7話 扉の向こうは浴場
銀髪のショートヘアーから水が滴り、スタイルの良い体とふくよかな胸囲を余すことなく露出したその女性は、コマチと目が合うや否や、同じく呆然と立ち尽くす。
「ねえコマちゃん、どうしたの? 何かいた?」
後ろで自分も見たいと言わんばかりにウロチョロするメルの声で我に返り、今の状況を把握するコマチ。
その目に映る場所は、コマチ達の世界でも見慣れた、浴場だった。
お互いに見つめ合ったままの状態が数秒間続いた後、何かを察したように、女性のほうからコマチに声をかける。
「あ、あの……あなたは?」
「お邪魔しましたっ!」
しかし、この状況に居た堪れなくなったコマチは何事もなかったかのように扉を閉めた。
「ちょっとコマちゃん、なんで閉めるの!」
「いや、ちょっと気まずい状況だったからつい……」
人生初の異世界の旅は、思わぬラッキーハプニングにより一時中断となった。
「どうされました? コマチさん」
途中で足を止めたコマチを、パルカは不思議そうに見つめていた。
「あの、メヴィカって人の特徴なんですけど、銀髪で巨乳の女の子でしょうか?」
今しがた目に映った光景を思い出しながら、パルカにメヴィカの人物像を確認する。
「ピンポイントな特徴ですね。確かに合ってますけど、もしかして目の前にいました?」
「ええ! そりゃあもう無防備な状態で立ってましたよ!」
コマチの怒号に、何故そんなに怒っているのだとパルカは首を傾げた。
「でしたら何故扉を閉めたのですか? この扉は調整が難しいので、一度閉めてしまうと再び同じ場所に転移出来ないのですが……もしかしてコマチさん、人見知りですか?」
「どちらかと言えば人見知りなほうだけど問題はそこじゃないですよ! ちょうどメヴィカって子の入浴中に鉢合わせちゃったから慌てて閉めたの!」
メルとパルカは一瞬ポカンとした後。
「コマちゃん、何ラノベ主人公みたいなイベント発生させてんの。運良すぎでしょ」
「今の俺が悪いの?」
ラッキーハプニングに遭遇したコマチを、メルは意地悪気な笑みを浮かべながらいじるのだった。
出オチを喰らったコマチだったが、気持ちを一転するように咳払いをし、再びドアノブに手をかけ仕切り直した。
「いいかメル、ここから先は何があるか分からない。俺のそばを離れるなよ?」
「すごい何事もなかったかのように切り替えたね」
「うるさい。それじゃあパルカさん、行ってきますね」
半ば強引に主導権を握ったコマチは、過ぎた事に触れるなと言わんばかりに颯爽と扉を開け、躊躇も感慨もなくただその場を離れたい一心で異世界へ足を踏み入れた。
「はい、行ってらっしゃいませ」
パルカが深くお辞儀をすると同時に扉は閉じられる。
残ったパルカは、二人の見送りを済ませた後、一人呟く。
「【現実逃避】と【他者への憧れ】。人の業としては至って普通なのだけれど……」
パルカはそれぞれ『シャドウ・オブ・ラーカー』と『ミミックナイト』の性質を思い出す。
彼女が二人に施した、能力を引き出す力。
その力の根源は人の願望、あるいは、ひた隠しにしたい己の弱さ。
大なり小なり人が持つ一番強い感情を奮い立たせる事で、新たな力を開花させる術である。
二人に芽生えた能力は、世界全体を見れば大した事はない。これから相対するであろう魔導士の足元にも及ばない小さな力。
しかし、彼女は思うのだ。
「あの子からは、何か特別なものを感じるわね」
長年様々な人間を見てきたパルカの勘である。
好奇心旺盛なメルの姿を見て感じる尽きることのない可能性を、パルカは見据えていた。
その稀なケースに、パルカは心から喜びの感情が湧き出る。
「なら最後まで見届けましょう。二人の行く末を」
あの二人はどんな結末を迎えるのか。
悠久の時を過ごす彼女にとって、稀に見る新たな刺激。
パルカは胸をギュッと押さえながら、二人の帰りを心待ちにするのだった。
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