39話 最強の師
唖然とするコマチとメヴィカ。
それとは逆に、アストとペストレシアは複雑な表情を浮かべた。
「リルテスタ様……」
そう呟きながら、ペストレシアは持っていた杖を強く握る。
「ペストレシア、それからアストよ。お主らには昔稽古をつけてやった事があったな。ひよっこだった小僧小娘が成長してゆく様はわしとしても嬉しく思っとったわい」
リルテスタは過去を振り返るように二人に囁く。だが――。
「じゃが、いくら愛弟子とて、我が友に傷を付けた事は決して許さん。ましてや闇市の傭兵に手を染めた愚か者を咎めぬ程、わしは寛容ではないのでな!」
突如急変した態度に、アストとペストレシアは凍り付く威圧感に身じろいだ。
そして再びコマチとメヴィカに向けて。
「二人共、ラジエを救ってくれた事、感謝するぞ。後はわしに任せろ。こやつらに仕置きをくれてやるわい」
二人に礼を言うと、かつての弟子二人を睨み付ける。
それはリルテスタが魔物を狩る時に見せる殺気。
アストは跳躍してペストレシアの元へ来ると、二人は同時に武器を構えた。
「面白い展開だが、さすがに俺一人じゃ勝てねえ。ペストレシア、俺を援護しろ」
「当然ね。今ここで朽ちるわけにはいかないもの」
ペストレシアはアストに付与魔法を唱える。
「【エンハンス・ダークエレメント】【アビリティ・リベレーション】【ダメージプロテクト】」
闇魔法向上、能力解放、ダメージ軽減など、次々とアストに支援してゆく。
「行くぜ、ババア!」
多重に付与魔法がかかったアストは、リルテスタに向けて両手剣を力の限り振り斬る。
「【アビス・エクスキューション】!」
ラジエを追い詰めた飛ぶ斬撃をリルテスタに浴びせる――直前。
「【アクア・カルテット】」
リルテスタが水魔法を唱えると、彼女の周囲から四つの水の球体が現れ、アストの斬撃に向けて、岩をも砕くレーザーの如き水圧をそれぞれの球体から放った。
魔法で強化されたアストの斬撃も、リルテスタの魔法の前では砕ける岩と同じ。
一瞬で斬撃は弾かれ、なおも水圧の勢いは止まずアスト目がけて向かい来る。
「化け物がっっ!」
間一髪避けたものの、アストの片腕は跡形もなく消滅。両手剣が地面に落ち、鈍い旋律が鳴り響く。
「……おいおい、ただの水魔法でこの威力かよ。利き腕持ってかれたじゃねえか」
苦笑しながらアストはなくなった腕を押さえる。
その直後。
「【ミリアド・デモンズラッシュ】」
リルテスタの一瞬の隙を狙い、ペストレシアが上位召喚魔法を唱えた。
四方八方を塞ぐように辺りから無数の黒い空間が現れ、それぞれの空間から巨大な化け物の腕が飛び出し、規則性のないタイミングでリルテスタを連続で殴りつける。
それを見たコマチは術者であるペストレシアを攻撃しようと彼女に斬りかかるが。
「させねえよ」
突如丸腰で立ちはだかるアストによって斬撃を受け止められた。
神聖の刃で刺された箇所に激痛が走るアストだが、歯を食いしばり、コマチを足蹴にして後退させる。
「部外者がこれ以上邪魔するんじゃねえ。お前の行動一つで世界の命運が変わるんだよ」
「あ? 奴隷を商売にしてる奴らがずいぶんスケールのデカい事抜かすじゃねえか」
アストに蹴られ尻餅をつきながらも、コマチはアストを睨み煽り立てる。
「奴隷自体は興味ない。ここには貴重な魔道具が出回るからな。俺達はそれを集めている」
「その為に何人犠牲にするつもりだてめえ!」
「それはここを仕切っている道化士に聞くんだな。……ん?」
話の途中、幾度となくリルテスタを殴りつけていた悪魔の腕が突如として消滅した。
「この程度か? ペストレシア」
よく見ればリルテスタの周りには魔物の腕の残骸が散らばっている。
「水の刃を纏ったわしに触れれば大抵こうなる」
リルテスタを覆うように、水流が体中を駆け巡る。
だが、ペストレシアはその間にも新たな詠唱をしていた。
「さすがですね。……けどいくら頑丈でも、即死魔法は防げないでしょう?」
召喚した魔物の腕でリルテスタを倒せるとは思っていない。
だからこその時間稼ぎ。本命の術をかける為の囮だった。
「【ネクロ・ディノオルコ】」
ペストレシアがそう言い放つと、途端、リルテスタの体から青白い気体のようなものが溢れ出し、その体は不動の機械のようにその場に倒れた。
「あなたを相手にするには、正攻法じゃ勝ち目はありませんから。では、今度は私の操り人形になってもらいますね」
勝ちを確信したペストレシアは不敵な笑みを浮かべ、呪文を唱える。
「【ソウル・パペット】」
それは相手の魂を操る『ネクロマンサー』の呪術。
即死魔法と霊魂操作の合わせ技こそがペストレシアの得意とする戦術であった。
術にかかったリルテスタは虚ろな目をしながら静かに立ち上がり、ペストレシアの元へ歩き出す。
「さて、リルテスタ様、これから残りの方々を一人残らず始末して――」
しかし、術にかかったはずのリルテスタは突如、ペストレシアに向かって懐に潜り、強烈なボディーブローを打ち込んだ。
「がはっ! ……っ?」
何が起きたのか分からず、ペストレシアはその場に崩れ落ちる。
「浄化の魔法を拳に込めた。アンデッドの体には効くじゃろう?」
霊魂操作は確実にかかった。にもかかわらず何故命令を無視して術者である自分を攻撃したのか。理解が追い付かず、地面を這いながらリルテスタを見上げる。
「……どうして、即死魔法を受けたはずなのに……」
「ん? ……ああ。わしも幼少期に禁術に手を出した事があってな」
あまり言いたくない様子で、彼女はペストレシアに説明する。
「呪いの一種でな。何をしても死ねない体なんじゃよわしは。不老不死というやつじゃ」
「そんな……そんな術があるなんて……」
「古代の禁術じゃからな。お前が知らぬのも無理ない。おかげでわしは未だ幼き姿のままじゃがな」
それを聞いたペストレシアは力が抜けたように地面に突っ伏した。
「そう……私達じゃ、どうやってもあなたには勝てないようね」
彼女から、戦意が完全に消えた。
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