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悪魔の娘の幸福論  作者: 朝日菜
第二章 キングドラゴン
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第一話 少女と王

『さぁ、シャルロット! 後は貴方だけよ!』


『来なさい、父さんが手伝ってあげるから!』


 母さんと父さんが私を引っ張る。外に出るとどこまでも広がっていく砂漠に連れ出されてしまった私は、禍々しい雰囲気を醸し出す黒いバケモノを視界に入れた。

 振り返ると、母さんと父さんも同じ翼を広げて笑う。私以外の村人たちも、バケモノも、みんなみんな笑っていた。





 たくさんの人たちの声が聞こえてくる。どんな言葉だったのかは遠い昔のことすぎて覚えていないし、もしかしたら幼すぎて理解できなかっただけかもしれない。


「――――」


「――――」


 母さんは? 父さんは? おじさんたちは誰?


 私は、立ち尽くしたまま私を囲む人々の足元を見つめていた。周りには良くしてくれた近所の村人たちさえいない。たくさんの人たちがいるのに、世界で私一人だけになってしまったような感覚がする。

 だからか自分を縛る手足の枷がとてつもなく重たかった。泣きたくなって、けれど泣いちゃいけないと思って唇を噛んだ。


 躊躇なく小石を投げられる。それが固い体に当たって死ぬほど痛い。怪我した場所から血が溢れてきた。

 もしかしたらこのまま死ぬのかもしれない。幼心にそう思って、瞬間、その場の空気が変わったことを肌で感じた。


「ビギナの聖なる泉で殺せ!」


 誰かがそう言った。低い、男の人の声だった。

 場はどよめいて、誰かが拳を高らかに上げる。それにみんなが続いていった。それが一番怖かった。


「誰か異論のある者は?」


 隣の男の人が問う。瞬間に静まり返った民衆の目は、冷たく私の体を刺した。


「では、そのように致しましょう」


 別の男の人に無理矢理立たされ、ここではないどこかに連行される。振り返った瞬間に見えた景色は、私への罰を決めた人が民衆に崇め奉られているところだった。

 私には生きる価値なんてない。意識を奪われる直前、それだけを理解した。理解するのはそれだけで充分な世界だった。


『ほんとに村人全員が悪魔に魂を売ったのか?』


『奴らを殺した魔女様たちが言ってたんだから間違いないだろ。つーかお前、自覚あんのか? 俺たちが今護送してんのはその村唯一の生き残りなんだ。ガキとはいえ油断したら命盗られるぞ?』


『自覚なんてねぇよ……。だって普通は悪魔に魂売らねぇだろ……?』


『外部と連絡取ってない民族だったらしいからな。そういうのは唆されたらもう終わりだ』


『あぁ、だから《民族狩り》なんてのが世界各国で起こってんのか』


『真っ先にディアボロスが狙われたようだぜ』


『なんだよディアボロスって』


『戦闘民族だよ。白髪赤目の』


『あぁ、あいつらか。確かにそこを狙われたら魔女様たちでも敵うかどうかだな』


『危険な芽は早いうちに摘んだ方がいいからな。これで少しは平和になってくれるといいんだが』


『無理だろ。世界はまだ、戦争中なんだから』


『無理だな。戦争はそう簡単には終わらない』


 視線を動かし、わずかに外が見える鉄柵から二人の兵士たちを見る。着ている鎧に描かれた国章は見えなかったけれど、黄色と青色のナショナルカラーは母さんと父さんがよく身につけていた色と同じだ。

 けれど、同じ人種の人たちに連れ去られていることなんて今の私にとってはどうでもいいことだった。


 ここはどこ。気温がまったく村とは違う。寒くて寒くて死にそうになって、母さんと父さんの影を探す。

 馬車らしきものに乗せられて、一体何日移動しただろう。私はただ家族に会いたいだけなのに、それは一向に叶いそうになかった。何もかもがどうでも良くなり始めてくる。


(つまらないなぁ)


 不意にそう思った。


『うわっ?! ドラゴン?!』


『逃げろ! 色が白い! こいつはホワイトドラゴンだ!』


『逃げろってどうする! 後ろのガキは?!』


『ホワイトドラゴンに会ったんだ! どうせ死ぬだろ放っておけよ!』


 一目散に逃げ出していくような音がする。私はわけがわからなくて、逃げ出そうとしても枷のせいで逃げられなくて、屋根が破壊される様を見つめる。

 私のことを見下ろしていたのは、巨大な白い何かだった。彼らの言葉を借りるならば、ホワイトドラゴンという種類のドラゴンだった。





「ここがビギナかぁ!」


 照りつける太陽の下、笑顔のアトラスがそう言った。後ろでは、呆れた表情をするディーノとイザベラが立っている。


「アトラス王。遊びに来たわけではないんだろ?」


「ほんとほんと。ていうか遊びでも来ないわよぉ」


 人の手が一切加わっていない国。つまり、人ではない者の最後の住処となる国がビギナだ。王という王はおらず、それを知る者はここに住んでいる者たちだけ。

 それがわからないアトラスではないのに、咎めるように言った二人に対してアトラスは軽く言葉を返した。


 二人同時にため息を吐き、顔を見合わせてアトラスに続く。ジャングルの中を突き進むアトラスは、そんな二人に気づいた上で振り返った。


「お前たちがそう言いたくなる気持ちもわかるよ」


 さっきまでとは一転、アトラスは気難しそうにビギナ国の自然を眺める。


「早く行かないと手遅れになるのは明白だ。さっさと終わらせて、みんなでこの国を観光しよう」


「なんちゅう顔でなんちゅうことを言ってるのよぉ……」


「本気で観光する気なのか、あの人は」


 世界の様々な文化と自然を愛する人だということは知っていたが、ビギナまでが対象国だとは思わなかった。

 こんな機会でもないと来れない異色の国を突き進み、アトラスは遠く離れてしまった二人を呼び出す。二人は渋々とアトラスの背中を追いかけて、アトラスはアトラスでさらなる奥地へと進んでいった。


 彼国で起きた裁判とも言えない場があった日は、一昨日。それを調査した結果、ビギナに連行されたと知った彼らは大急ぎで目的の人物を追いかける。

 同国で起きた事件はとても痛ましく、同時に吐き気がするような結末を迎えた。それでも、唯一生かされた子供だけが希望だった。


 なのにその子供でさえ裁かれて、祖国から遠く離れた地で殺されようとしている。そんな結末は望んでいなかった。


「オウサマ、ケダモノがこっちに気づいてますよぉ〜」


「けど、近づいてこないな」


「賢い子たちだ。来たら来たで対処を考えていたんだがな」


「人選的にそうだと思っていたけどねぇ〜。サイアク。毛皮を剥いでアクセにしようと思ってたのにぃ」


 憎たらしそうに動物たちを眺めるイザベラは、最初からその気でいたらしく剥ぐ為の刃まで持ってきていた。杖よりも信頼できるかららしいが、それに同意できるディーノでも杖の方が楽なのにと思う。


「アトラス王」


「ん? なんだ?」


「貴方はちゃんとした目的地を把握しているのか? 闇雲に探しているのなら埒が明かない。一旦手分けして探した方が得策ではないか?」


「ディーノ、安心しろ。行く宛ならある」


「えぇ〜? オウサマわかるんですかぁ〜?」


「気配があるんだよ。それを辿っていけばいい」


「気配? それらしきものは感じないが」


「〝血〟が覚えているんだよ。遠い昔、悪魔をこの世界から追い払ったという御先祖様の尊い血がな」


 ディーノとイザベラは何も言葉を返せなかった。今自分たちが慕っている一国の王の血筋の素晴らしさを頭では理解していても、こうして実感できる日は少ない。そして、血筋だけではなくそれを受け継いだ本人の強さにも惹かれゆくものがある。


「けど、参ったな。ここからだと少し遠い」


「箒で飛べばいいのでは?」


「そうなんだけど、あまり動物を刺激したくないんだよなぁ」


「飛んだら飛んだで自然の怒りに触れるわよぉ? ここで魔法を使うなんて命知らずにもほどがあるわぁ」


「あぁ、なるほど。だからこの人選なのか」


「ディーノ、貴方まさか今頃それに気づいたのぉ? 魔法だけだったらお互いにメーリャには勝てないじゃない」


「すまない。メーリャはまだ幼いから置いてきたのかと……」


「テメェ喧嘩売ってんのか」


 ディーノを羽交い締めにしようとするが、暗殺集団に所属していたディーノを拘束することは不可能に近かった。イザベラは舌打ちし、ディーノは不思議そうな表情でイザベラが不機嫌な理由を探る。


「ねぇオウサマぁ。魔法が無理なのわかってるからわざわざ歩いてあげたけど、いい加減無理。限界。その辺の動物捕まえて足にしましょうよ」


「あまりそうしたくはなかったが、仕方ないな。どんどん引き離されていくのだから、どう考えても向こうは馬車持ちなんだろうし」


 顔を見合わせ、三人は頷き合う。そうして得たケンタウロスを従わせ、昼間のビギナを駆け抜けた。


「……おかしい」


「アトラス王、今『おかしい』と言ったか?」


 風が耳を覆い隠す。だが、地獄耳のディーノには聞こえてきた。


「あぁ。さっきからずっと対象が止まっている。死んでいる……わけではないよな」


「気配があるなら違うと思うが……。他になんの気配が?」


「なんつーか、でかい……まさか動物に襲われてるのか?!」


「だとしても気配が消えないのはおかしいだろう。何かあったに違いない、いそ――」


 瞬間、彼らは身構えた。目の前から鎧を着た兵士が走ってくるが――あまりにも無害すぎてすれ違うだけに留まる。


「なんだったんだ、あれ」


「まじでヤバいんじゃない? なんかいるわよぉ!」


 視線を上げると、微かに白いものが見える。


「あれは……うわっ?!」


 瞬間に振り落とされた。視線を巡らせると、ディーノとイザベラも落ちている。


「おい、ケンタウロス! おいって……!」


 走り去ったケンタウロスを見て理解した。あれは白い岩なんかじゃない。ビギナの実質の王だ。


「まさか……!」


 すぐさま態勢を整えて走った。気づかなかったなんて滑稽だ。同胞と言っても過言ではないのに。


「ホワイトドラゴンか?!」


「うっそ! あの超希少なぁ?! 鱗だけでいいから欲しい! 欲しいわぁ!」


「ディーノ! イザベラ! 助けるぞ!」


 短い、けれどはっきりとした返事が真後ろから聞こえてきた。あの一瞬で態勢を整えてついてきたのだろう。他の団員だったらこうはいかない。

 この二人を選んで良かった。二人が二人で本当に良かった。


 馬車が通った獣道のその先にいたのは、やはりホワイトドラゴンだった。奴の手中にいたのが、ずっと探し求めていた少女だった。


 アトラスは迷うことなく骨を変形させる。滅多になったことはないが、すべては〝血〟が教えてくれる。巨大な金色の両翼を生やし、牙を生やし、鱗で全身を覆い――そうしてアトラスはドラゴンの王であるキングドラゴンとなった。


『その子を離してくれないか?』


『この子をどうするおつもりで? 人でもない、魔法使いでもない、ドラゴンでもない青年よ』


『我が国で保護する。悪いようにはしない』


『この子をか。人でもない、魔女でもない、悪魔でもないこの子供を』


『そうだ。その子は、人にも、魔女にも、悪魔にもなれる可能性を秘めている。殺すなんて愚か者がすることだ』


『確かにそうでしょう。けれど、何者かになる為には途方もない時間が必要になる。それでも貴方はいいと言うのか』


『貴方は私に言ったはずだ。私は人でも魔法使いでもドラゴンでもないと』


『それが貴方の答えか』


 ホワイトドラゴンの彼女が目を閉ざす。


『私が責任を持ってその子の傍にいると誓う』


 瞬間に彼女の手から子供が下ろされる。


『いいでしょう。私の国よりも、貴方の国にいた方がこの子はきっと幸福になる。それを信じて、私は貴方にこの子を託す』


『感謝する』


 アトラスはすぐに人の姿に戻った。破れた衣服を肩にかけ、アトラスは下ろされた少女の元へと向かう。


「初めまして、シャルロット。俺と一緒に来てくれるかい?」


 少女に向かって手を伸ばした。じぃっと、少女は骨ばったアトラスの手のひらを観察する。少女はそのまま動かなかった。


「あ、あれ……?」


 腑抜けた声をアトラスが出す。アトラスはてっきり、少女が感極まって自分の手をとるものだと思っていたのに。


「えっと、あのな? 俺は君を助けたいんだよ。わかるか? シャルロット」


 先ほどまでの威厳を失い、少女と会話をすることにアトラスは今まで以上の全力を出す。


「アトラス王、言語は世界共通だ。わからないわけ……」


 瞬間、少女から何かが飛び出した。それは少女の小さな手で、その手でアトラスは手を握られる。アトラスは嬉しそうな笑顔を見せ、ディーノとイザベラも安心したように息を吐いた。

 ただ、当時の少女にとってそれは目の前にあったものを掴むという認識だった。


 そんなことも知らずにアトラスは少女を抱き上げる。そして、足につけられていた枷に気づいた。馬車に繋いでいた鎖はホワイトドラゴンによって壊されたようだが、足についているそれは今もなおついたまま。


「……ディーノ、イザベラ。すぐにここから出よう」


「あぁ」


「もちろんよぉ。観光なんてしないからねぇ?」


 アトラスは頷き、この国の王であるホワイトドラゴンに頭を下げる。そうして魔法を使う許可を得て、四人はこの国から脱出した。

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