53話 浄化の炎
森の中にある小さなコテージの前で、二人はそれぞれ切り株の上に腰を下ろす。
「んん~! これなんて果物? めっちゃ甘い!」
シュシュに差し出された『虹色のブドウ』のような果実を頬張り悦に浸る。
「『アンブロシア』。この世界の果実じゃないけど、移植してここで育てているそうだよ」
野球ボールサイズの粒をかじりながらシュシュの説明を聞くメルは、ふと疑問に思ったこの世界について尋ねてみた。
「そう言えば、この世界って他に人はいるの? 見た感じ無人島みたいだけど、海を渡れば別の島に行けるのかな?」
するとシュシュは首を横に振る。
「この世界に人はいないし、陸があるのはここだけだよ。海も沖まで行くことは出来ないし、空も見えない壁があって一定距離しか飛べない。そういう世界なんだ」
「それだけしか移動範囲がないなら、何の為にここは存在しているの?」
「そうだねぇ、主に修行の場とか、独りになりたい時の憩いの場で活用されているかな。あとはそう、パルカ様のように優れた人なら必要ないけど、世界を管理する仕事に就く人の練習場としても使われるかな」
続けてメルはシュシュに尋ねた。
「シュシュさん、一つ聞いていい? あなたは以前、ヴィクスと一緒に魔王を倒したんだよね?」
「そうだね、何十年も前だけど」
「向こうの世界であなたは死んだことになってるけど、実は生きていたってオチ?」
「いいや、僕は死んだよ。地上の生命として終わりを迎える事が『死』と呼ぶならね」
さらにメルは首を捻る。
「んん? ……精神体とか……幽霊的な? スピリチュアルな存在ってこと?」
「う~ん、なんて言えばいいのか……平たく言えば、神様の使いかな」
その答えにメルは「なるほど」と手を叩く。
「要するに天使ってことだね! ってことはパルカさんもそっち系なのか! だから二人とも世界を管理する仕事してるんだね!」
「いや、パルカ様はともかく……僕は末端の平社員だよ。給料もそこまで高くないしね」
メルの見解を否定し、妙にリアルな身の上を話すシュシュ。
そんな彼に「ええ~……」と軽く引いた声を出し、頭の中で思い描いた天使像が崩れるメルだった。
「あ〜ええっと、生まれ変わったと言うべきかな。人間から転生したんだよ。つまり天使とは違うね、だから落胆しなくていいよ」
簡潔に述べ、イマジンブレイクしたメルのフォローに回る。
そして話題を切り替えるように咳払いをし、シュシュは話を進めた。
「まあそういうわけで、僕はもう生まれ故郷には帰れないんだ。一度死んだ人間が再び同じ世界へ降りることは、輪廻転生の概念から逸れることになるからね」
そう言うと、シュシュはメルに深く頭を下げた。
「だからごめん、今回の争いの発端は僕が原因なのに、君達に押し付ける形になってしまった。本当は僕が止めなければいけないのに、この騒動に僕は直接関わることが出来ないんだ」
心からの謝罪を、目の前にいるメルに告げる。
「どうしてシュシュさんが謝るの?」
しかしメルはあまり気にしない様子でシュシュを見つめた。
「元を辿れば国の王様がシュシュさんやその仲間を襲撃したのが原因なんでしょ? それでシュシュさんの仲間が怒って、勢い余って世界を変えてしまおうとしてる。なら、その行き過ぎた復讐劇に待ったをかけるのは、残された人達の役目なんじゃないの? 細かいことはよく分からんけども」
あっけらかんとしたメルに、シュシュは一瞬呆ける。
「いや、でも君達はただ巻き込まれただけで……」
「世界全体の危機なんでしょ? 誰かがやらなきゃならんのでしょ? そこでアタシの力が役に立つってんなら、なんか優越感ほとばしりますけど? まさに主人公って感じで、アツい展開に胸を躍らせてますけど?」
軽い、あまりにも軽率な心持ちのメルに、シュシュは思わず笑った。
「何ワロてんすか。アタシなんかおかしいこと言った?」
「いや、ごめんね。こんなに呆気なく許してもらえると思わなかったからついね」
元よりシュシュは許してもらう気はなかった。自分のせいで巻き添えを食らった者に、せめて今だけは、いかなる謗りも受け入れようと決めていたのだ。
そんな彼だったが、メルの無垢な反応に拍子抜けすると同時に、彼女に心からの感謝を抱く。
「ありがとう。ヴィクスを止めに行くのが君で良かったよ」
彼女なら、復讐と理想の鬼に憑りつかれた彼を救ってくれるのではないかと、シュシュは思う。
そしてシュシュは立ち上がると。
「そろそろここに来た本当の目的を果たそう」
コテージから一本の剣を持って、再び砂浜へメルを誘導する。
木陰からメルを見守らせ、シュシュは自身の剣を抜いた。
「今から見せる剣技は、魔王を葬った、浄化の炎だよ」
そう言うと、シュシュは全身から膨大な魔力を湧き立たせる。
そして、剣先に紅玉の炎を纏わせた。
「よく見ておくんだよ。君ならきっと使いこなせるから」
大気が揺れ、熱で周囲の温度が上昇する、凝縮された炎の塊。
それを、シュシュは海に向かって解き放った。
「【フレア・アクシズ】」
振るった剣先から、直線状に熱光線が放たれる。
砂浜をえぐり、海を真っ二つに割り、その先の透明の壁で大爆発を巻き起こした。
「……すっご……一瞬で熱が放出された……」
強大なスキルを前に、唖然としながらシュシュを見つめるメル。
「魔力消費が激しいけど、威力は絶大だよ。使うタイミングを見極めるんだ」
息を切らしながら、スキルをコピーしたであろうメルに詳細を伝えるが、メルは微妙な反応を示す。
「でもこれ、今のアタシの魔力量じゃ使えない……」
絶大な力を誇るが故に、メルの体内にある魔力では到底足りないのだ。
しかしシュシュは「大丈夫」と自信を持って言う。
「使えるさ。足りないものは補えばいい、君にはその力がある」
そうシュシュは告げるが、精神論ではどうにもならない。
腑に落ちない気持ちを抱き、答えが分からず口ごもる。
そんな時、ふと、メルは思い立ったようにシュシュへある頼み事をした。
「ねえシュシュさん、まだ時間があるし、アタシからも一つお願いいいかな?」
そう言いながら、メルは自身の剣を引き抜いた。
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