15話 貧民街の闇
思わぬ緊急招集により、当初の予定だったメヴィカの依頼を先送りにしたコマチとメル。その日は結局、初のクエストで疲労困憊した二人は再びエーテラルの宿に宿泊し泥のような爆睡を余儀なくされた。
そして迎えた翌日。
「おはようございます。ゆうべはおたのしみでしたね」
「……寝た以外記憶にないけども」
未だ疲れの取れないコマチは、頭を掻きながらエーテラルの雑なカマかけに雑な返事で返した。
「まあそれはそれとして、改めて初クエストお疲れ様。私のスキルが役に立ったようで何よりよ」
気にせずエーテラルは昨日語ったメルの武勇伝を掘り返し、自身のスキルをコピーしたことが勝敗を分けたなどと誇張した言い方をされた彼女は気分を良くし、鼻高々にアピールする。
「そんな二人に有力な情報を提供するわ。うちの店をひいきにしてくれてるお礼よ」
と、二人の旅の理由を聞いたエーテラルはお得意様と言わんばかりに自身の持つ情報を与えた。
「あなた達、ヴィクスって魔導士を探しているんでしょう? 私は聞かない名前だけど、同業者なら何か知っているんじゃないかしら」
「同業者?」
「そう、同じ魔導士ならね。五年くらい前からこの国に仕えている、スティオラ・メギオっていう男の子がいるの。まだ若いのに『大魔導士』の称号を得ているそうよ」
現エルマラント王に仕える魔導士兼秘書のスティオラ・メギオ。
天涯孤独の身だった彼の魔術の才能を見抜いた現王は、彼に住む場所と役職を与えた。
だがそれ以外の情報はなく、現王も周囲に公表しない為彼の出生は謎が多い。
「『大魔導士』ともなればそれなりの交流があるでしょう? その子に会う機会があれば、あなた達が探している魔導士の居所もつかめるんじゃない?」
「たしかに一理あるけど、王様の側近なんだろ? 滅多に会えないんじゃねえの?」
エーテラルの提案にコマチは可能性薄と考えているが。
「それがね、他国からの招集があったみたいで、その子、数日前から遠征しているの。予定では今日の昼頃に帰省するらしいからそこを狙いなさい。その子は国に戻ると必ず城下町の薬屋に寄るらしいから。丁度あなた達の行き先と同じでしょう?」
期せずしてコマチとメルの元に新たな指標が生まれる。
どのみちメヴィカの薬屋に行くのならば寄り道せずにスティオラに会える。一石二鳥な展開にコマチも納得し、そして二人は店を出た。
再び薬屋への道を歩いていると、以前エーテラルが言っていた貧民街の前に目が向いた。
「……ずいぶん雰囲気が変わったな」
そこは町でも特に貧困層が激しく、明日食べる物もままならない老人や孤児と、見るからにガラの悪そうな集団が掃き溜めのようにかき集められた路地裏だった。
「いや~スラム街を思い出しますな~」
「お前スラム街行った事ねえだろ」
たしかにこの治安の悪い場所を抜けるのは得策ではないと、世界でもわりと秩序に守られた日本で育ったコマチの危機感センサーがバリ3で訴えていた。
「見るからにこの道はダメだな。エーテラルの言う通り、迂回して大通りのほうから行こう」
と、コマチは厄介事に巻き込まれる前にメルを連れて退散しようとするが……。
「コマちゃん、あそこに女の子が倒れてるよ」
メルが指差した場所を見ると、見るからにやせ細った傷だらけの少女がいた。
躊躇なくその子のもとへ片足飛びで向かうメルを止める間もなく、仕方なしにコマチも後に続く。
「おじょうちゃん、大丈夫?」
メルは少女を抱きかかえると、傷の状態を見ながら生死の確認をする。
「……み、水……」
「水? 水がほしいんだね?」
わずかながらに発した少女の言葉を聞き入れ、後からやって来たコマチに、懇願した。
「コマちゃんお願い、この子に何か飲み物買ってきて」
少女の今にも息絶えそうな姿を見て、コマチもコクリと頷いた。
「ああ、すぐ戻る。そこを離れるなよ?」
メルに言い聞かせ、コマチは飲み物屋へ足早に駆けて行った。
「もう大丈夫だから。お水飲んだらお医者さんに連れてってあげるからもう少し辛抱してね」
「おねえちゃん……」
辛さを和らげるように、優しく声をかける、が――。
「……ごめんなさい」
チクリ、と。
少女を抱えていたメルの手に、針で刺された痛みが走った。
「いっつつ……」
少女の片手には鉄串が握られて、メルを見ながらボロボロ涙を流す。
同時に、それまで大人しくしていた周りの男達がゆっくりとメルの下へ近づいてきた。
「よくやったぞガキ。約束通り今日は飯をくれてやる」
男の一人がニヤリと笑いながら少女に近づき、まるで物のように腕を引っ張り上げ、そのまま肩に担いで去ってゆく。
「ちょっ、コラ! 小さい子に乱暴……な……」
男を追いかけようと立ち上がるメルだが、急に全身に力が入らなくなり、立ち上がる途中で倒れてしまった。
取り巻きの一人がメルの髪を掴み上げ。
「さっきそいつに毒針刺されたろ。お前はもう動けねえよ」
高笑いをしながらペチペチとメルの頬を叩く。
「安心しな。死ぬ程強い毒じゃねえ。少しの間気を失う程度の麻痺毒だ」
意識がもうろうとする中、メルは男に担がれた少女と目が合う。
そして少女は泣きながらメルに向けて、「ごめんなさい」と何度も謝罪をするのだった。
(コマちゃん……ごめん、アタシ……)
そこで、メルの意識は途切れた。
「久しぶりに女のガキが手に入ったな」
「発育は良くねえが、まあそこそこ高く売れるだろ」
そして男達は、メルを連れて路地裏の奥へと消えて行った。
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