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16話 メルの救出



 程なくして、水筒一杯の水を持って戻ってきたコマチは、二人がいない事に気づき慌てて近くで死んだように横たわる老人に尋ねた。


「おい、さっきまでここにいた女の子を知らないか?」


 老人は肩を揺するコマチの腕を振り払い、あからさまに嫌そうな反応をとる。


「勘弁してくれ。お前さんにあいつらの居場所を教えるとわしが命を狙われてしまう。わしはあいつらと関わりたくないんじゃ」


 老人は「シッシッ」と厄介者のようにコマチを拒絶する。

 すかさずコマチは老人の胸ぐらを掴み尋問する。


「ひいいい!」


「あいつらって誰のことだ?」


 なりふりを構っている余裕のないコマチは容赦なく老人を揺さぶる。


「お前さんの女をさらってった奴らじゃよ! 頼む、見逃してくれ」


「答えてくれ。そいつらは何処にいる?」


「本当に勘弁してくれ! 後で殺されてしまう」


「答えろ。そいつらの居場所を吐くか、今ここで死ぬか」


 コマチは腰に下げていた小太刀を取り出し老人に見せつける。


「そんな!」


 当然殺すつもりなどはなかったが、メルがさらわれた事でコマチは気が立っていた。

 もしメルに何かあったら、さらった人間を全員皆殺しにするという殺気が漏れ出る。

 その狂人のような圧力に恐怖した老人は、震えた手で奥を指差した。


「あの突き当りを右に真っ直ぐじゃ。その先に今は使われていない教会がある。そこが奴らのアジトがある」


「ありがとう、助かった」


 そう言って、コマチは老人にクエストで稼いだ報酬の小袋を渡した。


「えっ、銀貨?」


「脅して悪かった。あいつは大事な幼馴染なんだ」


 そしてコマチは老人の教えた通りの道を歩き出す。


「なあお前さん、悪い事言わんからやめときなされ。一人で行っても殺されるだけじゃよ」


 老人の言葉に一瞬だけ足を止め振り向くと。


「あいつが無事なら何でもいい」


 それだけ言って、再び歩き出した。











 廃れた元教会跡地。

 かつて神を崇めた者達が集う神聖な場所は、今では人身売買の取引所として、人の道を外れたごろつきのたまり場となっていた。


「今日は五人ですか。それではこちらをお納め下さい」


 道化のように派手な化粧をした奴隷商人はメルを連れ去ってきた男に小袋を渡す。


「……おい、五人で金貨十五枚だけかよ。少し安すぎやしねえか?」


「はて、ワタクシの見立てでは妥当な金額と存じますが?」


「ガキ四人と男一人だぞ! 中でもさっき連れてきたガキはここら辺じゃ珍しい黒髪の女だ。貴族が大金はたいて慰み者にする人種だろうが。それだけで金貨十枚はいくだろうが」


「ええ、この者達が万全の状態なら、しめて金貨三十五枚でしたね」


「なっ……」


 奴隷商人は不敵な笑みを浮かべて再度、相手の健康状態を見抜くスキルを用いて五人の体を舐めるように見る。


「ワタクシの【メディカルサーチ】はどんな微量の細菌も見逃しません。ここ、空気が良くないですからねえ。黒髪の娘以外、皆呼吸器官に異常が見られます。早々に治療しないと長くは持たないでしょう。それに黒髪の娘も、古傷ですかね、右足の靭帯が損傷、膝から下の神経がほとんど通っておりませんので……これはまともに歩けないでしょう。いや実に惜しい!」


 と、わざとらしく額を叩きながら、さらった人間のアラを指摘する。


「というわけで、この方達の治療代を引いての金額になります。文句はありませんな?」


「……ちっ、足元見やがって」


 これから人間としての身分を剥奪され、人間の娯楽の道具として奴隷の身となる者達。


 借金の返済が出来ずに身を売る者、口減らしの為に親に売られた者、身寄りのない孤児が人さらいによって連れてこられた者など、様々な理由で奴隷へと堕ちる人間。


 その中で、未だ意識の戻らないメルが拘束されたまま荷馬車に積まれようとしていた。

 と、その時。


「おい! 外でガキがメチャクチャ暴れてるんだ。応援を頼む!」


 奥から仲間の必死な叫びが広間に響き渡る。


「くふふ、国の兵に目を付けられましたかな?」


 奴隷商人は楽し気に男に尋ねる。


「いや、この国の騎士にはまだバレてねえはずだ。大方黒髪の女の連れだろう」


 かくしてその予想は的中だった。

 男達の悲鳴と共に、広間の扉が蹴破られ、ズカズカと真正面から入ってくるなり近くのテーブルを蹴り飛ばし、怒りを露わにしたコマチが現れる。


「メルはどこだ?」


 辺りを見回しながら、コマチは近くにいた男に尋ねた。


「ガキがああああ!」


 しかし男はコマチの問いには答えず、代わりに手に持っていた葡萄酒の空瓶を振りかざす。

 だが、『シャドウ・オブ・ラーカー』の優れた動体視力の前では、男の動きは止まって見えていた。


 振り下ろした瓶をひらりと躱し、直後、コマチは男の人中目がけて殴り飛ばす。

 そのまま気絶した男に周りはどよめき、そして、一斉にコマチに向かって襲いかかった。


「ひい、ふう、みい、よう……奥にいる奴合わせてざっと十五人くらいか」


 コマチは冷静に【サーチ】を使い、このフロアにいる生体反応を確認。

 その中にメルの生体反応を見つけ、「ほっ」と肩を撫で下ろした。


「てめえも金の足しにしてやらああ!」


 そして襲い来る敵の動きを寸分違わず読み取り、攻撃を避けては殴り、避けては蹴り、ヒット・アンド・アウェイを繰り返す。


 壁際に追い込まれたら【インビジブル】で姿を消し、対象を見失った相手を蹴り飛ばして体勢を立て直す。

 今のコマチは町のごろつきが束になっても相手にならない程に身体能力が向上していた。


「へ、へへっ、やるじゃねえか坊主。俺はこの町の裏社会を牛耳っているマルクってもんだ。どうだ、俺と取引しねえか? ここにいる奴隷を開放する代わりに――」


 そして男が話し終える前に、コマチは男を殴り飛ばした。


「お前の名前も取引の内容も興味ない。俺はメルを連れ戻しに来ただけだ。あと……」


 コマチは目の前にいる奴隷商人を睨みつけ。


「胸糞悪いゴミみたいな商売も、ここで潰してやる」


 昂る感情をぶつけるように、奴隷商人を挑発する。


「くふ、くふふ、威勢が良くて大変結構」


 周りに誰もいなくなった奴隷商人は、苦笑いを浮かべながら後退る。


「しかしながらあなた、この世には絶対的強者がいる事を知ったほうが宜しいかと」


 コマチの圧倒的な強さに足元が震える奴隷商人だが、その目は未だ死なず、コマチのさらに奥を見ながら、静かに勝ちを確信していた。


 突如、後方から鋭い殺気を感知したコマチは、脳が判断するよりも先に体が反応し、瞬時に風上から頭を下げしゃがみ込む。


 遅れて捉えた視線の先には、研ぎ澄まされた長物の刃が眼前に留まっていた。


「へえ~、今のを避けるか。お前なかなかやるな」


 振り向いた先には、コマチよりも長身な青年が両手剣を構え立っていた。


(なんだこいつ、【サーチ】に全く反応しなかった……)


 まるで気配を感じさせず、それでいて殺し合いを楽しむかのような好戦的な目をした男と対峙したコマチは、先程の寸でのところで躱した一振りを思い出し、後からゾクリと恐怖が湧き出る。





ご覧頂き有難うございます。

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