4話 世界を管理する者
謎の青年が放った転移魔法により、二人は見知らぬ場所へ飛ばされた。
転移が初めての経験だった二人は、転移場所に着地したと同時に脳がグラグラ揺れる感覚に陥り、同時にその場に倒れる。
「いっつつ……メル、大丈夫か?」
「うぅ……なんか車酔いした気分……気持ちわる……」
後味悪くも無事に転送されたが、着いた先は薄暗い見知らぬ洋館、そのロビーにあたる場所だった。
全体的に木造の造りであり、下には赤いじゅうたんが敷かれ、異国の洒落た雰囲気を彷彿とさせる。
しかし視野を一周させて気になるのが、全方位にズラリと連なる無数の扉。
その不自然な間取りに、多少の不安を感じるコマチだった。
「ここ、どこなんだ? なあメル、ここって……メル?」
現在の状況をメルと考察しようと声をかけるコマチだが、メルはそれどころではない雰囲気で。
「メガネメガネ……」
倒れた拍子に落としたであろう眼鏡を手探りで探していた。
コマチはため息を吐きながら、近くに落ちていた眼鏡をメルにかけると。
「ありがとコマちゃん…………って、両方レンズ割れてんじゃねえか!」
メルは再起不能になった眼鏡を再び地面に叩き付けた。
「っていうかアタシの杖は?」
「あれ? そういえば見当たらないな」
さらにメル愛用の松葉杖が転送されていないトラブルが起きるという、前途多難なスタートを切った。
「え、どうすんのこれ、アタシこれから隣りにいるコマちゃんすらぼやけて見えるクソザコ視力でキョンシーばりの移動方法駆使しながらファンタジーしなきゃいけないの?」
「そもそもお前運動出来ないだろ? 荒々しい仕事は俺が担当するからお前は遠くから応援とかしてろよ」
「やだっ! アタシもゲームの主人公みたいに前線で戦いたいもん!」
「外にも出ない引きこもりが夢見んなよ!」
早くも雲行きのあやしい出だしで言い争いが始まるコマチとメル。
そんな中、二人の前にコツコツと、物静かに一つの足音が近づく。
人の気配に気付いた二人は同時に黙り込み、奥から聞こえる足音に視線を向けた。
「いらっしゃいませ。世界の管理所へようこそ」
現れたのは肩までかかるブロンズヘアーをなびかせ、黒いローブを身に纏った一人の女性だった。
「あ、すいません、ここの住人ですか?」
突然現れた女性に不法侵入者だと疑われないか心配したコマチは、物腰低めな対応でコンタクトをとる……が。
「初めまして! アタシは藤崎 愛瑠です。お姉さんがアタシ達を案内してくれる人ですか?」
「おい、いきなり失礼だぞ」
慎重派なコマチとは打って変わり、直球派なメルは段階を踏まず核心に迫る。
すると女性は優し気に微笑み、落ち着いた対応で二人にお辞儀をした。
「私はパルカ・ウルスラグナ。この屋敷の管理者でございます。どうぞお見知りおきを」
畏まった言葉遣いで、パルカは説明を続ける。
「さて、此度の空間転移でございますが、正式な手順ではない方法でいらしたのでこちらで遮断させて頂きました。よって、あなた方の向かう予定だった場所を強制的にこちらへ変更しましたので、どうかご理解頂きますようお願い致します」
「えっ、ここが目的地じゃないの?」
と、パルカの言葉に疑問を持つコマチ。
「あの、俺達ある人に頼まれてワープさせられたんですが……」
コマチの問いに「ふむ」と考える素振りを見せると。
「詳しくお聞かせ下さい」
彼女は近くのテーブルに招き、コマチに詳細を求めた。
そして二人は自己紹介を済ませ、ここに来た経緯を簡単に説明すると、
「成程、それでヴィクスなる魔導士がいる世界へ行き、アーティファクトの回収をしに転移魔法でここまで来たと……」
理解が早く、パルカは二人の現状を把握した。
「それは確かに、世界を管理する私としても見過ごせない状況です。では、私もお二人のバックアップをさせて頂きましょう。まずはこちらへ」
と言い、パルカはロビーに程近い106と書かれた扉の前へ案内した。
「この扉の向こうがお二人の行き先である世界でございます。そして二階にございます205号室があなた方の世界。お帰りの際はそちらへ」
世界は番号で括られているらしいと、コマチは複雑な気持ちになった。
「さて、あなた方が向かう場所ですが、この世界はお二人のいた世界とは違い、魔力の源、マナが存在します。そのマナを使い、様々な種族が魔法や神聖術等を学んで生活に役立てています」
「えっ! 魔法が使えるの? アタシにも使える?」
パルカの説明を受け、メルは魔法という単語に大いに食い付く。
「はい。ですが一から覚えるとなると早くても数年はかかります。そして見たところ、あなた方はあまり戦闘経験がないのでは?」
しかし興奮するメルを、パルカは気まずそうに苦笑いを浮かべて現実の厳しさを伝える。
「ん~でもゲームでは基本アタシ最強だったし、ノウハウがあればワンチャンいけると思ってます」
「お前の引きこもりゲームライフをノウハウとは言わねえよ?」
俄然前向きなメルに水を差すコマチ。そんな二人を見ながらパルカは話しを進めた。
「では僭越ながら、私がお二人の潜在能力を引き出し、その能力に見合う専門分野に特化した職業の知識と技術を授けましょう」
唐突なステータスアップイベントに、メルは目の色が変わる。
「マジで? ってことはアタシでもいきなり魔法が使えたり剣を振るだけで周りの建造物を一刀両断出来たりするってこと?」
「メルさんに魔術や剣術の素質があればの話ですが」
「いやったあああ! これって異世界チートフラグだよねコマちゃん? 俺TUEEE系の最強主人公になるパターンだよね?」
と、昨今のライトノベル小説による、主人公が圧倒的に強い設定であらゆる敵キャラが咬ませ犬と化す無敵な状況に憧れていたメルは、胸を躍らせ目を輝かせながらパルカを見つめた。
そんなメルに軽く微笑みを浮かべながら。
「それでは早速、お二人の能力を引き出して参りましょう。少しばかり気分が悪くなる可能性がありますが耐えて下さいね」
そう言って二人の前に立ち、いつの間にやら手に持っていた分厚い本を開き、詠唱を始める。
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