幸せのルール
矢倉政幸は煌々と照らされた青い光に目を瞑り、中学時代からの恋人である霜山優花の手を強く握った。
同窓会に突然現れたのは、中学校の途中から不登校となっていた虹橋真央。風の噂で少年院に入った後、自分達と数年遅れで高校に入学したと聞いていた。同窓会に誘ってなどいない彼女が乱入してきた時は殺傷事件が起きるのではないかと危惧したが……。
「ねぇマー君。ここ……何処?」
強く手を握り返して来た最愛の恋人優花の声は枯れた様に震えており、息遣いも荒くなっている。目の前の光景は、矢倉の知識で言えば――ゲームで出てくる様なお城と闘技場がミックスされた異風な部屋だった。赤い絨毯の敷かれた丸い廊下に見上げる程高い天上。巨大なシャンデリアを中心として囲むように一定間隔で色違いの扉がある。
「はーい皆さん傾聴~~。GMはウチなんで、聞き逃すと死にますよ~。」
狂喜を称えた声色を発するのは、フラフラと青いチケットを振るう忌まわしい女……虹橋真央だった。
「てめぇ!此処は何処だ!何しやがった!」
中学時代から喧嘩早く、直ぐに手が出る男……佐々木が虹橋に詰め寄り胸ぐらを掴み掛かる。
「今説明するってんだろぉ。順番飛ばすは、まず他人に危害加えるの禁止、暴力行為ダメ。ここは〝幸せになるための場所〟なんで。もし背けば……」
その瞬間、黒い扉から無数の甲冑が現れ、虹橋から佐々木を引きはがす。そして鑿の様なものを取り出し、頭頂部をガリガリと削った。――当然、痛みによる絶叫が轟く。矢倉も霜山も……他の誰しも、その凄惨な光景を黙って見つめるしかなかった。頭が追いついている人間など居るはずがない。
「……こんな感じで1回ごとに〝烙印〟が刻まれま~す。烙印は2回までねぇ。」
「2回?」
「そう2回。3回目がどうなるかなんて陳腐な質問するなよ?面倒くせぇ。」
全員の絶句を感じとり、一拍置いて虹橋が言葉を紡ぐ。
「えっとねぇ、とりあえずルール。これに背いたら〝烙印〟だからよーく聞いてね~。」
矢倉はメモを取り出して、ところどころ凶相を浮かべ恍惚とする虹橋の話を聞いていた。その様子はまるで頭に浮かぶナニカを諳んじているかの様だった。そして解ったことを纏めると――
① 81人全員に部屋が割り当てられ、食事も3食出る。食事は大食堂で時間が決められている。大浴場や衣装ルームもあり、図書館・映画館・リゾートスペースや買い物コーナー、人口太陽による散歩スペースがある。全ての施設を無料で利用が可能。
② ただし【番人】が管理する区域があり、その区域では【番人】の言葉に従う必要がある。
②-2 各自扉には色があるが、【番人区画】は赤い扉の先である。赤い扉から戻った者は、扉の中の出来事を他者へ教えてはならない。
③ 他の80人の【住人】に対し、暴力行為・暴言行為は禁止。
④ 黒い扉を開いてはいけない。
⑤ ②~④に背いた者は、【烙印】を刻まれる。
⑥ 【烙印】が刻まれた者にはペナルティが発生する。1度目では居住区画以外の出入り禁止、2度目では衣食住の重篤な制限となる
⑥-2 ただし【烙印】が刻まれた者に施しを与えるのは禁じない。
――と、大まかに纏めればこのようになる。
「待てよ!居住区画以外立ち入り禁止って……、俺メシどうすんだよ!?」
既に一度【烙印】を刻まれた佐々木が暴言ギリギリな切迫した声で……まるで縋るように虹橋へ声掛ける。
「さぁ?お友達にでも取ってきて貰えばぁ?1回目だからご飯は出てるみたいだし、取りに行けない〝だけ〟だから。」
虹橋の煽る様な口調に射貫くような凶相の笑みはおおよそ人間の悪意を練り固めた代物だった。佐々木の歯ぎしりの音がこちらにまで聞こえて来る。
「あ、これ超重要!ここから出る方法!」
その声に水を打ったように空間が静まりかえる。
「GMが死ぬ事……殺したらダメ、つまり3回【烙印】を押させること。あはははははは!傑作、マジ最高!頑張ってね!」
狂気の嘲笑が80人の耳朶を打つ。相変わらず感情の起伏が激しく、ひとしきり気がおかしくなった様に笑った後一気に気だるいオーラを出し、皆に言い放った。
「んじゃ、〝しあわせ〟になりましょう。みんなでさぁ。」




