幸運の概要
「幸運が増大する?」
虹橋真央は少年にワンコインで呑める酒を頼んだら、3日後に摘発された水商売の体験入職でしか見たことが無いような高級蒸留酒をボトルで渡してきた。
「そうです。土地の値上がりだとか、株の値上がりをイメージして頂ければ解りやすいかと思います。あなたが領土を持っていて1000――円の価値があったとしましょう。」
「どんな土地だよ。」
「ああ……すみません。まだこの国に詳しくなくて。 まぁ1000円の価値があります。理由は様々です。開拓民を住まわせ開墾し、税収として年50円の税金を民から集められる。ただし維持費が40円掛かる。そんな一般的な土地故に1000円です。 しかし、ご存じの様に土地とは値上がりすることもあれば、値下がりすることもあります。 例えば金塊や稀少鉱石が発掘され、特産品が増えれば土地の値段は上昇します。土地の価値が数十倍となっただけではなく、領主であるあなたは、税収として金や稀少鉱石を得る事が出来るでしょう。 他にも領地の近くに悪魔が住み着き討伐編制部隊の拠点となった場合、悪魔の軍勢に奪われるリスクは伴いますが、諸国から多くの義援金を手にすることが出来ます。 更には悪魔を討伐せんとする冒険者に向けた事業を展開すれば、より多くの税収を見込めるでしょう。 逆に疫病が蔓延し、遷延性の土着病となって呪われ民が住むことはおろか、人が通ることも出来なくなれば0円どころか、土地は負債として膨らみます。」
「ツッコミ所は満載だし、訳解んねぇんだけどさぁ……。んで、土地なんて持ってないウチにそんな話しをして何?バカにしてんの?」
「あなたの夢を叶えます。」
「……会話に脈略が無ぇんだよ!あんたコッチ大丈夫か?」
虹橋は目の前で純然で無垢な瞳を向ける少年のバーテンダーに、人差し指で側頭部をトントンと叩くジェスチャーを行う。
「すみません。セールストークが苦手でして……。ですが、夢を叶える商品を売っています。本当です。それも悪魔が取引をするように〝魂と引き替え〟だとか〝誰かを身代わりに〟なんてものではありません。これが画期的なんです。幸せが増大することに目を付けまして、膨らんだ幸せの分を利息として返済していただければ残りの幸せを謳歌出来ます!」
「……幸せってどうやって数値で計るんだ?」
「僕たちは、主に中枢神経や前頭連合野に神経伝達するセロトニン・ドーパミン・ノルアドレナリン等を目安とさせて頂きます。」
サラっと恐ろしいことを即答した少年に怖気を覚えながら、虹橋は酒で腑を焼く。
「ああ、ただ特性上、若返りや不老不死、不老長寿、死者の復活といった幸福は叶いません。実現可能な幸福の契機をお与えするだけです。そして得た幸福を自分の力で増やして下さい。 先ほど僕は幸福を1000円の土地に例えましたが、1000円の土地をお貸しするだけです。どのように発展させるかはお客様次第なのです。」
「利息が云々言ってたがそれは……。」
「1回につき1割、10日刻みの複利となります。最初使った時点で1100円、10日後には1210、30日で1460といった具合ですね。」
頭の悪い虹橋だが、借金における複利の恐ろしさは知っている。……自分の父親はそれで首を括ったのだ。
複利とは手垢の付いた言葉であらわすと雪だるま式に増えていく悪魔の計算式だ。サラ金の18%金利だって複利になれば50万があっと言う間に300万に化ける。胡散臭い話な上に、虹橋のトラウマを剔る不愉快なガキをぶん殴りたくなる。
「じゃあウチが【1億円が欲しい】って願った場合、30日で1億4600万円返済しないといけないのか?バカか?」
「いえ、そうはなりません。僕たちはあくまで〝幸福指数〟を目安にしているので、例えそのお金が借金になっていようとあなたが幸せでしたら、そのお金をとりあげる真似はしません。」
「……〝幸せの返済方法〟ってのは?」
これ以上この少年と会話をする自分が馬鹿馬鹿しくなってくる。虹橋は空になったグラスにバカ高いボトルの酒を盛大に注ぎ、一気に煽る。
「増幅させた幸せの一部を頂きます。契約者様や他人の命を奪うことは絶対に致しません。過去の例では麦、宝剣、宝石、爵位と言った名誉、貸し付けて増大させた能力の一部…………などが御座いました。」
酔っていても解るほど空いた間だった。バーテンダーの格好をした少年は明らかに目が泳いでおり、言い淀んでいるナニカがある。
「あっそ、まぁ面白い話だった。そんな話を聞かせるために500円で、何十万もしそうなブランデーのボトルを売ったのか?何の真似?これからヤーさんでも来るの。ウチこれでも純潔なんだけど~。こわーい。」
虹橋は嘲るように少年へ言葉を向ける。酒の肴にしても余りに下らない話だ。
「いえ!チケットを受け取って頂ければ幸い……です。」
少年バーテンダーはその胸ポケットから、青い一枚のチケットを差し出してきた。
「こちらが先ほど話した現物となります。このチケットはあなたを幸せにする〝切っ掛け〟です。あなたが幸せで〝いられるか〟は、あなた次第です。願わくばあなた様に幸があらんことを、お祈りしております。」
先ほどまでのオドオドとした雰囲気が一変し、真摯な笑顔を向けて少年はチケットを手渡してきた。有無を言わさない迫力があり、思わずチケットを手に取る。
チケットを手にした瞬間、虹橋の全身を電撃の様なものが貫いた。そして確信した。少年の話は嘘偽りでも、冗談でもないこと。何故か?解ったものは仕方ない。
ひとつ言いたいのは、納得した理由と内容は、夢が叶う幸運に恵まれた多幸感から来る衝撃ではない。
――それは今、自分が人生の岐路に立っているという緊張感からだ。




