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悪魔の娘の幸福論  作者: 朝日菜
第三章 セルニアの王子
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第一話 少女と王子

「ねぇ、大丈夫なの? 重たかったら魔法で持ってあげるけど?」


「……ううん、これくらい平気」


 メイドの仲間たちが一斉に驚く。そして、「あんた逞しくなったのね」とみんなで笑った。


「ッ!」


 た、逞しい……?

 そんなことを言われたのは初めてだった。湧き上がってくるこの感情は多分、嬉しいというものだろう。


「ありが……」


 そこで言葉が途切れてしまった。耳を劈くような音に、震える城。私は一瞬にして片膝をついた。


「何?!」


「まさか悪魔?!」


「あっ、アトラス王の結界が……!」


「うそ……うそうそうそうそなんでなのよぉっ!」


 誰かが叫ぶ。見れば、空がぱっくりと割れていた。


『いいか、よく聞け。もし結界が破られたら、お前は絶対に城の外に出るなよ』


 かつてアトラスがそう言った。けどね、アトラス。もう守られるのは嫌。だから南塔から飛び出した。

 早く庭園に行って、アトラスたちに加勢しないと。けれど世界は残酷だった。


 庭園に出ると、魔法騎士団のみんなが一人の青年を囲んでいる。彼がアトラスの結界を破った人なのだろうか。


「来るな!」


「ッ、ディーノ!」


 ディーノが鋭い言葉をぶつけた。記憶の中にいる優しい彼とは違っていて、一気に足が竦んでしまう。

 刹那に青年と目が合って、私は慌てて視線を逸らした。


「お前……」


 どっかで見たことある顔だなと、青年が私をまじまじと見つめる。青年の醸し出す雰囲気はなんとなく邪悪っぽくて、足が震え出した。


「……あぁ、思い出した! お前〝悪魔の娘〟だろ!」


「……ぁ」


 そのトドメの一言で、私は地面に崩れ落ちた。

 彼が誰かは知らないけれど、それを知っているのなら察しはつく。


「はぁっ……?!」


 青年の奥で、五鈴いすずが驚愕するのが見えた。六年前にアリシアに来た五鈴が知らない私のこと。私の話。


「……や、め、て」


「なんで死んだはずのお前がこんなとこにいるんだよ! アトラス、お前があそこから掻っ攫ったのか?!」


 低くて、けれど聞き取りやすい青年の声がすべてを紐解く。やがて青年は苛立ちはじめ、白と銀のローブの中から杖を取り出した。


「ッ! シャルムを城内に逃がせ!」


 アトラスが魔法騎士団のみんなに命令する。けれど、私のことを知らなかったみんなは動けなかった。

 いの一番に動いたファラフは私を抱えて逃げ出して、そこでようやく彼らも動揺しながら動き出す。ある騎士たちは私の盾となり、ある騎士たちは私を逃がす為の道を作った。


「やっ、やだっ! なんで?! 私は……私は戦える! ねぇっ、アトラス! ねぇってば! ……ファラフもなんとか言って!」


 右手を空に伸ばす。ファラフはそれでも止まらなかった。


「独り占めしてんじゃねぇ!」


「――ッ!?」


 刹那、紫色の瞳と目が合う。青年は宙に浮いていて、空から私を見下ろしていた。


「あっ……!」


 伸ばした右手を掴まれる。そのまま真上に引っ張られる。


「痛っ!?」


「シャルム!」


 離すまいと抱き締め直すファラフだったけれど、青年の一振りによって引き剥がされてしまった。


「ファラフ!」


 杖を振るった青年は、一気に私を地面から離した。じたばたとみっともなく足を動かすけれど、それは虚しく空を切る。

 首を回せば、目を見開き大きく口を開けたアトラスと目が合った。


「やめろ!」


 魔力を纏ったディーノの投げナイフが空を裂く。けれど、青年にとってそれは脅威でもなんでもなかった。


「ディーノッ!」


 届かなかった。彼の最後の希望も、私の全力も。

 アトラスが前に出て少し屈む。衣服を裂き、巨大な金色の両翼を生やし、牙を生やし、鱗で全身を覆い――キングドラゴンとなって手を伸ばす。


 助かったって思った。だってアトラスが負けるなんてあり得ないから。


「チッ。諦め悪ぃな」


 背筋が凍った。どうしてそうなったのかはわからないけれど、真下に映った青年の影が大きく変貌している。


「ドラ……ゴン?」


 私を引き寄せていた腕が鱗に覆われた。銀色の美しい鱗は青年の髪色と同じ色だ。


「フランク兄さん!」


 私たちを見上げていたのは、アンリだった。アンリはその顔を絶望に染め、何度も何度もフランクの名を――フランク王子の名前を呼ぶ。


「暴れんなよ。落ちっから」


 その声を最後に、フランク王子の声が聞こえなくなった。


「離して! なんで私を……! やめて! やめてってば!」


 そう言っても答えてくれる声がなかった。私を抱く腕は長い長い爪を持つ手となっており、キングドラゴンとなったアトラスを凌ぐことはやっぱりドラゴンじゃないと不可能なのだと理解する。

 彼は――セルニア国王子のフランク王子は、クイーンドラゴンとなってアリシアの大きな空を舞った。金と銀のドラゴンの攻防が何度も何度も繰り広げられる。


 信じたくなかった。アトラスと同じくらい強い魔法使いがこの世界に存在するなんて、認めたくなかった。


「――!」


 振り返ると、紫色のどこまでも冷たいドラゴンの瞳が私を捉える。瞬間に一気に加速した。頭がそれを理解した時、もうどこにもアリシアはなかった。





 重たい何かに押し潰されているように、体がまったく動かない。私は思わず顔を顰め、目を開いた。

 周囲を見渡してここが冷たく暗い牢屋であることを瞬時に理解し、十年前の記憶と傷の疼きを抑える。


「お。やっと起きたか」


「ッ!?」


 刹那に入り込んできたのは、紫色の光り輝く綺麗な瞳だった。それは、爛々と好奇心で輝いていた。


「お前、まさか怯えてんのか?」


 フランク王子は不可解そうに眉を潜めた。私はそんな彼を睨み上げた。


「……睨んでんじゃねぇよ」


 不機嫌そうに言葉を漏らし、フランク王子は私の胸ぐらを掴み上げる。そう。フランク王子は何故か私と同じ牢屋に収監されていた。

 そんな彼は攫った時とまったく同じ服を着ている私の白と金のメイド服を視界に入れる。


「あ、そうだ。この服お前にはもう必要ねぇよな?」


 悪気もなくそう吐いた。

 フランク王子が今着ているのは、アンリと同じ白と銀をナショナルカラーとするセルニアの軍服だ。だから余計、白と金をナショナルカラーとするアリシアのメイド服は浮いている。けれど。


「やめて!」


 私はフランク王子に反抗した。すると、フランク王子は心の底から驚いたような表情をした。


「んだよ、お前。十年前はんなこと一言も言わなかったじゃねぇか」


「え……?」


 十年前? それって、やっぱりあの十年前?


「私、貴方とどこかで会ってる……?」


「なんだよ、覚えてねぇのかよ」


 言われてフランク王子を観察した。銀色の髪に紫色の綺麗な瞳。セルニアの王族の特徴をしっかりと受け継いだ王子様だということはわかるけれど、十年前の私に王子との接点なんかない。

 年齢だって彼の方が明らかに上だし、何番目の王子かということさえ私にはわからなかった。


「知らない。誰」


 敢えて冷たく言い放つ。けれど、フランク王子はそれほどショックではなさそうだった。


「ま、別に覚えてなくてもいいけど。ぶっちゃけ俺もさっきまで忘れてたからな」


 立ち上がる。そして、持っていた服を私に放り投げて「着替えてさっさと出て来いよ」と言い放った。


「ちょっ、待って! どういうこと?!」


 そのまま立ち去ろうとするフランク王子の背中に呼びかける。


「んだよ。来いって言ってんだよ」


 そのまま面倒くさそうに振り向かれた。


「どこに行けって言うの」


 そこで一体何をさせられるの。

 私はアトラスに何かをされたという記憶がない。私がアトラスなら徹底的に調べ上げるだろうけれど、アトラスは魔法騎士団の幹部のみんなに定期検診のようなものをさせるだけで済ませていた。私の力が暴走しそうになる度に魔法騎士団の幹部たちが中和してくれて、それで十年も生きていた。


「王の間だ」


 それだけ言って、彼は牢屋を後にした。どうして彼が牢屋の中に入っていたのかはわからずじまいだった。

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