1話 プロローグ
とある日常。
学校帰りに寄った幼馴染の部屋で少年は、ゲームに夢中の少女を横目で眺めていた。
ゲーム機、フィギュア、ライトノベルや漫画雑誌の山などで乱雑したその部屋に、豪快な打撃音が響き渡る。
やがてその音はテレビの液晶画面に現れた〈KO〉の文字によって鳴り止んだ。
「おらああ見たかああああ! セコい手ばかり使いよってからに! アタシの超絶空中コンボの前では児戯に等しき苦肉の策だったようだなあああ!」
声高らかに勝どきを上げながら、両手を掲げた眼鏡少女は大きく体を伸ばし、隣りで漫画を読んでいる少年に声をかける。
「ねえコマちゃん、次、アタシと一戦どうよ?」
少女の呼びかけに薄い反応を見せる少年は。
「いや、俺格ゲーは苦手だからいいよ。俺みたいな弱者と戦うよりネット対戦してたほうが楽しいだろ?」
いわゆる対戦格闘ゲームを全く気乗りしない様子で断った。
「むう、ノリ悪し……」
少女は苦笑いを浮かべながら再びコントローラーを握り、電子で繋がるプレイヤー相手に戦いを繰り広げる。
そんな少女の様子を気に留めながら、少年は視線を漫画雑誌に向けたまま呟くように少女に尋ねた。
「なあメル、お前、学校行かねえの?」
「ん~?」
少女は反応はしたものの、聞き流すような微妙な返事。
「そろそろ留年するんじゃねえの?」
「う~ん」
少年と同じく、少女もまた液晶画面を見つめたまま、ながら返事で答え。
「っていうかね、アタシもう留年確定してるンゴ」
「えっ!」
軽いノリで留年報告を告げる少女に驚き、持っていた漫画本を置き彼女を見やる。
「えっ、何、いつ決まったの?」
「この間担任から電話があって、これ以上休むと進級微レ存って言われてたけど確固たる意志を貫き引きこもりを続けた結果、ついに留年不可避な状況に陥り来年から再び一年生としてリスタートを決めるのは名ばかりJKことワタクシ、藤崎 愛瑠にございます!」
「笑い事じゃないのにえらく余裕じゃん!」
時折ネット用語を紛れ込ませながら話す少女の留年確定申告に動揺を隠せない少年。
「ゲームとかしてる場合じゃないじゃん! 何やってんの?」
「いや、むしろ留年したからこそ猶予が与えられたと考えるべきだよね。今七月だし、来年まであと九ヵ月も自由時間があるわけだ。今のうちにソシャゲのクエスト消化を進めないと」
「猶予期間をゲームに費やすのやめろよ! 引きこもりから抜け出せなくなるぞ!」
楽観的にネットゲームのスケジュールを組む少女に全力で否定する少年。
二人の間に大きな距離が生まれたような気持ちになり、留年が確定した少女、メルの幼馴染であるコマチは何とも言えぬ悲壮感に駆られるのだった。
日も完全に傾いた頃、コマチは自分の家に帰る。
その途中。
「コマチ君、ちょっといい?」
「アキさん……」
玄関で靴を履いたタイミングで、メルの姉であるアキに呼び止められた。
「いつもごめんね。メルに付き合わせて」
「いや別に、俺が勝手に通ってるんで……」
するとアキは少し言い辛そうに。
「ねえコマチ君、もしあの時の事故を気にしてるんだったら……無理に気を使わなくてもいいんだよ?」
「…………」
それは以前、まだコマチが幼い頃に起きた事。
道路に飛び出したコマチを庇い、メルが車に撥ねられた事故。
その後遺症で、今もメルの右足は動かないままだった。
「誰もあなたの事は責めないし、メル自身恨んだりなんかしないよ……」
満足に歩く事が出来なくなったメルは次第に家に引きこもるようになり、最近では学校にも通わなくなった。
「だから、もしあなたが気に病んでいるのなら――」
「俺は、好きでここに来てるだけですから。……それじゃあまた」
アキの言葉を遮って、精一杯作り笑いを浮かべながら、コマチはアキと別れた。
メルの家から数分とかからない自分の家。
しかしコマチは素直に帰宅せず、一人物思いにふけながら寄り道をした。
そしてふと、近くの電柱に拳をぶつける。
「くそ……」
やるせない自責の念が、後から後から溢れ出す。
「気にするに決まってんだろ……あの時俺がよそ見をしなければ、メルは……」
決して戻る事のない過去に、コマチは未だ消えない罪悪感に縛られていた。
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