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悪魔の娘の幸福論  作者: 朝日菜
第二章 キングドラゴン
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第二話 シャルムの旅路

「アトラス王、貴方という人は!」


 ビギナの隣国であるチェルで待機していたエメリヤンは、シャルロットを見て何を勘違いしたのか非難の声を上げた。

 当のシャルロットは見知らぬ人間に囲まれて怯えている。当然だ。今は人が怖い時期なのだろう。


「どうどうメーリャ! 落ち着いてくれ! それはきっと誤解だしシャルロットが怯えている!」


 慌ててアトラスが言い、事情をディーノが淡々と話す。すると、すぐにエメリヤンの誤解は解けた。


「だったら早くちゃんとした服を着てください! その子の服も罪人服のままにさせるわけにはいきません!」


 国境付近に人はいないが、首都に近づくにつれて人は増えていく。チェルはビギナ同様国土のほとんどが自然に覆われているが、人がいないわけではないのだ。


「そうだな、何か着よう」


 刹那にアトラスは陽気に言い、何をするわけでもなく自分とシャルロットの服を一新させた。シャルロットの枷も外し、シャルロットは驚いたようにアトラスを見上げる。


「うわ〜お。何その魔法! ちょ〜便利そぉ〜!」


「まだ教えないぞ〜。お前が他の魔法を覚えたらだ」


「何よぉ何よぉ。一人一人の進捗ちゃんと覚えててムッかつくぅ〜」


「ははははは! 頑張れ頑張れ。メーリャみたいに覚えが良かったらお前にも教えられたんだがなぁ。メーリャ、今度は首都に移動して港に行く。瞬間移動してくれ」


 エメリヤンは頷き、全員を首都へと移動させた。イザベラはまだ全員を移動させることはできない子だ。エメリヤンと比べるとイザベラとディーノが可哀想になるが、エメリヤンが規格外なのも理解している。

 アトラスは首都の景色を一望し、全員を連れて付近の港へと歩き出した。シャルロットはディーノが片時も目を離さないおかげではぐれたり逃げ出したりすることもなく、大人しくついてくる。


 チェルの港はたいした外交もしていないせいでちっぽけなものだったが、ここからアリシアに瞬間移動することはいくらアトラスの力があってもできることではない。


「よし! 乗ってきた船を返してもらうか。ディーノ、行くぞ」


「わかった」


「メーリャ、イザベラ、お守りは頼んだぞー!」


「えぇっ?! ちょっとぉ、ディーノの目がなかったらまじで目ぇ離すことできないじゃなぁい!」


 どこかからイザベラのそんな声が聞こえてきた。残されたエメリヤンとイザベラはため息をつき、隣のシャルロットを一瞥した。


「アトラス王、俺で良かったのか? メーリャとイザベラが困っているが」


「同姓同士でシャルロットも気ぃ許すと思うんだけどなぁ……。ディーノはお守りの方が良かったか?」


「別に」


 ディーノは俯いた。


「なぁディーノ」


 そんなディーノに声をかける。「ん?」と、ディーノは顔を上げる。


「俺はあまり、シャルロットの傍にいてあげられない」


「ホワイトドラゴンとの誓いを破るのか?」


「いやいやいやいやそういうことじゃなくてだな! これから先、戦争を終える為に王として外に出なきゃいけなくなるだろ?! その時シャルロットを連れて出ていくわけにはいかないだろ?!」


「確かに、シャルロットは悪魔に魂を売った。あの子の敵は、世界だろう」


「だからアリシアから出すわけにはいかない。迷子になったら困るから城からも出したくないんだが……」


「さすがにそれは過保護では?」


「……だよなぁ。でも、シャルロットを一人にすると不安で不安で仕方ないんだよなぁ」


「親みたいなことを」


 ディーノはそう思ったが、アトラスはそう思っていなかったようだった。


「そうか……! 俺はシャルロットの親……!」


「……? あぁ、よくわからんがそうだと思う」


「ディーノ。俺は、シャルロットの幸せを願っているよ。わざわざ探して引き取ったのは悪魔についての研究材料になればいいなぁ程度だったが、今のシャルロットを見ているとそう思う」


「……アトラス王がそう言うのなら、俺たちもシャルロットの幸せを願う。俺やイザベラのようにお前に惹かれてくる奴もいれば、メーリャやファラフのようにお前がわざわざ拾ってきた奴もいる。シャルロットは俺たちと同じだ。同じくらい幸せになってほしい」


「ディーノ……! お前がそう思っていてくれて良かったよ。これなら安心してお前にシャルロットを任せられるな!」


「は?」


 良かった良かったと呟くアトラスは頷いている。だが、ディーノは上手く飲み込めなかった。


「シャルロットを我が国のメイドにする! お前はシャルロットの育ててくれ!」


 意気揚々と語るアトラスを他所に、ディーノの顔色は青白く染まる。


「できるよなっ!」


「困る」


「えぇっ?! 頼むよディーノ! お前一番年上だろ?!」


「俺には向かない」


 拒否し続けるディーノだったが、アトラスの表情を見ていると腹を括るしかないのだと理解する。


「……努力はする」


「頼むよ、ディーノ。お前がいたらシャルロットが命を狙われて死ぬこともないだろうし」


「あぁ、そうだな。それはそうだ」


「頼んだからな、ディーノ」


 何度も何度も名を呼ばれたディーノは口を閉ざした。だが、かつての頭領に憧れたディーノはアトラスに頼られて満更でもなかった。

 船を返してもらう手続きをし、港で待っていた三人と合流する。エメリヤンとイザベラは戸惑いつつも、きちんとシャルロットを見守っていた。


「おーい、戻ったぞー!」


 棒立ちしていたシャルロットは、アトラスの声に反応を示す。そうしてゆっくりとアトラスを探した。


「あっちですよ」


 シャルロットはエメリヤンが指差す方へと視線を向ける。その目には、数時間前の絶望と諦めが見えることはなかった。それを見たアトラスは安堵して、素直に六歳くらいのシャルロットを尊敬した。


「待たせたな、シャルロット」


 声をかけるが、シャルロットは返事をしなかった。首を傾げると、エメリヤンが前に出た。


「アトラス王、実は……」


 隣の部下は、言いにくそうに言葉を探した。


「……シャルロットは、どうやら声が出せないみたいなんです」


「は?」


 その事実は、まったく聞かされていなかった。アトラスとディーノは戸惑い、出国を催促されて船に乗り込む。


「ア、ト、ラ、ス」


 ゆっくり丁寧に発音するが、シャルロットがその名を声に出すことはない。口を何度か開閉し、空気を出すだけ。


「これは……」


「余程のストレスを受けたのだろうな」


「ストレス?」


「先天性ではない。きっと後天性のものだろう」


「可哀想ねぇ、シャルムちゃん」


「……シャルム」


「なんだお前たち。そのシャルムって」


「シャルロットの愛称よぉ。エメリヤンをメーリャって呼ぶのと一緒。シャルロットって長いもの」


 確かに長い。三人にした途端に生まれた愛称は呼びやすく、呼ぶとシャルロットは不思議そうな表情をする。

 だが、シャルムが自分の名前であると気づくとそんな表情さえもやめた。


「まぁ、焦らなくてもまだ時間はあるか」


 吹っ切れた表情をしたアトラスは、船の進路を指差す。


「帰るぞ! アリシアへ――!」





「そこからは長い長い船旅だった」


 懐かしそうに細めた目を戻した。三人は、親身になって私の話を聞いていた。


「終わりですか? シャルロット」


 無言で頷く。あのまま私はアリシアに来て、数年後に正式なメイドになった。


「ちょっと待てよ。お前……」


 目を見張るアポロには何も言っていない。


「出身国はわからない。けれど私は、ビギナに連れ去られていたところをホワイトドラゴンに――そして、キングドラゴンのアトラスに助けられてアリシアに来た。その日以降アリシアから出たことはない」


 私が、悪魔に魂を売った元人間だということを。


「想像以上の経緯があったこの国に来たんですね」


 アンリはそうやって相槌を打った。アンリにも言うわけがない私の秘密を、アイオンは知っているかのような表情をしていた。


「アンリ、ついた」


「ッ!」


 我に返ったアンリが私に礼を言う。礼を言うことはないのに。これが私の仕事だから。


「じゃ、私は戻る」


 アイオンに何かを言われる前にそそくさと離れた。アイオンがアポロに告げたらお終いだけれど、アイオンが言わないようにと願うことしかできなかった。

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