55話 過去からの想い
パルカの屋敷に戻ると、早々にシュシュはその場を立ち去ろうとする。
「それでは僕はこの後事務仕事が残っているので失礼します」
まるでサラリーマンのような事を告げるシュシュに、コマチとメルは普段何をやってる人なのか疑問に思うが、パルカの知り合いという事もあり、おそらく自分達では理解出来ない事柄なのだと答えを出し、質問を押し留めた。
「あら、せっかくお茶菓子をご用意していたのですが、もう行かれるのですか?」
「お気持ちだけ頂きます。あまり長居すると、僕の知り合いに鉢合わせてしまいそうなので――」
と、そんな噂をした矢先だった。
「シュシュ? そなた…………シュシュではないか?」
タイミングが良いのか悪いのか、丁度竜人国から戻ってきたリルテスタに見つかり、シュシュは気まずそうな表情を浮かべ彼女に背を向けた。
そのシュシュの姿を見るや否や、リルテスタは子供のように駆け寄り、彼の背中に顔を埋める。
「リルテスタ様……」
「何故じゃ? 何故そなたがここにおるのじゃ? もっとよく顔を見せい!」
まるで子供のように抱き着くリルテスタに、困ったような表情を見せ。
しかし、もはやごまかしは利かないと思い、シュシュは彼女と向き合った。
「お久しぶりです、リルテスタ様。魔王なき今の世で、世界の秩序を守って下さっていると聞き及んでいます。……あなたには色々とご苦労をおかけして、申し訳ありません」
そんな謝罪を述べるシュシュに、リルテスタはブルブルと首を振る。
「そんなことはいい! どうしてお前が生きているのかと聞いておる。まさかお前もペストレシアの禁術で……」
と、そこまで言いかけたが、リルテスタはシュシュの不思議な気配を感じ取り、言葉を止めた。
彼から感じる気配は生者でもなく、また、アンデッドでもない。
パルカと似た、超常的な何かを感じたのだ。
「……シュシュ、お前は死んでおるのじゃな。【ネクロマンシー】ではない、真っ当な死で」
シュシュは静かに頷いた。
「肉体としては……あの頃に。ですが、僕の意思は今も存在し続けています。本来僕らが交わらない場所で、皆さんを見守っていますよ」
「そうか…………そうか、良かった」
シュシュの言葉に、リルテスタは安堵したように、瞳を潤ませた。
「……わしは、ずっとお前に謝りたかったのじゃ。王族、貴族を統率出来なかったのはわしのせいじゃ。そのせいで他でもないお前達が犠牲になった。お前も、アストも、ペストレシアも、ヴィクスも、そしてスティオラもな」
ぎゅっと握る手に、リルテスタの無念が伝わる。
「すまなかった……わしが奴らの暗躍に気づいておれば、お前も、お前の家族も、仲間も死なせる事はなかったのにのう……」
何世紀も生きた彼女にとって、人の争いは見慣れており、傷つく事にも耐性があった。
しかし、魔王討伐軍であったシュシュ達は、かつて戦闘技術を教えた愛弟子。
そんな彼らを失った過去は、彼女にとっても心に深い傷を負った。
それに加えて大監獄で再開した、闇に手を染めた二人。
アストとペストレシアとの戦いでも心の内では情があり、師としての責任があるとはいえ、自身が手にかけた事を人知れず悔やんでいた。
そして今度はヴィクスとも戦わなければならない。
あの時自分がもっと上手く立ち回れていれば……、彼女の内で、後悔が溢れるのだった。
そんな彼女に、シュシュは笑いかけるのだ。
「ありがとうございます。僕はあなたのおかげで剣を振る事が出来た。あなたのおかげで世界の脅威を取り除く事が出来た。あなたには感謝しかありませんよ」
そう言って、リルテスタの腕を優しく解いた。
「本来自分の世界の知り合いに干渉する事は禁じられています。なので、これが最後です」
やんわりと、リルテスタの元から離れるシュシュに。
「そうか……寂しいのう」
名残惜しくも彼女は受け入れ、シュシュを見送る。
「いつか生を終えて、意識が天に昇った時、きっと再び会えますよ」
「そうか、ならばだいぶ先の話になりそうじゃ。何せわしは不死身じゃからのう」
軽く笑いかけながら、手を振った。
そしてシュシュはコマチとメルに向け、最後の言葉を贈る。
「メルちゃん、コマチ君、君達ならきっと上手くいく。だって、君達は選ばれたんだから。運命じゃなく、あのヴィクスにね」
今は皆の敵であるはずのヴィクスを思い、シュシュは過去を思い出す。
『シュシュ、俺は君を信じる。君なら世界を救える』
衛兵になろうと生まれ育った村を出て、旅の途中で出会った一人の魔導士を。
自分を後押ししてくれた、表情に乏しい一人の親友を。
「僕は、君達を信じるよ」
運命よりもずっと強い一人の意思を受け継いで、今度は決戦に赴く二人に、活力湧く魔法の言葉を贈るのだった。
ご覧頂き有難うございます。




