表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔の娘の幸福論  作者: 朝日菜
第九章 最愛を誓う人と
30/30

第四話 王国への帰還

 シャルロット――またの名をシャルムは、アリシアの元メイドだった。今はセルニアの王子である俺の従者として生きていて、今日、久しぶりにそのオネーサンと俺は会う。


「オネーサ〜ン!」


「あ、ヨハン王子!」


 数週間ぶりに再会したオネーサンは、なんだか晴れ晴れとした表情で城の門の前に立っていた。


「ちょっとちょっと! アポロとつき合うことになったってどういうことなの?!」


 それがずっと納得できなくて、オネーサンに詰め寄る。オネーサンはまばたきを繰り返し、口を中途半端に開いて言った。


「えっ、と……好き、だからですかね」


 頬を赤らめて視線を伏せるオネーサンの脳裏に浮かんだのは、俺じゃなくてアポロだ。そんなのはもうわかっている。


「俺が聞きたかったのはのろけじゃないから!」


 そんなオネーサンの返事を聞いても、まだ納得ができなかった。オネーサンは困ったような表情を浮かべて俯く。俺はそんなオネーサンを見て、泣きそうになった。だって、オネーサンはずっと俺のオネーサンだと思っていたから。


「あ、れ……。それって……」


 オネーサンが俯いた時に不意に視界に入ってきたのは、俺があげたネックレスだった。それは俺が長い時間をかけて選んだ物で、オネーサンの為に買った物だった。


「あ、これ、本当にありがとうございました!」


「べ、別に……。だって、オネーサンは俺の従者だし」


 当然という意味を込めて、ようやくオネーサンに笑いかける。……そう、今はそれでいい。いつか必ず、オネーサンに振り向いてもらえるのなら。


「もう行こ、オネーサン。オネーサンを待ってる人は他にもたくさんいるんだから」


「え……?」


 目を見開くオネーサンの額を思いっ切りチョップする。


「オネーサンはね、オネーサンが思ってる以上に愛されてるんだよ」


 そうしてオネーサンの目を見つめた。オネーサンの綺麗な空色の瞳は、それを自覚していないようだった。





 右手首につけたブレスレットが太陽の光を受けて輝く。それは、セルニアに戻る直前にアポロが私にくれた物だった。


「愛されてる、んですか?」


 唇を尖らせるヨハン王子は、また私の額にチョップしようかと狙いを定める。


「ごごごごっ、ごめんなさい!」


 慌てて謝ると、ヨハン王子はニッと笑って私の手を握り締めた。


「ッ!?」


「ほらほら、早くっ! オネーサンはなんにもわかってないみたいだから、俺がちゃ〜んと教えてあげるよ!」


 私の方を一切向かずに、城の方を見つめながら彼が言う。返事をしようと口を開くと、誰かの声が聞こえてきた。


「シャルムー!」


 ジュストが私の名前を呼んでいる。隣にはもちろん、ミレーヌもいた。

 ヨハン王子は「ね?」と私に微笑みかけて、手を引っ張る。私は頬を綻ばせて、みんなが待つ場所へと足を動かした。


 ぎゅっと、ジュストが私を抱き締める。私もジュストを抱き締め返して、ミレーヌにも抱き締められて、三人で笑った。


「会いたかったよ、シャルム」


「私も、みんなに会いたかった」


 ジュストは嬉しそうに私を見下ろし、「あ」と声を漏らして私がつけているネックレスを指差す。


「それ、すごく似合ってるね」


「あったり前でしょ? 俺が選んだんだからさ〜」


 えっへんと胸を張るヨハン王子に、ジュストは「そうなの?」と驚いたように相槌を打つ。ジュストがヨハン王子を尊敬の眼差しで見つめていると、足音が聞こえてきた。


「シャルム、帰ってたんですね」


「あ、アンリ!」


 アンリの後ろで佇むロイクも、私に笑いかけてくれる。二人は相変わらず仲良さそうで、ヨハン王子の言う通りアンリは元気そうだった。


「ご無事でなによりです、シャルム」


 私に笑いかけるアンリを見て、息がつまりそうになる。これもヨハン王子の言う通りだ。私のことを心配してくれた人たちがこんなにいるのに、私は――。


「……ごめんなさい」


 その場にいた全員が、ぽかんとした表情で私に視線を移した。みんな、「何が?」とでも言いたそうな表情をしていた。


「〝悪魔〟になって、ごめんなさい……!」


 ぼろぼろと溢れた涙を拭きながら、私は言葉を紡いでいく。どうして自分を嫌ってしまったのだろう。今は後悔しか残っていなかった。


「逆にそれで良かったんじゃないか?」


「えっ?」


 私に触れようとしていたヨハン王子が振り返って、「リシャール兄さん!」と声を漏らす。顔を上げると、二階の窓からリシャール王子が私のことを見下ろしていた。


「よく考えてみろ」


 そう言って、リシャール王子がまた歩き出した。きっと、たまたま通りかかったのだろう。リシャール王子は忙しい人だから。


「リシャール兄さんはきっと、『それで大切な物を見つけることができただろう?』と言いたいんですよ」


「そうなの?」


 そんなこと言ってたっけと眉を顰める。けれど、ヨハン王子とジュストはなるほどといった表情でアンリを見ていた。

 私は自分の胸に手を当てて、自分自身に尋ねてみる。そして、見えてきたものを信じた。


「そうですね。……そうかもしれません」


 精一杯笑うと、みんなも同じように笑みを零した。

 もう一度リシャール王子がいた場所を見ると、今度はそこにフランク王子が立っていた。目が合うとすぐに逸らされて、私は思わず首を傾げる。


「なんだよお前! 用済みなんだから帰ってくんじゃねぇよ!」


「あっ、こら! フランク兄さん! シャルムオネーサンは俺のなの! 帰ってこなきゃダメなの〜!」


「あれはあの人の照れ隠しですよ」


「それでもダメ〜!」


「ところでシャルムさん、そのブレスレット綺麗ですね」


「あ、それはおれも気になってました! アリシアで買ったんですか?」


「ううん。これはアポロが……」


「はぁっ!? アポロ?!」


 瞬間にじろっとヨハン王子がブレスレットを睨んだ。それをミレーヌとロイク、王子たちが笑って見ていた。

 私は、笑いすぎて出てきた涙を拭って彼らと共に歩き出す。あれほど不安がっていた帰還だったのに、何も恐れることはなかった。世界はこんなにも広くて、ずっと私のことを待っていた。


 瞳を閉じて、あの時のアトラスを脳裏に浮かべる。


(アトラス、前言撤回するね。私は今、とても幸せだよ)


 心からそう思えた。出逢いが私を変えてくれた。

 これは私の幸福の物語だ。そんな私の物語は、これからもずっと続いていく。終わらない旅を、繰り返していく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ