14話 黒幕の二人
牧場付近へ到着すると同時に、メルが騎乗していたレッサーデビルは突然静止し、そのまま動かなくなった。
「あれ……ディアブロ、どうしたの?」
「なにお前、名前付けたの?」
もはや自分の使い魔にしようと目論んでいたメルだが、レッサーデビルはピクリとも動かず、その場に突っ伏したまま反応はなかった。
「もしかして魔法の効果が切れたんじゃね?」
コマチの言う通り、メルの使用した【ネクロマンシフト】は一定時間が経過すると自然に魂が身体から離れ、元の死体に戻ってしまう。
補足を加えると、死後数時間が経過してしまうと【ネクロマンシフト】の適用外になってしまう為、スキルの発動条件は限定的で使い勝手は良くないのだ。
「ディアブロォオオオオオオ!」
メルは再び動かなくなったレッサーデビルを抱きながら、天に向かって一時の相棒だった名を叫ぶ。
が、レッサーデビルの討伐が今回の依頼、どのみち生きたレッサーデビルを使役して帰ればギルド職員に何かと疑われるうえ討伐数が減れば報酬も少なくなる為、周りの者達は内心ほっとしていた。
コマチはしょぼくれるメルを背負いながら牧場の敷地内へ入ると、先程と同じく雇われの冒険者達が地面に倒れている光景を目の当たりにする。
「おい、しっかりしろ!」
斧を持った男は倒れる冒険者に駆け寄り生死の確認を行うと、どうやら彼らはかろうじて致命傷を免れているようだった。
「よし、まだ死んでねえな。坊主、回復ポーションは余っているか?」
「大丈夫、ここにいる人の分なら足りると思います」
そしてコマチは先程と同じく簡易的な治療を施していると、メルによって助けられた牧場主の子供は足早に家の中へ駆け込んだ。
「父さんっ、母さんっ!」
両親を心配する子供をコマチは目で追っていると、突如、自身に胸騒ぎを感じた。
そしておもむろに【サーチ】を使い周囲を見渡した直後、コマチは血相を変えて子供の後を追う。
「待て! 止まれ!」
コマチの呼びかけも聞かず、子供はそのまま走り続ける。
仕方なしにコマチは弓矢を引き、子供の進行方向の先の地面に矢を放った。
すると、突然地面からトラばさみのような棘付きの刃がガチリと浮き上がる。
突き出る刃物に驚き腰を抜かすが、おかげで子供は間一髪危機を逃れた。
「……家の中から俺達を監視してる奴らがいる」
探知系のスキルにより周囲の微細なものまで感知出来るようになったコマチは、家の周りに設置されたトラップや、明らかに敵意を持った者が家の中にいることを認識する。
「出てこいよ。いるんだろ?」
コマチが叫ぶと、家の扉から二人の男が現れた。
賊のような見た目の男と、ローブを着た魔導士風の男は舌打ちをしながらコマチを睨み付ける。
どちらも今回のクエストメンバーにはいなかった者達であった。
「まだ冒険者が残っていたとは……。もう数体レッサーデビルを召喚しておくべきだったか」
ローブを纏った男は溜息を吐きながら後悔を漏らす。
「いちいち相手にするのも面倒だぜ? 今回売り飛ばす人間は確保したんだ。さっさと足止めしてずらかるぞ」
一方、隣りにいた賊風の男はそう返すと、何かを狙うような素振りでにじり寄ってきた。
魔導士風の男も「仕方あるまい」と杖を構え、そして前方にいる四人に向かって魔法を唱える。
「【パラライズショック】」
すると、杖の先から電磁波のような球体が幾つも飛び出し、冒険者達二人は被弾してしまった。
「なっ? これは……麻痺系の魔法かよ……」
中年の男は手に持った斧を地面に落とし、その場で動けなくなる。
同じく剣士の男も麻痺化の魔法を受け動けずにいると、その隙を狙い、賊の男は片手剣を振りかざした。
「おらっ、まずは一人目!」
剣士の男に剣が振り下ろされる瞬間、突如手前に現れたコマチの短剣によって攻撃を防がれた。
「何? ガキが、あの魔法を避けたのか?」
思いのほか球威のある麻痺化の玉は、戦闘に慣れた冒険者でも躱すのは難しい。
しかし、『シャドウ・オブ・ラーカー』を獲得したコマチの動体視力はそれを凌ぎ、近くにいたメルを庇いながら麻痺化の玉をすべて避けきっていた。
「……うぉおお…………先端恐怖症になりそう……」
そこで自信のついたコマチは颯爽と剣士の助けに入ったのだが、剣と剣のつばぜり合いなど経験した事がなかった一般高校生の為、眼前に見える片手剣に急激な恐怖を感じる。
「あん? お前もしかしてビビってんのか? へっぴり腰になってるぜ」
コマチの反応を見て、勝機ありと見た賊の男はにへらと笑いながら剣の持ち手に力を入れる。
素人相手なら力ずくで倒せる。そう思っていた矢先――。
「こうかな……? 【パラライズショック】」
突如メルの木刀の先から放たれた麻痺化の魔法により、油断した賊の男は放たれた玉を直に受けた。
男は驚いた表情を見せ、パクパクと口を躍らせながらその場に倒れる。
「どうよコマちゃん、アタシの新技」
ドヤ顔で危機を救ったメルに、コマチも安堵の息を吐きながら腰を落とした。
「いや、ホント、今回は助かった……」
冷や汗をかきながら礼を述べるコマチに、メルは満足気に彼の肩を叩く。
そんな二人を見つめながら、魔導士風の男は驚愕した表情を浮かべ叫ぶ。
「ありえない! ここまで魔法の精度を高めるのに二年を費やしたというのに……その速度、その完成度、まるで私と同じではないか!」
言葉の通り、【スキルコピー】したメルの麻痺化の魔法は連発こそ出来ないものの、男が使用したものと左程劣らない威力で真似た事に、男は膝をつき愕然としていた。
その後、多勢に無勢と判断した魔導士の男は降参し、自ら縄につく。
彼らの正体は雇われの人さらいであり、依頼主によって定期的に各国から人を連れ去る仕事を生業としていた。
牧場近くに停泊していた馬車に、捕らわれた人間達が詰め込まれており、その中に子供の両親の姿もあった。
今回の一件で魔物討伐の他、人身売買組織の末端も捕えることに成功した二人。
しかし、未だ消えぬ闇深き組織を目の当たりにした二人は、心から喜べずにいた。
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