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悪魔の娘の幸福論  作者: 朝日菜
第一章 留学生と遭難者
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幕間  ある日の決意

「アポロ、アリシアは楽しいですか?」


 アイオンと中庭を歩いていると、不意にそんなことを尋ねられた。

 アリシアはベルニアよりも国土が狭いが、国力ではどこの国よりも優れている。対抗できる国はセルニアくらいだろうか。そういうところは中庭を見ただけでもわかることだった。


「そりゃあもちろん。楽しいぜ?」


「そうですか? そうは見えませんが」


「見えないなら聞くなよ」


「貴方の口から『楽しくない』と聞きたかったのです」


 アイオンは昔から変わった奴だった。

 小さい頃から知っているのに、いや、俺が生まれた時からそこにいたのに、母親とも乳母とも違う身近な女性。見た目は明らかに女の子なのに、そんな日々を送っていた俺はどうしてもアイオンを女の子だとは思えなかった。


「アポロ、魔法使いではない人間がアリシアで生きていくのは不可能です」


「はぁ? でも、シャルムがいるだろ」


「そうですね。シャルロットは魔女ではありません」


「シャルムが生きているんだから、不可能じゃないだろ」


「そうですね。ですが、私はアポロが迫害されてしまう様を見たくありません」


「迫害、って……」


「アリシアはそういう国です。昔から何も変わっていません」


「……アトラス王がそうさせているのか?」


 信じたくなかった。アトラス王みたいに温かい人が、そんな酷いことをするはずがないと。


「結果としてはそうですね。アトラスは、魔法使いではない者には冷たいですから」


 それでもアイオンは肯定した。


「でも、シャルムは家族みたいな子だって言ってただろ」


「そうですね。それはシャルロットがシャルロットだからだと思います」


 意味がわからなかった。だが、アイオンの言うことはいつだって意味がわからなかった。

 それがベルニアが滅ぶ前の日常だったことを思い出し、俺はようやく肩の力を抜く。そのまま歩き続けて、アイオンから視線を外した。その瞬間、城の中から一人の少女がこっちを見ていることに気がついた。


「あれは……」


 たった一人で行動しているメイドなんてこの国では一人しかいない。アリシアのナショナルカラーである白と金のメイド服を着用している茶髪の少女は、シャルムだった。


「シャルロットですか」


「シャルムだ」


「シャルロットです」


「シャルムでいいって言ってたぞ」


「シャルロットからそう言われていません」


「じゃあ聞こうぜ」


「いいですアポロ」


「いいからいいから」


 アイオンの手を引っ張ると、「嫌われますよ」と返される。


「ほ、ほんとに……?」


「アポロは人との距離感を間違えることが多々あります。結果、毎回嫌われたでしょう?」


「……ウッ」


「やめましょう。それに、今はディーノもいるので」


 もう一度視線を上げると、シャルムが見ていたのはこっちではなく自分の真横の人だった。


「ディーノって、魔法騎士団の?」


「そうですね。アポロ、彼に近づいてはいけません」


「なんでだよ」


「彼は人殺しだからです」


 瞬間に足が止まった。


「人を殺していなくても、動物を虐殺し続けた者。人を操って生きてきた者。人から金品を強奪し続けてきた者。人を不当に虐げてきた者。人を唆し争いを生み出し続けてきた者。悪しき交配で生まれてきた者。悪魔に魂を売った者――それが彼女たち幹部の正体です」


 そんな酷いことをするような人たちだと思いたくなかった。


「シャルムは大丈夫なのか」


「いいえ。私がこの国に来たのは、シャルロットを救う為です」


「それがあの人たちの正体なら、俺だってシャルムを救いてぇよ」


「アポロ、貴方は足手纏いです。ですから来ないでほしかった。『楽しくない』と言って他国に逃げてほしかった」


「俺がここに来たのは、あの時たまたまアイオンと一緒にいたからだ。けど、それを聞いたらますます出てく気にはならねぇ」


「アポロ、貴方は優しい人ですね」


「人として当然のことだろ?」


「それを押しつけてきたから他者から嫌われてしまうのですよ」


 返す言葉もなかった。

 項垂れて、長々と話すシャルムとディーノをもう一度見上げた。


「あの二人、仲が良いのか?」


「それは嫉妬ですか?」


「はぁ?! ちげーよなんでだよ!」


「シャルロットが私とアポロを見て『あの二人は仲が良いのですか』と聞くようなものなので」


「はいはいそうだな愚問だったな」


「はい。常に共にいる者が仲良しなのは常識です」


「……シャルムはディーノの正体を知っているのか?」


「私は魔女です。ですが、そこまではわかりません」


 そりゃそうだ。また愚問だった。妙に距離が近い気がするが、俺とアイオンの距離と大差なくて言葉を飲み込む。


「それでも、アトラスが言っていました。シャルロットと一番仲が良いのはディーノだと」


「アトラス王が?」


「と言っても、兄妹みたいなものでしょう。アポロ、落ち込むことはありません」


「なんで俺がシャルムに恋してる前提で話すんだよ」


 常々思うが、アイオンは思い出したようなタイミングで適当なことを言う変わった奴だった。いちいち間に受けていると身が持たない。


「男女の友情はないと昔アポロが言ったので」


「昔の話な」


 俺は昔とは違うんだから。そう思って息を吐いた。

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