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18話 無力な自分


 倒れるコマチの頭を踏み付けながら、アストは伝記を語るように、過去を話す。


「昔な、魔王を倒して世界を救った奴がいたんだよ」


 懐かしむように、そして、後悔するように。


「そいつは女みたいに華奢なくせに、正義感は人一倍ある奴だった。そいつは皆に希望を与え、皆から慕われ、ゆくゆくは英雄として後世に語り継がれる……はずだった」


 意識が朦朧とする中、身動きの取れないコマチはその話に耳を傾ける。


「だがな、それを良く思わない一国の王がいたんだ。王はそいつを労うと言って自分の城に招き入れ、そして、毒入りの杯で水を飲ませ殺害した」


「……さっきから、なんの話を……」


「黙って聞け。そいつを殺した王は、自分の側近である一人の貴族に代役として振る舞うように言った。……世界中で語り継がれる英雄は、実際魔王と戦ってもいないクソ貴族を祀り立て、偽りの勇者が平和の象徴として今もこの世に広まっている」


 話しているうちに、アストは再び感情が沸き上がる。


「何故王はあいつじゃなく、どこぞの貴族に名誉を与えたか分かるか?」


 そしてアストはコマチの頭を力一杯踏み潰し。



「あいつが平民だったからだよっ!」



 コマチの頭はそのまま地面に叩きつけられた。


「誰よりも努力家で、誰よりも優しかったあいつが、くだらないヒエラルキーの所為で犠牲になったんだ。この国の、先代の王によってな」


 アストは恨んでいた。

 この国を。貴族を。世界を。


「だから俺は先代の王を殺してやったんだ。今の若い奴らは知らないだろうが、王と、勝手に英雄になった貴族の首を謁見の間に飾ってやったのさ。あいつらが犯した罪を、末代まで忘れさせない為にな」


 一通り話し終えたアストは、コマチの頭から足を引く。


「俺がそこの奴隷商人に加担している理由は、いずれこの世界を変える為だ。そいつが取り仕切っている闇市では、世界中の魔道具が出回るからな。物資の調達には困らない」


 もはや返事を返す気力もないコマチを他所に、なおもアストは呟くように続ける。


「俺はどれだけ自分の手を汚そうと構わない。地獄に堕ちようが興味ない。最終的にヴィクスとシュシュが目指す世界に変えられるなら、幾らでもこの命をくれてやる」


(ヴィクス……? こいつ、今……)


 と、頭の中でぼんやりアストの言葉を掘り返すが、聞き返す力はなかった。


「…………まあ、表社会で生きているお前にはなんの事か分からなかっただろう。愚痴に付き合わせて悪かったな、与太話と受け取ってくれ」


 そしてアストはコマチに背を向け、ゆっくり離れてゆく。


「戦意の無いガキをこれ以上いたぶっても面白くねえ。せっかく拾った命だ、もう二度と裏社会に足を突っ込むなよ? 弱者は分をわきまえて、ひっそりと生きていくんだな」


 それだけ言うと、アストはメルを乗せた馬車に入り、走り去る。

 残されたコマチは息も絶え絶えの中、弱々しく伸ばした手は空を切り、離れてゆく馬車をただ眺める事しか出来なかった。


「待てよ……待ってくれ……」


 追いたくても体が動かない。悔しさに身を震わせながら、以前自分がメルに言った事を思い出す。


 浮かれるな、と。

 どんな時でも油断するな、と。


「……くそっ、俺じゃねえか……油断してんの。馬鹿か俺は」


 かろうじて意識を保つコマチは、腰に付けていたポーチから最後の回復ポーションを取り出す。

 がぶりと半分飲んだ後、もう半分は未だ癒えぬ傷口に振りかけた。


 ポーションが傷口に染みる痛みに耐えながら、よろめく体を無理やり起こして、教会の裏口から外へ出る。


 そこは町の北門へ繋がっており、奴隷商人はここから馬車で逃げたと推測する。

 コマチはヨタヨタ北門へ歩いていると、丁度そこへ一台の馬車がコマチとすれ違う。


「おばあちゃん、停めて」


 少女の声で、手綱を引いていた老婆はその場で馬車を停めた。

 銀髪の少女はコマチの元へ駆け寄り、地面に滴る血を見つめながら。


「あの……その怪我、どうされたんですか?」


 心配そうに、コマチに尋ねた。


「なんでもない」


 コマチは少女と顔も合わせず、何処に向かったのかも分からない奴隷商人を追う為にただ北門を目指し歩いていた。


「でも、フラフラじゃないですか」


「お構いなく」


「私、この町で薬屋を営んでいる、メヴィカ・アンサークロンと申します。良かったらうちで治療されていきませんか? お代は結構ですので」


「必要ない」


「でも……」


 しつこく言い寄る少女にうんざりしながらも、ふと、異世界に渡る前に聞いたパルカの話を思い出す。

 そしてゆっくり振り返ると。


「ああ、君がメヴィカ…………あっ!」


 見覚えのある顔を目の当たりにし、同時にメヴィカの入浴中に出くわした事も思い出したコマチは、足りてない血が無理やり頬に集まり赤面する。


 メヴィカもまた、コマチの顔を覗き込むように見ると、この間の事を思い出し急に慌てだした。


「あ、ああああなた! 昨日私のお風呂を覗きに来てた人!」


「ちちち違う! 覗こうと思って覗いたわけじゃなくてたまたま出くわしただけだって!」


「なんでたまたま私の家の浴場に入ろうとしたんですか! 覗き以前に不法侵入ですよ!」


「だから、それ……は…………」


 興奮しながら否定をしていたコマチは、なけなしの体力を無駄に消費し、ついには力尽きてその場に倒れた。


「え、あの、ちょっと……?」


 そして話の途中で倒れられたコマチに、どうすればいいのか戸惑うメヴィカ。


「ええ……どうしよう、すごく助けたくなくなってきたけど、このまま死んじゃったら後味悪いし……ホントどうしよう」


 目の前で瀕死状態に陥っている覗き魔、もとい不法侵入者を手厚く介護するか否か、メヴィカにとって究極の選択を強いられる羽目となる。





ご覧頂き有難うございます。

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