殿は高名な指揮官との事それ故にでしょう。姫に関しては作戦において訪れる事を知った帝国軍が欲を出したのでしょう。連邦も巻き込んで実行した作戦です、それなりの戦果がないと示しがつかない」
「そういう事か…エルフィン殿、エーデルリア皇女を連れて王国に脱出する事はできるか?」
「叔父様!!」
公爵の突然の申し出にエリィが声をあげる
「エーデルリア姫、我らは貴族である前に騎士であり軍人だ。皇国を護る事にこの生命を捧げている。だが姫は違う、そなたは我々が守るべき存在であり国民の希望だ。戦場で死ぬ様なことがあってはならん」
「……できる、できないで言いますと可能です。ですがエリィが望んでないので却下です」
そう言うとわずかに場がザワつく
「しかし、エルフィン殿は皇女を守る為に来られたのでは?」
「えぇそうですよ。でもここでエリィを連れて脱出したらエリィはこの先ずっとその事を引きずって生きていくことになる。俺は確かにエリィを守る為に来たと言いましたがそれは生命だけでなく、その心も守るという意味ですのでご理解下さい」
「エルさん……」
「だが帝国軍がまた攻めてくるとなると今まで以上の激戦になるのでは」
「王国の援軍が3日後の昼には到着予定です。それまでここで籠城して耐えるべきでしょう。帝国軍も王国からの援軍が来れば引くしかなくなりますから」
「3日か、物資も届いたので無理ではないが……」
「この砦を包囲する様に街道を塞いでいる帝国軍の事を考えると無理にこちらから攻めるべきではない」
「……わかった。そなたの案で進めよう。」
「それとこちらをお返ししときます」
小分けにした袋を取り出しテーブルに置く
「それは?」
「砦の危機を知らせてくれた勇敢な騎士達の遺髪と遺品です」
「……そうか、彼等は知らせてくれたのだな」
「はい、俺が森を抜けるのにまるで最短の道を示すかのように点在していました。おそらく森を抜けて行く際に危機に陥ったら誰が囮になって他の者を先に行かせたのでしょう」
彼等は本当に凄かった。俺が検索で調べた最短ルート上にその遺体はあった。彼等はその経験と知識で最短ルートを選んでいたのだ。
「どうか彼等を丁重に弔ってあげて下さい」
「承知した。我が名にかけて丁重に弔おう」
そして細かい情報交換をすると将校達は方針に基づいた準備にかかる為に部屋を出ていき、部屋の中には俺とエリィ、リジット公爵とジュリアンさんだけになった。
「さてエルフィン殿、少し個人的な話をしてもいいですかな?」
「構いませんけど……」
「エリィからも話があったのだがエルフィン殿とエリィの仲について微力ながら手伝わせていただきます。」
「叔父様!本当ですか!」
エリィが嬉しそうにしている
「よろしいのですか?俺は平民でただの掃除屋ですよ」
「あれほどのことをして置いてただのということはないでしょう」
「確かに公爵様の言う通りですね」
リジット公爵の応えにジュリアンさんが同意している。
「実力云々はありますがそんな事より貴方は死地と言っても過言ではない帝国軍に囲まれたこの砦に単身で皇女を助けに来られた。それにエリィとのやり取りを見ていればエリィが貴方を想い、エルフィン殿がエリィを大切にしているというのが分かります」
「改めて言われるとテレますね。でも聞いてると思いますが俺には他にも大切にしている女性がいます。もちろんエリィの事も大切に思っていますが誰か1人を愛するのではなく3人とも平等に愛していますし守り通す気でいます」
「えぇ聞いています。エルフィン殿程の器の大きい方なら大丈夫でしょう。何よりエリィ本人がそれを承諾している以上私から何か言うつもりはありません。それに皇国では一夫多妻制が認められていますし私の兄である皇王もユディの母、エリィの母と皇妃が二人いますしね」
「公爵殿に協力していただけるなら大変ありがたいです。よろしくお願いします」
お互い握手をした時だった。胸元のローブと服の隙間がゴソゴソしだし
「モーー!マスター、ボクイツマデココニイタライイノ!!」
隠れていたラフィが飛び出して来た
「ズットハイッテテセマイシ、ユレルシ、グルグルマワルシ、オナカスイターー!!」
ラフィがかなり御立腹だ。そういや昨日大森林に入る前に隠れとくように言って今までそのままだった。
「ごめんごめん、ラフィ………あっ」
他の人には見えないのに俺が喋ったからエリィもリジット公爵も目が点になって驚いてる。
(傍から見たら急に独り言、言い出した様なもんだからな)
と思っていたのだけど、どうも違うみたいだ。目線が飛び回るラフィに向けられているからだ。
「もしかして2人共見えてる?」
「そう言われるということは疲れによる私の幻覚ではないのですね」
「エルさん、そちらの方は?」
今は俺の頭の上に座ったラフィを見てエリィが質問してきた。ラフィはプンスコ状態だが
「俺と契約した風の精霊でラファエル、愛称はラフィだ。ラフィ、彼女がクイナとミアが言っていた人だよ」
そう言うとラフィはエリィの方に飛んで行きクルクル回ると
「カスカニ、クイナトミアノニオイスル。デモマスターノニオイノホウガツヨイ」
「ひゃうっ!」
俺の匂いが強いと言う言葉に驚いている
「まさか生きて風の精霊様を見る事ができるとは」
「というかなんで2人共見えてるの?ラフィ見えるようにした?」
「ボク、マダナニモシテナイ」
まぁそうだろう。その証拠にジュリアンさんは見えていないようで取り残されワタワタしている
「エルさん、おそらく私達の血筋によるものだと思います」
「血筋?」
「エルさんは皇国の紋章を覚えてますか?」
「確か風の乙女だったかな?」
「はい、あれは風の上位精霊を表していてその昔、皇族と風の精霊が交わり生まれた者の子孫が現在の皇族だと言われています。その証拠として私達皇族のエメラルドグリーンの髪はその名残だと」
ラフィの髪は濃いグリーンをしているからあながち間違ってないかも、ラフィが見えるのもその血のおかげだとすれば納得がいく
「これは私の協力は必要ないかもしれませんね」
「え?なぜですか?」
「今、エリィも言いましたが皇族ひいては皇国にとって風の精霊は特別な存在です。その精霊と契約した者となれば誰も文句は言えない」
「あぁそうなんですか、でも俺はラフィを見せて認めさせるつもりはないです。それじゃ意味がない、俺自身をちゃんとエリィの相手として認めてもらわないとダメなんです」
「……エルさん」
エリィが俺の答えに感動している。
「なるほど、わかりました。そういことなら惜しみなく協力させて頂きます」
「えぇ期待してます!」
リジット公爵の協力を得て喜ぶエリィ、ジュリアンさんは見えていなかったけどラフィに見える様にして貰い喜んでいた。ご機嫌斜めだったラフィもフルーツジュースあげたら機嫌も直った。とりあえずエリィやリジット公爵、ジュリアンさんにはラフィの事は黙っていてもらう事にした。




