26話 アスト再び
ラジエの一撃によって、四枚の岩盤を突き抜ける。
しかし大幅にショートカットは出来たものの、これ程の大事に、中にいる警備の者が黙っている訳はなかった。
「ワイバーンが逃げ出したぞ!」
「上に乗ってる奴らが解き放ったのか?」
辺りは大騒ぎ。それもそのはず、いきなり天井が抜け落ち、巨大なドラゴンが目の前に現れたのだから。
逃げ出す者や武器を構える者、腰を抜かして立ち上がれず、祈りを捧げて神に懇願する者などで騒然とする施設内。
警備の者が取り押さえようと何度も麻酔矢を放つが、ラジエの前ではまるで歯が立たない。
構わずラジエは尻尾で辺りを破壊し、翼撃による風圧で向かってくる敵を吹き飛ばす。
「お前無茶苦茶やるな~……」
上に乗っているコマチは若干引いた様子でラジエに振り落とされないようしっかりとつかまる。
『脅しじゃよ。これくらい派手にやったほうが向こうも抵抗する気を無くすじゃろ』
意気揚々としながら、なおもラジエは暴れ回る。
と、その時だった。
「【アビス・エクスキューション】」
静かな声と共に、ドス黒く禍々しい巨大な刃がラジエの首元目掛けて飛んできた。
『【フルプロテクト】』
寸前の所で、ラジエは周囲に透明な壁を作る魔法を唱え、その斬撃に備える。
だが、それでも斬撃の威力は相殺出来ず、ラジエの作った壁は容易く打ち破られ、余力を残した斬撃は竜の皮膚に傷を付け、受け身を取るように後退した。
「硬えな、野良のドラゴンなら今の一撃で両断出来たんだが……魔法も使えるドラゴンってちょっとズルくねえか?」
禍々しい斬撃を放った男は愚痴を漏らしながらも、実際強敵を前にして面白がっていた。
奥からゆっくりと近づく剣士風の男。その姿を見たコマチは無意識に戦慄する。
「お前は……」
か細い声で放つコマチの声に、男は軽く溜息を吐きながら睨み付ける。
「あ? なんでまたお前がここにいるんだよ。二度と足を突っ込むなと忠告したのを忘れたか?」
完膚なきまでにコマチに泥を塗った男、アストが目の前に立っていた。
トラウマを思い出したコマチは、突き刺すように睨むアストの鋭い眼光に声も出ず、身震いが止まらない。
止まらないが、それでもアストに向け弓を構え、戦闘態勢をとるコマチ。
「おい、正気か? ドラゴンを使役して強気になったのかよ。見たところ手先が震えて標準が合ってないみたいだが?」
アストの目は正しかった。実際恐怖心で全く狙いが定まらない。
しかしコマチ自身、それを許したくなかった。
自分が弱かったせいでメルを守れなかった。目の前の強者に全く歯が立たなかった。
自分のせいで、自分のせいで……。そんな思いが頭を支配する。
「逃げねえよ! もうたくさんだ!」
コマチは恐怖心を振り切り、力の限り弓を引き、矢を放つ。
当然、アストにその矢は通らず、両手剣で軽く弾かれる。
「あの時もそうだったが、お前、どうして急所を狙わない? 眉間や心臓を狙えば一発で致命傷になるはずが、毎度毎度狙うのは手や足ばかり。ナメてるのか?」
中途半端な攻撃に、アストは苛立ちを見せる。
「ここまで侵入してきて、これ程騒ぎを拡大させて、誰も殺さず無事に帰れると思ってるわけじゃねえよな? 臆病者」
図星だった。
ここに来る途中、何十という数のガルムを仕留めてきたコマチ。
しかしそれは魔物という概念があったからこそ割り切れた。
同じ言語を交わす知的生命体を殺める事に関しては極めて消極的になるのだ。
戦争など経験した事のない平和な環境で、飢餓に苦しむような空腹に苛まれた事もなく、学校に行くのが面倒だと、軽く愚痴を漏らす程度の平凡な学生だったコマチにとって、この世界はあまりにも残酷だった。
アストと対峙する度に思う。ここはゲームではなく、現実の世界だと。
たとえ身体能力を強化しても、心は変わらないのだから。
「これだけ暴れたんだ、もはや生かす選択はしねえよ。せいぜいそのドラゴンに守ってもらうんだなあああ!」
アストは再び飛ぶ斬撃を放ち、ラジエは【フルプロテクト】で守りを固めるが、やはりアストの威力が上であり、透明な壁を突き抜けラジエの左翼を貫通させる。
『ぐ、むう……』
辛うじて左腕の切断は免れたが、翼を切られたラジエはその場で膝をついた。
「その翼じゃもう飛べねえだろ? 上に逃げられると面倒なんでな」
アストは不敵な笑みを浮かべながら剣を構える。
このまま背中に乗せた二人を庇いながら戦うのは分が悪いと判断したラジエは、両の翼を思い切り羽ばたかせ、その反動で二人を振り落とした。
「痛っ! ラジエさん、急に何を?」
急に地面に落とされ困惑するメヴィカ。
『そなたらでは足手まといになるのでな。今すぐここから逃げよ』
冷たく言い放つラジエだが、自分達を守る為に言っているのだと理解したメヴィカは未だ倒れたままのコマチを引っ張り上げ、扉の前まで走る。
「おいおい、逃げられるわけねえだろ」
アストは二人に標準を合わせ、先程の飛ぶ斬撃を喰らわそうと構えるが。
『やらせぬわ』
ラジエは口から高熱の火炎を放ち、アストを後退させる。
その際メヴィカと目が合い、ラジエは「さっさと行け」と目で訴えた。
「コマチさん、さあ早く!」
「ダメだ、ここで逃げたら、ラジエがやられる」
「どのみち私達がいては邪魔になるだけですよ」
一歩も動こうとしないコマチの腕を掴み、必死で出口まで向かおうとするが、しかしその先に新たな刺客が現れる。
「逃がさないわよ、侵入者さん」
黒装束を纏い、妖艶な笑みを浮かべる女性が立ちはだかった。
「【エヴィル・グラトニー】」
杖を構えた女性が呪文を唱えると、突如杖の先端から黒い気体が出現し、それは巨大な化け物のような形となり、大口を開けて二人に襲い掛かる。
咄嗟にコマチはメヴィカを抱えながら地面にダイブし、それを躱した。
標準から外れた黒い化け物は大蛇のように杖からグングン伸びてゆき、アストの方角へ向かっていく。
「ったく、あの馬鹿」
ラジエと戦闘中だったアストは、途中で介入してきた女性の魔法に舌打ちをし、その黒い気体を両断した。
「おいペストレシア、俺の邪魔をするんじゃねえよ!」
「あら、ごめんなさい。この子達に避けられると思ってなかったの」
「ったく、なんでお前はいつも周りを見ねえんだよ」
「見てるわよ。あなたなら凌げると思ったから術を解かなかっただけ」
再びアストは舌打ちをして、ラジエとの戦闘を再開する。
「さて、それじゃあ私達も始めましょうか。もっとも、私は向こうにいるアストと違って戦闘を楽しむタイプじゃないから、早々に終わらせるわね」
そしてペストレシアと呼ばれた女性も自身の魔力を増大させ、周囲に禍々しく光る黒いオーラのようなものを発生させた。
その気配で、この女もアストと同等の力を持っているとコマチは分析する。
「メヴィカ、下がれ」
圧倒的な力が同じフロアに二つ。
この二人とまともに戦えるのはラジエだけ。
そしてラジエがアストと戦っている以上、自分が目の前の女の相手をしなければならない。
力量の差は歴然。
それでも戦わなければならない。自分が戦わなければメヴィカ共々殺されるのだから。
コマチは大きく息を吸い込み、己に言い聞かせるように叫ぶ。
「やらなきゃならないなら、やるしかねえ!」
覚悟を決めたコマチは『ガントレットボウガン』を構え、ペストレシアに狙いを定めた。
この後二人は窮地を越えて、メルとスティオラの元まで辿り着くことが出来るのか。
しかし、収監組のほうも黙って捕まっているわけではなかった。
話は少しばかり遡る……。
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