19話 夢の中で
深い眠りの中で、コマチは夢を見ていた。
久しぶりの、思い出したくない夢を。
それはまだコマチが十歳になる頃。
雨上がりの学校の帰り道。
幼馴染とゲームの話題で盛り上がる中、交差点である事件が起きる。
コマチは幼馴染との会話に夢中になり、周りが見えていなかった。
前方の交差点はたしかに青信号……しかし。
車道を走る一台の車はそのまま突っ切ろうと横からスピードを上げ。
それに気づかず車がコマチの方向へ迫る時。
「コマちゃん! 危ない!」
咄嗟に、一早く気づいた幼馴染はコマチの背中をドンと押し、幼馴染はコマチの代わりに跳ね飛ばされた。
その光景が今でも、コマチの胸を強く締め付ける。
何故跳ねられたのが自分ではなく、あいつなのか。
自分の不注意が招いた事なのに。あいつは何も悪くないのに。
ごめんなさい、ごめんなさい、と。
何十回と何百回と何千回と頭を垂れて。
内でも外でも幾度となく謝罪をするが、それでも決して消えない事実。
朝起きたら、あれは夢であってほしいと毎日願い。
しかし学校へ行くたび家を出ると、いつも外にメルがいて。
松葉杖を支えにしながら、変わらぬ笑顔で「おはよう」と。
その姿を見る度に、後ろめたさから涙が出そうになった。
そんな、受け入れたくない現実が今も後悔として残り続けている。
目が覚めると、コマチはベッドの上に寝ていた。
薬品の匂いが漂う見慣れない部屋。未だ痛む傷口を押さえながら上体を起こすと。
「……傷が」
斬られた箇所が包帯で巻かれている事に気づく。
と、そんな時、部屋の外から二回程ノックする音が聞こえ、そっとメヴィカが現れた。
「あ、良かった、気がついたんですね」
彼女はホッと肩を撫で下ろし、コマチにニッコリ笑いかける。
「……これ、君が?」
コマチは自分の手当を受けた場所をさすりながら言った。
「ああ、ええ。あのまま倒れていたら出血多量で死んでいましたから。丸一日も寝たきりだったので少し心配していましたけど……」
と言いながらメヴィカはベッドにちょこんと座ると、今一度コマチの身体に異常がないか肌で確認する。
「うん、傷口は塞がっていますし、もう大丈夫そうですね」
「……ありがとう」
微笑を浮かべながら、メヴィカはふと、思い出したようにコマチに問いかける。
「そう言えばまだあなたの名前を聞いてなかったです」
が、コマチにとってはあまり好きじゃない質問の一つだった。
「……滝波」
「タキナミさん。珍しい名前ですね。それってファミリーネームですか?」
「下の名前は……小町」
「コマチさんですね。ではこれからコマチさんと呼びます。コマチさんはどこ出身なんですか?」
コマチは自分の名前が嫌いだった。
「あまり連呼しないでくれ。女っぽい名前で好きじゃないんだよ」
「そうですか? 私は良く分かりませんけど」
国も世界も違う為、コマチが何に嫌がっているのか理解出来ないメヴィカ。
気にせずメヴィカは自前の胸部が当たるくらいコマチに近寄り質問責めにする。
「それでご出身は? その黒い髪の色から察するに東方の国ですよね? どうやって来たんですか? 職業は? それから……なんで私の家の、それもお風呂を覗こうとしたのか理由も聞きたかったんです」
ズイっと迫るメヴィカの顔に、コマチは苦笑いを浮かべながら目を背ける。
「あ~その、メヴィカ、出身は……こことは別の世界からだよ。君と同じで」
「えっ!」
コマチの言葉に目を大きく開き、何故知っているのだと言わんばかりに盛大に驚く。
「まさか……あなたも?」
そして、コマチは彼女にこれまでの経緯を説明し誤解を解いた。
「なるほど、パルカさんの部屋から……にしてもタイミング最悪過ぎません?」
「それは俺も思ったけどさ……」
しかし、起きてしまった過去は中々拭い去れない二人。
「それで、パルカさんから預かったという書物はどこにあるんですか?」
恥ずかしくなってきたメヴィカは話を変えるべく、コマチにレシピ本の在処を尋ねる。
「ああ、それなら俺の荷物に一緒に入っているよ」
と言って、メヴィカに自分のバックパックを持ってきてもらい、中身を漁るが。
「えっ……あれ? これって……」
取り出したのはメルの下着。
コマチとメルの役割分担として、冒険に関わる重要なアイテムはコマチが管理する事になっていた。
しかし、二人は宿を出る時にお互い荷物を間違えて持ってきてしまったのだ。
その為、中身は女性物のインナーと、その他冒険にはあまり役に立たない日用品ばかりが入っていた。
「あの、それ、女の子が穿く用の下着ですよね? コマチさん……やっぱりあなた」
「違うよ! 荷物を間違えただけだ!」
コマチは引いた目で見るメヴィカに必死で弁解した。
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