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3話 謎の青年と異世界転移


 コマチとさほど歳が変わらない外見の、白いローブを羽織った白髪の青年。

 突然二人の前に現れた青年に、無言で見つめるコマチとメル。

 そんな二人に構わず青年は話を続けた。


「あれは自分で世界を創造したいと願った、傲慢な魔導士が仕向けたものだ。この世界の、この町にあるアーティファクトを手に入れる為にね」


 青年はゆっくりと時計塔へ向かう巨人を見据えながら二人に忠告する。


「だけどアーティファクトは強力な魔力でこの町に深く根付いている。あれを回収する為には時計塔周辺の建造物を破壊しなければいけない。だからあれは意味もなく暴れているわけじゃないんだ」


 妙に詳しく説明する青年にコマチは問う。


「なあ、あんた一体誰なんだ? それにアーティファクトって……」


 青年は俯きながら。


「……俺はただの愚者だ」


 と、コマチに告げる。

 そうこうしているうちに、縦横無尽に暴れていた巨人はやがて時計塔を瓦礫の山に変え、それと同時にピタリと動きを止めた。


「どうやら目的を達成したようだ。もうこれ以上被害が増える事はない」


 青年は落ち着いた様子で展開していた透明の盾を解除する。

 そして、しばらくすると町を蹂躙していた巨体は眩い光を放ち……跡形もなく消えて行った。


「いなくなった……のか?」


 ポカンとした表情を浮かべながら、コマチは呟くと。


「ああ、アーティファクトを回収したからな。もはやこの世界に用はないだろう」


 淡々と青年はコマチに返答し、続けて彼は言う。


「……これからの事だが、君達にはある事を頼みたい」


「ある事って?」


 命を助けた代償か……と、コマチはそんな事を思い、恐る恐る尋ねた。


 すると青年は、コマチの想像よりもはるかに上の答えを提示する。


「こことは別の世界に、ヴィクスという魔導士がいる。……君達はそこへ行き、この世界にあった時を操作するアーティファクトを取り返して来てほしい」


「……はっ?」


 突然の言葉にコマチは戸惑いながら。


「何言ってんの急に……そもそも何を思って一般人の俺達にぶっ飛んだ事頼んでんの?」


 そんなあからさまな否定で返す。


「君達以外に頼む人間がいないからだよ」


「いるだろもっと! 警察とか、あと自衛隊とか……いるだろもっと屈強な方々!」


 咄嗟に思いついた人々を守る系の職種を並べてみたコマチだが、彼自身、人間がどうこう出来る現状じゃない事は分かっていた。


「他の人間じゃ無理だからこうして頼んでいるんだが?」


「俺達じゃもっと無理だって言ってんだよ!」


 青年の根拠のない信頼に是が非でも断ろうと否定を繰り返すが。


「俺も聞いた話だが、アーティファクトを失った世界は徐々に衰退し、いずれ消滅してしまうらしい。君達の町も知り合いも、何十年かすると消えてなくなってしまうんだ」


 未だ現実味のない話に半信半疑で耳に入れ。

 そして何より、何故自分達なのか疑問に思うコマチ。

 だが、真っ直ぐ見つめてくる青年に委縮し、コマチは口ごもる。


 そんな二人の会話を無気力のまま聞いていたメルは、倒れたまま完全に脱力しきった表情で。


「なんでもいいよ、もう……アタシの家も、家族もいなくなったし、どうせ逃げられないならこのまま死にたい」


 かすれた声で諦めの言葉を吐いた。

 淀み切った彼女の瞳には、虚空しか映らない。


 そんなメルの様子を見て、青年はメルの両手を掴み、そのまま体勢を起こす。


「俺もこんな事を頼むのは心苦しい。だけど、君じゃなきゃダメなんだ。君達にしか出来ない事なんだ。だから、頼む」


 青年はその場で頭を下げ切に願う。

 執拗に近づく青年に疑念を持ったコマチは、メルを引きはがし距離を取る。


「悪いけど、こいつを危ない目に合わせたくない。他を当たってくれ」


 助けてもらった恩はあれど、見ず知らずの人間に、理解し難い頼みを聞き入れる程の余裕はコマチになかった。


「大体、あんたにメルの何が分かるんだ。俺もメルも家族を失ったばかりなんだ。なのに感傷に浸る間もなくあの化け物を相手にしなくちゃいけないのかよ? そもそもあんたは何者なん――」


 そこまで言うと、メルはコマチの袖を掴み、何も言うなと言わんばかりにコマチを黙らせた。

 そのまま片足で立つと、メルは青年に切願するように尋ねる。


「教えて。この町はもう元に戻らないの?」


 青年は立ち上がり、微かに笑った。


「戻るよ。その為に俺が来た」


 青年はメルを見つめると。


「今から時流を逆行する」


 両手を掲げて呪文を唱える。


「【タイムリウィンド】」


 その直後、大気が揺れ、それと同時にコマチとメルの視覚ではテレビの画面が巻き戻されているような情景が映る。





 気が付くと、先程壊れた建物が元通りとなり、二人の普段見慣れた光景が広がっていた。


 数分前まで謎の巨人の襲撃により、訳も分からず逃げ惑っていた町の人々は、何事もなかったかのように休日の日常を過ごしていた。


 最も危惧していた二人の家周辺もきれいに修復され、まるで夢でも見ているようだと驚きながらも、コマチとメルは安堵する。


「ねえ、あなた今何をしたの?」


 元の日常に戻り、落ち着きを取り戻したメルは青年に尋ねた。


「この世界にはない力、マナを燃料にして放出する、魔法というものだ。それで時を少しだけ戻した」


「魔法……!」


 メルは嬉々として青年を見つめる。

 幼い頃から漫画やゲームが好きなメルは、『いつか自分も特殊な能力が使えたら』という夢のような願望を抱いていた。


 そしてそれが実在したとなれば、込み上げる感情もひとしおである。


「だが、ゴーレムに奪われたアーティファクトだけは元には戻らない。見ろ」


 二人は坂の下、時計塔があった場所を見れば、そこにはクレーターが出来たような穴があり、それ以外は何もない。

 突然の事に町の人間も騒然としていた。


「時計塔が……キレイになくなってる?」


 呟くメルに青年は答える。


「あれは元々この世界を支えていた神の遺物だ。世界が生まれた時からずっと、周囲に溶け込むように姿形を変えて……。世界を変えてしまえる程の強力な代物は、人間一人の魔法などでは元には戻せないんだ」


 先程の青年の超常的な力を目の当たりにしなければ、『魔法』という単語は何かのゲームの話だと思った事だろう。


 しかし実際にそれを見せつけられた二人は否が応にも信じざるを得なくなった。

 メルは青年に尋ねる。


「それで、さっきの話だけど、アタシはどうやって異世界に行けばいいの?」


「えっ……お前、ちょっ……」


 急に乗り気になったメルにコマチは動揺した。


「何急にやる気出してんの? さっきの絶望的な光景目の当たりにしてやる気出すとか、お前どんだけ主人公気質だよ!」


「コマちゃんはどうする?」


「えっ……?」


 必死で止めようとしたコマチだが、不意打ちで投げ掛けられた問いに一瞬戸惑う。


「危なそうだし無理強いはしないからさ、もし行かないならアタシの家族に伝えといて。しばらく旅行に行って来るって」


「軽いよ……。何なのお前のその決断力」


 見ず知らずの男に乗せられてホイホイついて行く幼馴染が心配でしょうがないコマチだが、メルのブレない決心に当てられ、もはや止める事は出来ないと悟った。


「どうする? 優柔不断だとラノベの主人公になれないよ?」


「別になりたいとも思わないがっ!」


 項垂れ頭をワシャワシャ掻きながら、ヤケクソ気味にコマチも決意を固めた。


「行くよ、俺も。見知らぬ場所にお前を一人で行かせる訳にはいかないし」


「え、それは寂しいってことですか? コマちゃんにもツンデレ属性が付いてたの?」


「そういうのじゃねえよ」


 と、二人が戯れている所で、


「話は纏まったなら、説明を続けてもいいか?」


 と、平淡な口調で青年は続ける。


「時間がないから手短に言うぞ。今から俺が空間転移の魔法で二人をある場所に飛ばす。そこで幾多の世界を管理している者に事情を説明するんだ」


「すげえザックリした道しるべ……」


 淡々と説明する青年に不満を漏らすコマチ。


「時間がないって言っただろ。大丈夫、彼女が色々助けになってくれるはずだ」


 尚も変わらぬ口調で、青年はコマチに返答する。


「それじゃ、今から転送するぞ」


 そして青年は、持っていた杖を強く握り集中する。

 すると、青年の体から青白いオーラのようなものが湧き、同時に、コマチとメルの周囲も突然青白く光り出した。

 青年は最後に告げる。


「そろそろ時間だ。……ヴィクスに会ったら、己の過ちを正してくれ」


 微かに笑う青年の目は、メルを一点に見つめていた。

 そして二人は粒子となって消えゆく、その刹那。


「お兄さん、あなたの名前は――」


 最後にかけたメルの声は届かず、二人はそのまま世界から消失した。









 二人が旅立った後、青年は一人呟く。


「シュシュ、俺はきっと君の元へは行けないのだろう……」


 かつての仲間であり、かけがえのない友人に向けて。


「君が救った世界で、君が叶えたかった願いを……俺はとうとう叶える事は出来なかった」


 人知れず、その場にいない彼に謝罪を込めた道のりを語る。


「だからシュシュ、君の願いは俺の罪と一緒に、この世界の二人に託したよ。彼らならきっと……俺が辿り着けなかった未来へ行ける気がするんだ」


 それだけ言うと、青年は一人、あてもなく町の中へと消えて行った。





ご覧頂き有難うございます。

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