56話 開戦
時間はあっという間に過ぎた。
メルはリルテスタに時間ギリギリまで稽古を付けてもらい、メヴィカは日夜アイテムの作成。スティオラは限られた時間で各国と共同し、時空の歪みに対する処置と民衆の避難を進める。
そして迎えた当日、ヴィクスのいる世界へ行く日がやってきた。
パルカの屋敷は本来空間を超えた未知の場所。当然多くの人々に知られるわけにはいかず、故に軍隊を送ることは出来ない。
だからこそ少数精鋭で挑まなければならないのだ。
扉の前で最後の準備を進める中、メヴィカはコマチへ様々なアイテムを渡す。
「コマチさん、時間の許す限り補助アイテムを作ってみました。あなたの戦闘スタイルに合わせて防具の強化と軽量化、あと魔法を付与したボウガンの矢と小型爆弾などの魔道具も作成したのでポーチに入れておいて下さい」
耐熱、耐冷、衝撃吸収に優れたジャケットタイプの防具に加え、籠手とブーツの新調、そしてサポートアイテムを数種揃え、攻守共に機動性のあるコーデが完成した。
「ありがとう、サイズもぴったりだ」
さらにメヴィカはメルに目を向け、膝に装着するサポーターを渡す。
「メルちゃんはこれ。血流を促進させて、退化した神経を呼び起こす効果があるの。激しい運動には対応出来ないけど、普通に移動する分には問題なく歩けるよ」
サポーターを渡されたメルは、早速自身の右足へ装着する。そしてその場で何度も足踏みしながら笑みを零した。
「うん! 支えがなくても歩ける。メヴィー、ありがとう」
まるで負担なく行動出来る自分の体に、歓喜の声を上げながらメヴィカに感謝を伝える。
各々の準備が完了した頃、見送るパルカは最後に告げる。
「私はここで時空の歪みの対処にあたります。……皆様、これは殺戮ではなく、一人の行き過ぎた理想を止める為の戦いです。なので私としては、円満な結末を迎えられることを願っております」
続けてパルカは「ですが……」と付け加え。
「もしヴィクスさんと皆様の間に招かざる者が入った場合、全ての世界が消滅する恐れがありますのでお気をつけ下さいませ」
これから旅立つ者達に気になる言葉を残すのだ。
「招かざる者って?」
メルが問うと。
「今回の件、おそらくヴィクスさんに協力した者がいます。それは私と同じ、世界を渡る力を持ったもの…………。でなければ、地上の人間であるヴィクスさんが空間転移を使えるはずがないのですから」
ヴィクスの他に、黒幕がいることを示唆する。
そして彼女は思うのだ。その黒幕こそがヴィクスをそそのかし、世界中を脅かしている存在なのだと。
「状況が落ち着き次第、私もそちらへ向かいます。ですから、もし不測の事態が起きた場合、何があっても生き残る事を優先して下さい。……あなた方は、まだ先行くべきではないのですから。一度死を体験しているメヴィカさんとスティオラさんも、決して死に対して安易になりませぬように。人が死を慣れてしまっては、生に対する執着が薄れてゆくので、それだけはなりません」
寛容なパルカがいつになく強く言い聞かせる姿に、彼女の真意が垣間見えた。
そして、皆はそれぞれの意思を胸に、生まれたての世界への扉を開ける。
踏み入れた先は、この世のものとは思えぬ程の、緑に囲まれた清らかな風景。
草木が生い茂り、野に咲く木の実をつつく小鳥、湖の水を飲みに来た動物たち。
楽園とは、こういうものなのだろうか。
コマチはふと、そんな事を思う。
安らぐような気持ちになりながら遠くを見つめると、そこに白いローブを羽織った青年が立っていた。
「……ヴィクス」
穏やかな心を一瞬で凍り付かせるように、ヴィクスは虚ろな目を向けている。
「予想はしていた。やはりお前達か……」
冷めた声で、ヴィクスは目に映る人物に溜息を漏らした。
「兄さん、僕は……」
言いかけたスティオラに、ヴィクスは掌を向けて待ったをかける。
「いいさ。こうなる気はしていた。……一つだけ言わせてくれ」
そう言うと、ヴィクスは静かに杖を向けた。
「俺を兄と呼んでくれて、ありがとう」
直後、ヴィクスはスティオラに灼熱の業火を放った。
「【インフェルノ】」
だがスティオラに直撃する直前、リルテスタは水の激流を放ち相殺する。
「【ブレイクストリーム】」
驚く事もなく、ヴィクスは静かにリルテスタを見つめる。
「リルテスタ様……」
「悪く思うなヴィクス。わしらはここで兄弟喧嘩を見に来たわけではない」
一歩、また一歩とヴィクスに滲み寄る。
「ここにいる皆で、貴様を止めに来たのじゃ。じゃから、もうやめろ」
「やめろ、とは?」
ヴィクスはリルテスタに問う。
「わしの知識でも追いつかん話じゃが、お前が世界を創った事によって他の世界に時空の歪みが生じておる。お前一つの世界を除いて、他すべての世界が消滅してしまうらしい」
「だから、やめろと?」
リルテスタの言葉を聞いて尚、ヴィクスは揺るがない。
「知っている。つい最近も、パルカという女から同じ事を言われた」
「ならば何故お前は覇道をゆく?」
ヴィクスはリルテスタを睨みつけ。
「シュシュの為、平和な世界を創る事が俺の役目だからだ!」
突如、ヴィクスは杖を下に強く突き刺すと、体から膨大な魔力を放出させた。
「【オールドサモン・ヘカトンケイル】!」
呪文を唱え、現れ出でる、百の腕を持つ巨大な影。
異様な姿をした三体の巨人が目の前に現れた。
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