001 春先の溜息
「はああああぁぁぁぁ...」
寒かった冬も終わり、温かくなってきた昼下がりの休憩室で響き渡る。
「大きいタメ息ですねぇー、斎藤さん、遠くからでもわかりましたよぉー」
「あぁ鈴さんか……」
タメ息の主は、斎藤純也。
とある会社の副社長なのだが、かつては世界中のゲーマーから神と崇められたこともある。
その斎藤に声をかけたのは鈴さんこと、鈴木美鈴。斎藤の部下であり、ゲームデザイナーの責任者である。苗字にも名前にも”鈴”の字があるので、通称鈴さん。
「あのレポートじゃ、そのタメ息も仕方ないですねぇー」
レポートというのは、今開発中のαテストのプレイヤーレポートのこと。先日のシステムテストは燦々たるもの、レポートに至ってはまともに読むことすらできない。
「トーフメンタルの俺には全部読むのは無理。鉄の心臓が欲しいね」
「辛辣なご意見ありがとうございます、じゃないんですかぁー」
「そんな風に考えられることができればタメ息なんて出やしないよ」
アイデアは出ないのに、愚痴やタメ息はいくらでも出てくる。
たまたま作ったゲームが当たり、副社長にはなってはみたものの、もともと創造力とか発想力に乏しいためすぐにいいものは出てこない。
「プレイヤーの目が肥えてきたからなぁ。ありきたりのゲームじゃ納得しないとはいえ、どうすればいいんだろうね」
「デザインがダメなんですかねぇー」
「そういうレポは無かったから、デザインというより、もっと根本的な部分がダメなんだろうさ」
最近は雨後の筍のごとく、様々なゲームが出てくる。しかしながら、どれも似たり寄ったり、長く続くものがなく、プレイヤーから不満がでている。多大な開発費を投じ、開始一カ月で誰もいなくなり潰れた会社もあると聞く。
「無難なものを作ろうとしてないか?」
そう言いながら近寄ってきたのが長澤俊樹、うちの社長だ。
大学時代に俺の作ったシステムに興味を持ち、一緒に会社を作ろうと言ってきた。なんとなくサラリーマンになりたくなかったこともあり、その話に乗っかった。金も地位も大いに得られた今としては彼に感謝してもしきれない。それはお互いにそう思ってることだ。
「俺もレポートは見たが、これじゃ開発の遣り甲斐がないな。売れないのは目に見えてる。方向転換の時期じゃないか?」
ゲーム開発はさっぱりわからないものの、市場には敏感で、ピンポイントでアドバイスをくれる。それがそこそこ当たる、開発者にない発想というか、思想にしばられないからだろう。
「誰にも好かれるようなものではなく、突拍子もないものにしてみればどうだろう。どうせ無難に出して批判されるなら、何か違ったものを作り、盛大に叩かれるのも面白い」
バランス崩壊、課金優遇、初心者優遇、なんて言葉がある。ちょっとでも不公平感が見えるとすぐ炎上する。無能運営だの、クソゲーだの、SNSで散々叩かれたあげく、プレイヤーがいなくなるなんてことも茶飯事だ。
それだけに、誰にも不公平が出ないようなシステムを考えるのが暗黙の了解になっている。先般の開発途中のゲームもまさにそんな感じだ。新鮮さもなく、酷評が多くなるのも当然だろう。
「うーん、ここはひとつとんでもないもの作ってみるか。あのゲーム会社が壊れた!!みたいに言われてもいいよな」
「なに作っても叩かれるなら、とことんやってみようや。それで得るものもあるだろう」
社長の言葉もあり、方向転換することにした。
デザインはそのまま使えるが、世界観やシナリオ、イベントなどに手を入れてみるか。
「どうせならデザインも変えたいですねぇー」
美人のニヤリ顔は何か怖いものを感じる。
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