幕間 出逢いの追憶
シャルムと共にアリシアに帰国した日、アトラス王の命令で同じ部屋で暮らすことになった。
アトラス王に任されたのは確かだが、ここまで一緒にされても困る。こちらに歩いてくる幼いシャルムは、あどけない表情でぽんぽんと何度かベッドを叩いた。
「こら、叩くな」
シャルムの祖国とアリシアの生活様式は全然違う。それを長期間の船旅で徐々に徐々に慣れさせてきたが、シャルムはベッドを興味深そうに叩くだけでその上に上ろうとはしなかった。
「お前……シャルムはここで寝てくれ」
魔法でもう一つベッドを作り出し、シャルムをわざわざその上に乗せる。だが、シャルムはすぐに飛び下りた。
「シャルム、乗ってくれ」
歩き回るシャルムの後を追い、部屋の隅でようやく丸まる彼女を見下ろす。これは船の中でもそうだった。
「シャルム……」
俺自身も寝床でないところで寝たことが何度かあるから気持ちはわかる。だが、そんな俺とは違いシャルムは寝床らしい寝床で寝たことがないのだ。
「……わかった。今日だけだからな」
説得するのも面倒くさい。俺はシャルムの隣に座り、杖を振って明かりを消した。
明日になったらメーリャ辺りに任せよう。そう思ってシャルムの寝息を確認する。まだ寝てはいないが、いつも通りならすぐに寝つくだろう。
瞬間、シャルムが動く気配がした。見ると俺の裾を引っ張っている。
「どうした」
大きな空色の瞳と目が合った。にぱっと笑って、シャルムは俺に縋りつく。拍子抜けしたが、驚きよりも安堵の方が勝っていた。
「……良かったな」
俺はどんな体勢でも寝れる。だからシャルムの好きなようにさせておいた。
*
その日から、俺とシャルムは行動を共にすることが多くなった。
『これなら安心してお前にシャルロットを任せられるな!』
あの命令を断らなくて良かったと思うほどに、その生活は意外と悪いものではなかった。
だからこそ、終わりが来ないように守り続ける。アトラス王がいない時は俺がシャルムを敵意から守る。その思いは日に日に強くなっていった。
「ディーノ!」
振り返ると、アリシアのナショナルカラーである白と金を基調としたメイド服を着たシャルムがいた。その服はまだ少し大きくて、そしてまだ新品だった。
「アトラスから、貰った! これ、新品……!」
珍しく表情を輝かせるシャルムにほっと一息をつく。そして、初めて会った時よりもほんの少し大きくなったシャルムを見つめた。
シャルムが成長した分俺自身もそれ相応の成長をしている。身長差は開く一方だったが、決して嫌ではなかった。
「ディーノとお揃い!」
「えっ」
お揃いではない。だが、多分シャルムは色が一緒だと言いたいのだろう。
魔法騎士団や他のメイドと同じ色をした服を着るということ。それは多分、成長したシャルムにとって喜ばしいことだったのだろう。
「あぁ、お揃いだな」
だから俺は肯定した。一瞬だけ、シャルムが最高の笑顔を見せた。
出逢って良かった。そう思った刹那に場面が変わる。それは、つい最近の――長い廊下での出来事だった。
「……私も、アリシアを守りたい」
初めてシャルムの泣き顔を見た。よくよく見ると、背もだいぶ伸びていて顔つきが大人っぽくなっている。
「――――」
思った。シャルムはもう、子供ではないのだと。
ディーノ。そう呼んで俺の後ろをついて回り、俺を困らせた子供はもういないのだと。
「シャルムはもう、子供じゃないんだな。俺たちが知らない間に大きくなった」
ずっと傍で見守ってきたはずなのに、気がつかなかった自分自身が悔しくて――どんどんと成長していく姿を見るのが寂しかった。
「……ディーノ?」
不安まじりの声がどこかから聞こえてきた。
「ッ!?」
「目の焦点が合っていなかった。何故?」
首を傾げて、目の前のシャルムがそう問うた。要するに呆けていたということか。
顔を振り、抓る。少しスッキリした。
「なんでもない。ほら、稽古の続きをするぞ」
不信そうにシャルムが俺を見つめるが、やがて短剣を握り締めた。目つきも真剣そのものだった。
「わかった」
静かに、いつもよりも低い声が訓練所に響く。俺たち魔法騎士団が使うことは決してない、それでも一応作られた訓練所に。
「シャルム」
不意に、俺はシャルムの名を呼んだ。シャルムは一回だけまばたきをした。
「……ありがとう」
問題ない、そうしてシャルムは優しく笑った。
――ありがとう、本当に。
何故今そう思いそう言ったのかはわからない。ただ、今言わないと後悔すると思ってしまった。
アトラス王と共にいる人間同士として。家族のような存在として。理由など上げればキリがない。刹那、一人の少年が脳裏を過った。
『俺が絶対に守りますから! だから……!』
奥歯を噛み締める。口内に鉄の味が広がった。
*
『ねぇ、ディーノ』
ひそひそと、ベッドの中でシャルムが囁く。
『なんだ』
釣られて俺も囁いた。
『……ずっと、一緒。……だよ』
辿々しい言葉で、それでも一生懸命に伝えてくれる。
『当然だ。……ずっと傍にいる』
すると、安心したようにシャルムが笑った。