10話 いわくつきの宿屋
ここは商店街から外れた薄暗い裏路地、人通りも少なくこれと言った店もない。
そんな場所に一軒だけ、宿屋の看板が飾ってある建物があった。
「……ここか」
「ここだね」
気の良い店主から貰った地図を見やり、間違いなくここが目的地と合致していた。
「見た目は普通の宿屋だな」
恐る恐るといった様子で、コマチは扉を開く。
「あら~、いらっしゃいませ」
中に入ると、奥のカウンターからゆるい声を発する一人の女性の姿があった。
「お泊りですか? それともご休憩?」
女性はカウンター越しに前のめりになり、発育の良い胸部を強調するかのような姿勢でコマチに尋ねる。
「あ、えっと……一泊二名でお願いしたいんですけど」
コマチは答えながらも、突き出される女性の胸に動揺し、目のやり場に困っていた。
それを見たメルはコマチに手招きをし、そっと耳打ちする。
「前から思ってたけどコマちゃんってさ、巨乳好きだよね」
「ファッ!?」
それは一切悪気なく放った辱めだった。
不意打ちを食らい、どこから出たのか分からない声を発しながら冷静を装い、メルに耳打ち返しをした。
「何を言っているのかな藤崎さん?」
「だって、アタシがギャルゲーやってるとき、コマちゃん興味ないフリして隣りで漫画読んでるけど、巨乳のヒロインが出るといつも横目でチラチラ画面覗いてるもんね」
「はっ! えっ! なんで知ってんの?」
それは幼馴染に一番知られたくない出来事であったコマチは眼球をキョロキョロさせながら赤面する。
「いやーアタシにもっと発育という才能があれば、せめてコマちゃんの夜のおかずくらいにはなってあげられたのだが……」
メルは「すまなんだ」と静かに合掌し謝罪をする。
「いらん気遣いすんな! 別に求めてねえし!」
コマチは話を逸らすように咳払いをし、話の途中だった女性に再び話しかける。
「え~、失礼しました。今夜一泊お願いしたいのですが、聞いた話によると他の宿屋よりずいぶんと安いとか」
「はい、お一人様お食事付きで銀貨一枚になります」
「その、この国の相場から見てだいぶ破格ですよね?」
「お金に困る冒険者の方々へ快適な夜をお届けする為に、利益を考えずに安さを売りにしてますから」
「…………」
怪しい。そう考えるには十分だった。
あからさまな『お客様第一主義』を語る受付嬢。
店側に一切メリットがあるとは思えない破格なプラン。
そして目の前に映る美貌……。
「コマちゃん巨乳好きだよね」
「まだ言うか! 今は見てなかったよ!」
じっと受付嬢を見つめたまま、思考を再開するコマチ。
(あまりにも胡散臭い。しかしここ以外は金銭的に厳しいし、マスターから聞いた噂では今まで死人は出ていないと言っていた。ならここはあえて誘いに乗るべきか……)
そんな事を考えながら彼女を凝視していると、ふと、『シャドウ・オブ・ラーカー』の特性で冴えわたるコマチの五感が、彼女の違和感に気づいた。
微かな匂いが、わずかな魔力の脈動が、人間のそれとは異なるような気がしたのだ。
怪しげに思ったコマチは【サーチ】を使い、その女性を覗いてみると、彼女を覆う赤いオーラのようなものが映し出される。
コマチの【サーチ】に映る赤いオーラとは、魔物を表す色。
つまりこの女性は人間に擬態した魔物である。
「メル、ちょっと後ろに下がれ」
人間ではないと判明した女性を遠ざけるようメルを誘導すると、コマチは肩に担いでいた弓を構えた。
「えっ、あの……お客様?」
オロオロした様子でコマチに問いかける女性。それでもコマチは手を緩めない。
「あんた、人間じゃないだろ。俺の感知スキルにモンスター反応があった」
そして、コマチに正体を暴かれた女性は観念したように俯き。
「そう……バレてしまったのね」
直後、彼女の背中から黒い翼のようなものが突き出し、目の色が金色に変わる。さらには八重歯が鋭く伸び、【サーチ】で感知しなくても分かる膨大な魔力が彼女から溢れ出る。
「なっ! こいつ、どんだけ魔力を溜め込んでんだよ」
その圧倒的なオーラに気圧され、コマチはメルを庇う様に後ずさる。
しかし、その悪魔のような姿となった彼女がパチンと指を鳴らすと、入り口の扉に鍵がかかり、出口を塞がれた。
すかさずメルが扉を開けようと試みるも、金属製のかんぬきは鉛で固められたようにビクともせず、力ずくでをこじ開けようと体当たりをするが、当然扉は開かない。
「無駄よ。この部屋一帯に特殊な結界を張ったの。あなた達の力では決して破れない」
「クソっ! 俺達をどうする気だ?」
「そうね……」
そう言うと、女性はゆっくりと二人の元へ近づく。
「我は由緒正しき吸血鬼の真祖……ヴァンパイアクイーンの末裔、エーテラル。人の子よ、我が命ずる」
そして、コマチの目の前まで来ると、彼女は突然――。
「お願いだから誰にも言わないでええええ!」
思い切り土下座をしながら懇願してきた。
「…………はっ?」
いきなりの事に、二人は拍子抜けしたように脱力した。
とそんな時、奥の扉から小さな少女がちょこんと顔を出す。
「ママ、どうしたの?」
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