65話 刹那で起きた絶望
メルはゴーレムを前に落下しながらも、今の状況を理解していた。
体感で分かる。みるみる衰弱する身体、これは、自身の体にかかる時が急速に進んでいるという事。
手を打たなければ数秒足らずで死に至ると直感した。
そしてメルは、握る大剣の剣先を、自分の腹部に向け。
「【ネクロマンシフト】!」
落下中に、思い切り自身に剣を突き刺した。
死者を操るスキルを自分にかけながら。
「がはっっ……いってえ……」
慣れない激痛に耐えながら、メルは自身をアンデッド化する呪いを付与し。
そして、そのまま地面に直撃する――。
と、その瞬間メルは何かにバウンドし、衝撃は吸収された。
ふと、衝撃を吸収したものが何か窺うと……。
「……コマちゃん」
メルが落下する場所に駆け寄り、抱きかかえようと構えていたコマチの姿。
……正確に言えば、コマチだった姿。
「あ……ああ……コマちゃん……」
イズリスの、時を急速に進める能力はメルにだけかかっていたわけではなかった。
この場にいる全員が同じく能力にかかり。
身体が朽ち果て、ミイラのような姿になったコマチがそこにいた。
その状況下でもメルを助けようとしたコマチの腕は、彼女を受け止めた衝撃でボロボロと崩れ去る。
「ぅううく……コマ……ちゃん……」
そんな中、メルは次第にアンデッド化が進む。
髪は白髪に変わり、穴という穴から血が漏れ出し、目は血走ったような朱色に染まる。
その瞳から、涙の代わりに大量の血が流れた。
周りを見ればメヴィカとスティオラも同様に朽ちた姿へ変貌している、絶望的状況。
わずかな可能性に賭けて行使した延命措置。
しかしメルは思う。
自分だけ生き残ったところで何になるというのか。
大事な仲間が死に、何より大切な幼馴染が死んだ。
ずっとそばにいてくれた人が死んだ。
友達の垣根を越えて、恋人のベクトルから反れて、家族のように親密で、いつも自分の隣にいた大切な人。
「……大好きな、アタシの幼馴染」
震えながら、その亡骸を抱きしめる。
不死の体になり、メルの体に痛覚はなくなった。
なのに、胸の内はズキズキと締め付けられるように痛いのだ。
ほんの一瞬で、事態が急変してしまった戦場。
メルは、止めどなく流れる血の涙を拭う事なくそのままに、力が抜けたようにへたり込んでいた。
そんな感傷に浸っていると、背後から再び声がする。
『あなた、『ネクロマンシー』の術も使えるの。命拾いしたわね。まあ、お仲間は見ての通りだけど』
と、イズリスは挑発するように投げかけるが、メルは振り向きもせず、気力を無くしたようにその場で俯いていた。
『…………もう少し抵抗するかと思ったけど、つまらない幕引きね』
興覚めした素振りを見せながら、イズリスは巨大な足をメルの頭上に向け。
『じゃあね』
虫を潰すかの如く、地面に振り落とした。
『…………あら?』
だが寸前のところで、メルは倒れていたはずのリルテスタに抱えられ圧死を免れる。
「リル?」
抱えられるメルに気力はなく、ただ今の現状を理解することで精いっぱいだった。
「その体……自分自身にアンデッドの呪いをかけたか」
急速に体の時が早まる中で、リルテスタは風化もせず平然とそのままの姿で立っていた。
「わしも不死身じゃからな、時の経過に影響は受けん。逆に体の傷が癒えたくらいじゃ」
リルテスタは、落ち込むメルをなだめるように頭を撫でると、メルは安堵から、朽ち滅びた皆の亡骸を見て再び感情が湧き出てきた。
「リルっ! みん……みんなが……うああああああ!」
子供のようにすがり付き、泣きじゃくる。
そんなメルを抱きしめながら、リルテスタは目の前に立つゴーレムを睨み付けた。
「よくもやってくれたな、世界を蝕む蛆め」
『酷い言われようね。私は多くの民を救う、救世主となる者よ。その為に多少の犠牲は仕方がないでしょう?』
「多くの民は、貴様に頼んだ覚えはないじゃろう。独断の自己満足を正当化するでない」
バチバチと、お互いの主張を譲らない二人が睨み合っている、そんな時。
突如、メル達の背後から声がした。
「いい加減にしなさい、イズリス」
ヒールの音と共に、黒衣装を纏ったパルカが皆の前に近づく。
「パルカさん……」
突然の訪問に驚くメルに、「遅れてすみません」と、申し訳なさそうに返した。
『パルカ……ウルスラグナっ!』
彼女の姿を見たイズリスは、恨みがこもったような重みのある声でかつての同胞の名を口にする。
「ヴィクスさんがあなたの名を出した時から、あなたが介入してくる予感はありました。……こうして会話をするのは何万年ぶりでしょうか?」
『時間の数え方なんてとっくに忘れたわよ。私の本体は、常闇にまみれた奈落の底だもの』
パルカの言葉に、皮肉染みた返しで吐き捨てると、パルカは今の惨状を見て再び彼女に告げる。
「人の命を、星の命を、あなたはあまりに軽んじているのです。私達は世界の管理者、善も悪も平等に観測し見守らねばならない存在。私達が表舞台に立つ事は許されません」
『本当にあなたは神に従順ね。けれど、世界には理不尽に迫害を受けて悲惨な死を遂げる者が後を絶たない。誰かが手を差し伸べる行為を悪と言うのなら、私は神に反逆するわ』
「今あなたのしている事も、存外変わらないと思いますが?」
二人の問答に終わりはない。お互いの考えを受け入れる事は、もはや無いのだから。
世界の崩壊を止める戦いは、間もなく最終局面を迎える。
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