43話 静かなる平原(ヴィクスサイド)
静かな風の音、生い茂る草花、煌々と輝く木漏れ日。
透き通った湖、悠々と泳ぐ魚、上流から聞こえる川のせせらぎ。
そんなのどかな風景がどこまでも続く。
ここはまだ、生まれたばかりの名もない世界だった。
「シュシュ、ようやく出来たよ。君が望んだ、平和な世界を」
そこで青年は一人瞳を閉じ、今は亡き友に向けて伝えた。
「これからこの世界に招く人間を選別するよ。優先するべきは貧困に苦しむ貧しい人達だ。あとは物作りに長けた技術者。生活を豊かにするには欠かせないからね」
まるでそこに友がいるかのように。
「……王族や貴族は除外しよう。地位の高い者が介入すると必ず争いが起きる。社会的弱者が苦しむ事になる。それだけはダメだ」
まるで自分を正当化するように。
「君は怒るだろうけど、君と、君の親しい者を殺めた彼らをどうしても許せないんだ。だから、こればかりは私情を挟ませてくれ」
生まれたての世界の空気を吸いながら、穏やかに青年は語る。
そこに、ゆっくりと青年の背後に近づく足音が聞こえた。
「先程から、どなたと話をされているのですか?」
姿のない友と語り合っていた青年は、突然の気配に驚き、声の主に振り返る。
「……誰だ? 一体どうやってここへ来れた?」
言いながらも、少し不満気に彼女を見る青年に対し、物腰柔らかにお辞儀をする。
「初めまして、私はパルカ、幾多の世界を管理する者です。アポイントを取らずに敷居をまたいだ事は深くお詫び申し上げます」
挨拶を済ませ、まずは謝罪を入れるパルカ。
「が、しかし、あなたのご一存でこのような世界を創られると私、非常に困るのです」
そして速やかに要件を伝えると。
「世界を管理する者? お前は神か何かか?」
「そこまで仰々しい者ではございませんが、ええ、近い存在ではあります」
すると青年は軽く息を吐き、パルカがここへ来た理由に納得した。
「なるほど、以前俺に力を与えた奴から聞いたことがある。何百とある世界を管理する者が別次元に存在すると……。お前がそうなんだな?」
青年の発言に眉をひそめ、何か思い当たるフシがある様子で見つめるパルカ。
しかし今は別件で足を運んでいる彼女は思考を一度中断し、話を変えて本題に入る。
「何十年も前から空間転移を繰り返し、本来人の手では行けないはずの世界を渡り続ける……あなたがヴィクスさんでお間違いないですね?」
「だとしたらなんだ? お前も俺の邪魔をするつもりか?」
対峙するパルカをヴィクスは激しく睨みつける。
「邪魔、と仰いますが、世界を渡る際は正規のルートを通らないと時空に歪みが生じます。それを修正する私の身にもなって頂けませんか? これでも結構大変なので」
パルカは溜息交じりにこれまでの愚痴を漏らす。
「なのにあなたときたら、魔法妨害無効化スキルを使い、私の時空障壁を掻い潜り、さらには人が持つには余りある世界の核、『アーティファクト』を各世界から奪ってしまいました」
それは途方もない禁忌、手を出してはいけないパンドラの箱。
「そしてとうとう、あなたは創ってしまったのです。神にしか許されない世界の創造を。…………おかげでようやくあなたに接触出来ましたが」
ヴィクスの行いは、もはや許されるものではないと、事の重大さを説く。
しかしヴィクスにとってはどうでもよかった。
「友と約束したんだ。皆が平等に生きる平和な世界を創ると」
「その為に、数えきれない程の生命を脅かす事になり得ますよ?」
「なら皆をここへ集めればいい。俺が創ったこの世界は未来永劫決して滅びる事のない世界なのだから」
ヴィクスは両手を掲げ広大な大地を仰ぎ見る。
「ここは様々な世界から集めた『アーティファクト』の力を使い大地を維持している。世界を生成する杖、無限のマナを蓄えた苗木、時を操る時計、あらゆる知識が記された石碑、俺がこれまで集めた『アーティファクト』があれば幾らでも世界を生み出せる。時空が歪むたびに世界を修復するくらいなら、新しく世界を創り直せばいいだろ」
ヴィクスは本気だった。本気で途方もない世界創造を構築しようとしていた。
「度を越えています。…………あなたは神にでもなるおつもりですか?」
「支配するつもりはないが、新しい世界に指導者が必要ならば神にでもなろう」
パルカは残念そうに肩を下した。
「壮大な計画を立てられた所申し上げにくいのですが、それはただの、事の先延ばしに過ぎません。何故ならあなたが世界から奪った『アーティファクト』自体不滅ではないのですから」
ヴィクスは黙って見つめていた。
「この世に完全なる無限は存在しないのです。始まりがあれば必ず終わりがある。だからこそ万物は尊いのです。……今ならまだ間に合います。この世界をゼロに戻して頂けませんか?」
しかしその言葉を聞いたヴィクスは急に眼の色が変わる。
「ここまで創った世界を消滅させろと言うのか?」
「あなたが創った世界は『アーティファクト』で作成したツギハギだらけの不格好な世界。これによって数百もの世界中に、時空の歪みが生じているのです。一刻も早く修正しなければ他の世界が消滅してしまうので、出来ればお早めにご決断して頂きたいのですが」
「断る!」
強く、否定した。
「それだけはダメだ。友との約束をすべてなかった事には出来ない」
「そうですか」
パルカはそれだけ言って、ヴィクスに背を向け歩き出す。
「私は世界に直接関与出来ない身ですから、私にあなたを止める術はありません」
ピタリと途中で立ち止まると、パルカの前に突如として何もない空間から扉が出現した。
そして彼女はドアノブに手をかけると、思い返したようにヴィクスに尋ねる。
「最後に一つだけ。先程仰っていた、あなたに力を与えた方のお名前をお伺いしても宜しいですか?」
ヴィクスは躊躇うことなくその名を口にした。
「…………イズリス」
するとパルカは瞳を閉じて、一人納得する。
「貴重な情報、感謝します。それでは私はこれで……」
静かに頭を下げながら、パルカは扉を潜って消えていった。
再び一人になったヴィクスは静かに、思いふける。
「俺は……間違ってなどいない」
そして、自分に言い聞かせるように呟いた。
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