表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪魔の娘の幸福論  作者: 朝日菜
第一章 留学生と遭難者
3/30

第三話 王子と王子

 わかったとディーノから返事を貰った時は、驚きよりも喜びの方が勝っていた。

 ディーノは魔法騎士団の幹部の一人。けれど昔、暗殺集団に所属していたと私はイザベラから聞いていた。その暗殺集団の頭領は魔女だったらしく、彼女に憧れたディーノは海を越えてアトラスに教えを乞いに来たらしい。


 城の手前で別れ、来たときとは逆にゆっくりと東塔へ戻る。そして、セルニアの遭難者たちを思い出した。騒動で一瞬しか見れなかったけれど、一人だけ綺麗な銀髪を持つ少年がいた気がする。

 他の人とは明らかに違って見えたあの人は、一体誰だったんだろう。


「どうだった? 遭難者たちは」


 不安の色を隠せないのは、東塔に残っていたメイドたちだった。私は良くも悪くも特別で、城内で立ち入り禁止とされている場所はないし仕事中でも国内ならばどこへだって行ける。


「セルニアの人たちだった。魔法使いは乗ってなかったみたいで、どうすることもできなかったって。体調を崩してる人もいたし、全員が回復したら帰国させるって」


「悪魔は? いないよね?」


「幹部たちがみんな調べた。だから、大丈夫」


「にしても、セルニアが何しに船に乗ったんだか。シャルム、あんたが一番接する機会が多いと思うから言うけれど、くれぐれも気をつけてね。余計なことはしない、言わない、必要以上に関わらない。わかった?」


 そんな私に釘を刺し、掃除を終えていたにも関わらず私のことを待っていたみんなが去っていくのを見送った。

 私以外の国民はみんな魔法使いだ。魔法使いじゃないのは他国から来た私のような人たちだけ。掃除はそんな彼女たちが魔法ですぐに終わらせていた。


「シャルム? あんたのやることはないよ?」


「ううん、わかってる。……その、ありがとう」


 しんと、東塔が異様に静まり返る。訝しげに振り返ると、彼女だけじゃなく――みんなが驚いたように私を見てまばたきを数回繰り返していた。


「……な、何?」


 一歩後ろへと下がり、素人じみた迎撃態勢をとる。そんな私を見て、みんなが一斉に笑い出した。


「何ってだって、あんたが礼を言ったからじゃない!」


「あははっ! なんだか随分と久しぶりにお礼を言われた気がするわ!」


「ふふふっ! ちょっと、その顔傑作! あんたってそんな顔もするのね!」


「くふふっ! シャルムってちょっと可愛い〜」


 人の数だけ笑い方が違う。やっぱり人は十人十色なんだと関係ないところで思う。

 次に、言われた台詞を思い出してむっとなった。


「今さら何不貞腐れてるのよ……!」


「なんだよシャルム〜。何があんたをそうさせたの〜?」


(……何が、私を?)


 言われて目を閉じてみた。身の回りで変わったことと言えばなんだろう。


(……あぁ、あの人だ)


 太陽のように眩しい、あの人だ。次に目を開けた時、それは確信に変わっていた。


「別に、何も」


 ただ、みんなに揶揄われないように。そう思ってそう答えた。「ふーん」とか「本当〜?」とか、様々な反応を無視して清潔になった東塔の窓に顔を突っ込む。

 ここからだと中庭がよく見えて、鮮やかな夕日が広大な庭園を照らしている。綺麗に刈り込まれた植木に視線を落とすと、そこには先ほど見かけた銀髪の少年がいた。


(あの人、どうしたんだろう。レベッカたちが居館に案内したはずなのに――道に迷ったわけじゃないよね)


 ここから導き出される結論はなんだろう。悪魔ではないと確定しているけれど、相手はあのセルニアの人だ。

 キングドラゴンの子孫であるアリシア家の人たちと、クイーンドラゴンの子孫であるセルニア家の人たちと。間に確執があるわけではないけれど、なんとなく長年意識し続けた両家と両国がアリシアとセルニアだった。


 そうやってしばらく考えたけれど、やっぱり結論は出てこない。

 それよりも何も知らない誰かに不審者と間違えられて殺されてしまう方が大変だ。


(中庭に行かなきゃ)


 特に誰にも伝えずに、みんなが出ようとしていた通路とは反対側の階段から下りる。近道を選んで、なるべく速く彼のもとへ行く為に私は走った。

 思えば今日は走ってばっかりだ。けれど、気分が晴れやかになるのは悪くはない。


「あのっ!」


 庭園に立っていた少年が振り返る。近くで見るとやっぱり綺麗な銀髪で、夕日に照らされてキラキラと輝いていた。


「私、アリシアのメイドをしている者……です」


 一度、深々と頭を下げる。上げた時、彼は不思議そうな表情で私を見ていた。


「初めまして。セルニア国第四王子のアンリ・セルニアです」


 そうして私ほどではないけれど、少しだけ頭を下げられた。それもそうだ。何故一国の王子が、他国のメイドに礼儀正しくしないといけない――


「王子?!」


 ――瞬間、心臓がひっくり返るかと思った。


「先ほど僕たちを案内してくれた人ですよね? あの時はありがとうございました」


「えっ、あっ、え……?」


 混乱し過ぎて何を言おうとしていたのかを忘れてしまった。アンリ王子はそんな私をまたまた不思議そうに眺めたけれど、もう少しだけ待ってほしい。


「あの、お見受け……? したところ、迷っているようだったので。声をかけさせて、いただき、ました」


 言えた。多分。上手とは言えなかったけれど、ディーノが言っていたのはこういうことだったのだと自覚する。

 王子に対してまともに会話ができないメイドを連れて何になる。ただの足でまといじゃないか。私は、羞恥心と屈辱感を押し殺した。


「そうでしたか、わざわざありがとうございます」


 少し近寄りがたい雰囲気を感じていたけれど、微笑んだアンリ王子は年相応の少年のようで。私は安堵して、なるべく自然体でいることを努めた。


「君の言う通り道に迷っていたんです。良かった、声をかけられて」


 今度は柔らかそうな笑みを浮かべ、アンリ王子は嬉しそうに近づいてくる。

 良かったと言いたいのはこっちの方だ。王子というのは想定外だったけれど、悪い人そうじゃなくて本当に良かった。


「城内はよく知っているので、どこへでも案内、できます」


「ありがとうございます。では……」


 アンリ王子が口に出した場所を聞き、私は彼を安心させるように大きく頷く。


「わかりま、した。こっち、です」


 ただ、このたどたどしい敬語がいつまで続くのかが問題だった。それでも誠意を持って、アンリ王子の――前は失礼だろうから横を歩くことにする。

 王子は、私よりも頭一個分背が高かった。


「アンリー! シャルムー!」


 遠くの方から聞こえてきた声は、赤い髪を靡かせたアポロ王子だった。


「よっ!」


 元気良く片手を上げる彼と、斜め後ろで軽く頭を下げるアイオンに同じ挨拶を返す。


「二人とも……」


 留学生と客人を前にして、私は数時間前の出来事を思い出した。


「……さっきはどうして港に?」


「アイオンがアトラス王と一緒にいるから流れでさ。したらアンリが乗ってるからびっくりしたぜ」


「僕も驚きましたよ。ベルニアは滅んだって聞かされていたのに、アポロがアリシアにいるんですから」


「どストレートにそれ言うか? 死者はほとんど出てねぇけど、こっちは国を失ってんのに」


「あ、すみません。アポロが元気そうだったので」


「はい、アンリ。アポロはいつも元気です」


「アイオン、お前は傷心の俺に気づけよ〜」


「えっ、傷心……? ごめん、気づかなかった」


 アイオンの言う通りアポロはいつだって元気な人だった。だから、平気なんだと思っていた。けれど、初日に「肩身が狭い」と言っていた人だから強い人ではないのだろう。


「あぁいや、顔を上げろって! シャルムに気づかれてたらそれはそれで情けねえから!」


「そうですよ。アポロは〝カッコつけたがり〟ですから」


「いやそれ言うなよ」


「アポロ王子……。アンリ王子……」


 さすが、〝王子〟と呼ばれる人たちだけある。器の大きさが私とは違った。


「ていうかさ、その〝王子〟ってのもつけなくていいぜ」


「えっ?」


「今はただのアポロだからさ」


 屈託なく笑うアポロ王子だったけれど、私にも立場というものがある。


「私は、この国のメイド。アンリ王子もそう、ですが、王子に対して無礼過ぎる態度だと思う……ます」


 指と指を絡め、祈るように二人の前に跪く。敬語の件と矛盾していると思った。あまりにも自分が情けなかった。


「シャルム、立てよ」


「……うん」


 アポロ王子の言う通り、私はゆっくりと立ち上がる。すると、アポロ王子が私の両手を握り締めた。


「シャルム、友達になろうぜ?」


「……は?」


 ぎゅっと、アポロ王子の大きな手が私の両手を包み込む。次に、アイオンが微笑みながらその手を重ねた。


「ほら、アンリも!」


「えっ?」


「アンリ」


「アイオンさんまで……!」


 最後に、アンリ王子も自分の手を重ねてくれた。


「なっ?」


 楽しそうに笑うアポロ王子を見ていると、何故だか全身が温かくなったような気持ちになる。


「だから、変な気を遣わなくていいぜ?」


「とも、だち……」


 私はその単語を呟いた。友達なんて、今まで欲しいとも思わなかったしできるわけもないものだと思っていた。


 アトラスは友達かと言ったら、違う。魔法騎士団のみんなも、メイドのみんなも、違う。友達じゃない。


「――!」


 三人の手の温もりを感じながら、流れ落ちるものをそのままにした。

頬を濡らしたけれど、それさえも温かい。


「ありがとう」


 もう、誰が誰だか見分けがつかなかった。ただ、ぼんやりと三人の髪色だけが見える。不意に手に込める力が強くなった。


「落ち着きました?」


 離れた手で顔を拭ってからしばらく経って、アイオンがそう話しかけてきた。


「だいぶ」


 顔を上げると、不意に〝アンリ〟と目が合った。


「あっ! 案内!」


「そういえば、忘れてましたね」


 アンリは笑っているけれど、私にとっては大問題だ。だって仕事ができなかったんだから。


「そういえば、二人はどこかへ行く途中だったのか?」


「はい、そうですよアポロ」


「そっか。なんかごめんな? 邪魔して」


 右手で頭の後ろを掻きながら、〝アポロ〟が申し訳なさそうに謝ってくる。


「アポロは謝らなくていいから……!」


 そう返すと、アポロはちゃっかりと元気になった。


「なぁ、俺たちも一緒に行っていい?」


「え?」


「せっかく友達になったんだし、色々話したいなって思って」


「いいですよ。僕も、二人とたくさん話をしてみたいと思っていたので」


 アンリの助け船もあって、私たち四人は城に内を歩く。

 アポロとアイオンがベルニアで悪魔と戦った話は、面白おかしく語られるせいか時々笑ってしまうくらいに面白かった。そしてそれは、私の心を密かに擽る。


(……いいなぁ)


「で、俺とアイオンは最後にベルニアを脱出したんだ!」


 アトラスの話でさんざん聞かされた他国の話も、アポロの話術にかかれば素敵な話に聞こえていた。

 私も、いつか――なんて願ってしまう。


「で? シャルムは? シャルムの話も聞かせてくれよ」


「えっ?」


 急に振られた話題に、私の頭は一瞬だけ追いつかなかった。理解した瞬間、思わずアポロに言葉を返す。


「私のなんの話を聞きたいの?」


「出身国の話や、アリシアに来るまでの話とかさ」


 そういえば、誰にも話したことはなかったな。私の秘密も話すことになるけれど、大事なところは隠さなきゃ。


「……いいよ」


 そして笑った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ