17話 絶対的力の差
突然現れた戦士風の男に、コマチは戦慄する。
(一歩遅かったら、首をすっぱ抜かれてた……)
身体から危険信号を発したコマチは男から距離をとり、後ろでコソコソと積み荷を運ぶ奴隷商人の動向を探る。
(先にあの商人を捕らえたいが、こいつが邪魔だ)
いつでも馬車で教会の裏口から逃げられる奴隷商人を横目で追うが、目の前の男は未だ殺気を絶えずコマチに向けていた。
下手に動けば今度こそ男の持つ長剣で両断されると悟ったコマチは、仕方なく目の前の男と向き合い腰に下げていた短剣に手をかける。
「お、やっとやる気になってくれたか小僧。せいぜい楽しませてくれよ?」
構えたコマチに、男は待っていたと言わんばかりの狂気じみた笑みを浮かべる。
「アスト様、時間が惜しいので手短にお願いしますよ?」
そうこうしているうちに、奴隷商人は商品という名の人間達を積んだ馬車に乗り、男の剣舞を傍観しようと安全地帯で腰を下ろした。
「ああ、ちょっと待ってろ。早々に片付けるからよ」
アストと呼ばれた男は余裕の表情で手を振り、コマチを見やる。
するとコマチは自らの姿を消し。
「【インビジブル】」
アストの懐へ飛び込み短剣を振るう。
しかし、相手の間合いに入った瞬間その短剣はアストの剣によって弾かれた。
「面白いスキルを持ってるな、お前。けど、視覚以外にも気配を察知する方法はいくらでもあるぜ」
弾かれた反動で態勢を崩しながらも、コマチは思考をフル回転させ次の策を練る。
すると記憶の中に、いつの間にか覚えていた新しいスキルが浮かび上がり、コマチは咄嗟にそのスキルを放った。
「【ミストミラージュ】」
周囲に霧を発生させる目くらましのスキルを使い後方に下がると、ショートボウでアスト目がけ矢を放つ。
「単調、それに軽率だな」
しかしそれすらも両手剣で弾き、飛んで来た矢の方角を読んだアストは地面が割れる程の脚力で一気にコマチとの間合いを詰め、常人なら振る事も困難である長物の両手剣を軽々とコマチ目がけ振り上げた。
「っっつ!」
コマチは皮膚に刃をかすめるが、間一髪でそれを躱す。
「はは、今のも避けるのか。良い動きだ」
遊び感覚とはいえ本気で殺すつもりで斬りかかったアストは、コマチの回避力を素直に称賛する。
しかしアストのほうが圧倒的にコマチよりも戦闘経験を積んでいた。
いくらパルカの恩恵で身体能力が上がろうとも、人間同士の命の取り合いなどをした事のないコマチにとっては、到底埋められる実力差ではない。
息つく暇もなくコマチに向けて突き付けられる刃は、次第にコマチの体力と精神力を削り、やがて態勢を崩したコマチは完全に両手剣の刃に捉えられた。
ヒュン、と、風を切る音と共に、コマチの胴体から血しぶきが噴き出す。
「うっ、あ……ああ……」
初めて感じる痛み。
斬られた直後は感じなかった痛覚が、自身に刻まれた斬り傷を確認した途端、遅れて体に激痛が走る。
それと同時に、斬られたショックと、それでも止まぬアストの楽しむような殺気がコマチの心に深い恐怖心を与えた。
そのまま腰を抜かしたコマチは地面に倒れ込み、目の前にいる殺戮者を震えた眼で見上げる。
「……ちっ、もう終わりかよ」
対するアストはコマチの恐怖に満ちた表情を見ると、さっきまでの好戦的な態度が打って変わり、冷めた目でコマチを見下す。
「興覚めだ。このアジトに単身乗り込んで来た時は骨のある奴だと思ったんだが……ただ自分の力を過信しただけの臆病者かよ」
コマチに放っていた殺気は一瞬にして静まり、アストは手に持っていた両手剣を渋々鞘に納めた。
「お前さっきなんて言ったよ? 俺が傭兵として雇われている胸糞悪いゴミみたいな商売を潰すとか抜かしてたよな? それがどうした、イキってたわりに、一太刀入れられたくらいでその様かよ。ええ?」
「……ふー、ふー」
何も言えず、口元の震えを抑えながら、コマチは未だ恐怖心に駆られていた。
「ゴミみたいな商売という点は俺も同感だ。人が人を売りさばくんだ。真っ当な仕事とは言えねえよな」
そしてアストはコマチの胸倉を掴み片手で持ち上げると。
「だが、そのゴミみたいな仕事で飯を食ってる奴に手も足も出ない、口先だけのお前はゴミにも劣る」
そのままコマチを壁際に放り投げた。
「ぐあっ! ……くっ」
その衝撃でさらに傷口が広がり、慣れない激痛にもがき苦しむ。
「威勢良く乗り込んで、てめえの女を助けに来ておきながら!」
アストはそのまま仰向けに倒れたコマチの傷口を踏み付ける。
「勝てないと思った途端怖気づく!」
何度も何度も踏み付ける。
「そんなお前に何が守れる? ビビッて起き上がる事も出来ねえお前に……よっ!」
そして思い切り蹴り上げ、今度はうつ伏せに倒れたコマチの頭を足蹴にした。
「なあ小僧、どうして俺がこんな仕事しているか分かるか?」
そこでようやく気持ちが落ち着いたアストは、コマチを見下ろしながら、静かに過去を語り出した。
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